第10話 嵐
ヒミカがダンジョンを作り始めて、そこそこの期間が経った。
だが、まだヒミカのダンジョンはだれも踏破するものがいなかった。否、踏破どころか、第5階層まで辿り着く者もいなかった。
「ふふふ。さすがは、ネッコやイッヌ達です。そして、第3階層のウッサやネッズにより、第4階層に辿りつけた者もいません」
ヒミカは最下層のスクリーンの前で、うれしそうにダンジョンの内部を映し出すスクリーンを見ています。タキリやニミ、クッチはヒミカの言葉に相づちをうちながら、お茶とお菓子を食べています。
「ですが、ヒミカ様。
このままではずっとダンジョンから出ないままになりますが、いいのですか?」
ニミがメガネをくいっとあげながら、ヒミカに問いかけます。
そんなニミに向かってヒミカは胸を張って答えます。
「大丈夫です!
太陽は自動で運行していますし、何の問題もありません。
ダンジョン作成のコツもわかってきたので、今が一番楽しい時なのです!」
タキリはヒミカに同意するかのようにこくこくと頷き、クッチは焼き芋の皮をむきながら、ほふほふとほおばります。
「ふふふ、くっちゃんをイメージしたマグマ階層がもうじき完成しますからね。
その後は、極寒階層を作る予定なのです!」
ヒミカは、ダンジョン作成にはまったのか、両手を握りしめてやるぞという気合いを入れています。
「さぁ、行きますよ、タキリちゃん!
マグマ階層を完成させましょう!」
「は、はい!」
「ニミちゃんとくっちゃんもお仕事がんばってくださいね」
ヒミカとタキリはお茶を飲み干すと、元気よく部屋を出て行きました。
◆
部屋に残ったニミは冷めつつあるお茶を口に含み、焼き芋をほおばっていたクッチに視線をやります。
「クッチ、あなたの仕事はどんな具合?」
クッチは、眠そうな目でお茶の入った湯飲みを手に取り、ずずーっとお茶をすすります。
「ダンジョン内の警備は完璧。
ヒミカ様がダンジョン内にいる限り、どこにいてもすぐに駆けつけることができる」
「そう、さすがはクッチね」
「ニミの方は?」
「私の方も、罠の設置は終わりました。
ただダンジョン外からの連絡が多少うるさくなってきたね」
「ダンジョン外?
他の神から?」
「ええ。ヒミカ様はそこにおられるだけで、他の神や人々に安心を与える。
太陽の運行なども大切ですが、神の中には不安に思う者も出てきているのよ」
ニミの言葉に、クッチは疑問を伝えます。
「神だけ? 人は?」
「人は適応力が高いから。
ヒミカ様がダンジョンにいるというのがわかっているので、そこまで不安に思う者はいないみたい」
「太陽も変わらず、昇るから?」
「ええ。太陽が昇らなかったら、世界中が不安に包まれたでしょうけどね」
クッチは、机に肘をつき、ほおづえをつきます。
「それで神から連絡が来てるだけ? ツクヨ様からも?」
「ツクヨ様からは連絡はまだ来ていないわ。
あの方は月と同じように、やる気のある時とない時の差が激しいからね。
もしかしたら、ヒミカ様からの手紙をまだ読んでない可能性もあるよ」
「あ」
クッチは何かを思い出したのか、声をあげます。
「どうしたの?」
ニミの問いかけにクッチは、ニミの顔を見つつ答えます。
「そろそろ、オサノ様が帰ってこられる時期」
クッチの答えに、ニミは眉をしかめます。
「ああ、そういえば、あのマザコンの乱暴者の泣き虫が帰って来やがるころね」
ニミは、口汚くオサノを罵ります。
「いつもはヒミカ様が止めてた」
「でも、ヒミカ様はダンジョンから出られない。
きっとツクヨ様が止めてくださるでしょう」
クッチはニミの言葉に頷きます。
「ヒミカ様に伝える?」
「いいえ、ヒミカ様はダンジョン作成に夢中だし、ダンジョン内から出ることができない。
知っても憂いを与えるだけの情報は伝えない方がいい」
ニミの言葉にクッチは静かに頷きました。
さらにニミは言葉を続けます。
「それにヒミカ様になんでも頼ればいいってものじゃないからね。
多くの神がいるのだから、なんとか出来るはずよ」
◆
ヒミカのダンジョンから遠く離れたところでは、嵐が吹き荒れていました。
海は荒れ、風が木々をなぎ倒し、雨が横殴りに降りしきります。
その嵐の中央で、うじうじとしながら、黒髪の青年オサノが歩いています。
「ああ、母上はどこに行ってしまったのだ……。
吾輩をおいてどこに!」
オサノの嘆きに呼応するかのように嵐がさらに激しさを増します。
「あぁ、もしかしたら姉上達なら母上の居所を知っているかもしれない」
こうしてオサノはヒミカたちがいるタカマノハラへと足を向けます。
嵐を巻き起こしながら、ただただ母親の情報を求めて。




