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第58話 将来の夢はアイドルです!


「……ど、どうも。こんにちわ」


 人間たちに見つかってしまった俺はゴクンと茶菓子を飲み込んで挨拶をした。


「あぁ、君が娘をたぶらかした――」


「杉浦です。この度はたぶらかしてしまい、すみませんでした」


「いいのよ、たぶらかされたウチの娘にも責任はあるわ」


 何だこの会話。

 たぶらかすってそんなにカジュアルな動詞だったっけ。

 俺たちの会話を聞いて、三島はため息を吐く。


「貴方、お茶菓子を全部食べましたね。遠慮とかないんですか?」


「すみません、あまりに美味しくて……。京都の名店、月島のお茶菓子ですよね?」


 俺が言い当てると、ご両親は驚きの表情を見せた。


「よ、よく分かったね。特徴もないのに……その通り」


「子供の頃によく親が買ってきていたんです。昔から変わらない味がとても好きです」


 俺がそう言うと、お母様は照れたように笑う。


「あはは……実は私がそこの娘なの……」


「えっ!? そうだったんですか!?」


 お父様が自慢げに話しだす。


「妻は月島屋の看板娘でね。私が足しげく通っていたら、ある日和菓子のおまけに妻を頂いたんだ」


「……貴方から私に求婚してきたんでしょう」


 お母様は調子の良いお父様の話にあきれ顔でため息を吐いた。

 その表情が三島にそっくりで、やっぱり親子なんだなと実感する。


「そうそう。あれは3月のことだった。"三島家"が"月島家"に求婚するなら三月しかあり得ないと思ってね」


「――あ~、もう2人の話なんかどうでも良いでしょ。貴方も何を興味深そうに聞いてるんですか」


 三島は恥ずかしいのだろうか、そう言って怒りだしてしまった。

 ロマンチックなストーリーがあるだろうからちゃんと聞きたかったが。


「とにかく! これでアイドルになる問題は解決ですね。貴方ももう用済みなのでお帰りください」


「俺、なんでここに居たの?」


「反対されたら貴方の屁理屈に頼ろうかと思いまして。でも、もう大丈夫なのでさっさとお帰りください」


 三島が丁寧に俺を帰らせようとすると、お母様が手を叩いて立ち上がった。


「そうだわ、良かったらお茶菓子を持って帰って頂戴! キッチンの戸棚にまだいっぱいあるから!」


「お母さん、良いよあげなくても。こいつに食わせるなんてお菓子が可哀そうだし」


「何言ってるの美味しく食べてくれる人に食べてもらえるんだからお菓子も嬉しいはずよ。さぁさぁ、一緒に来てくれる?」


 そう言って、三島のお母様は俺を客間から連れ出した。

 三島とお父様はそのまま居間で「サインを考えておきなさい」「あ~はいはい。じゃあ、ペンを貸して」と一方的な談笑を始めた。


 お母様の後ろを歩きながら、俺は三島に聞こえてしまわないようコソコソと話しかける。


「その……本当にすみません。三島にアイドルをやるよう焚きつけてしまって」


 俺の謝罪にお母様はにっこりと微笑む。


「いいのよ。三言は賢い子ですから。貴方のせいにしてたけど、その場の勢いだけじゃなくてちゃんと自分で考えて決めたはずよ」


「賢いのはそうだと思いますが……、でも割と勢いで決めてた感じもなくもないというか……」


 俺が罪悪感にさいなまれている間ににキッチンについた。

 戸棚を開くと、確かに保存の効く月島の和菓子が新作も含めて綺麗に並べられていた。


「お好きなモノを選んでね。それと、貴方に見せたいモノがあるから待ってて」


 お母様はコソコソと言うと、俺を一人置いてどこかへと向かう。

 一人で戸棚を漁っていると盗人になった気分だ、今の状態で小糸ちゃんに見つかったらアウトだな。

 そんなことを考えながら好きな和菓子を選んでいると、お母様は手に1枚の紙を持って戻ってきた。


「はいこれ、良かったら見てみてね」


 手渡された紙を見る。

 それは、小学生の作文だった。

 3年3組三島三言。

 小学生なのに大人顔負けの綺麗な文字で書かれていた。


『私の将来の夢は。アイドルになることです!』


「……三言ちゃんももう忘れてると思うけどね。あの子、本当はアイドルに憧れてたの。この後すぐにお姉ちゃんとしての自覚ができてアイドルになりたいなんて言わなくなったんだけど……テレビを見てよく踊りを真似してたのよ」


 お母様はそう言って素敵な笑顔を見せる。


「だから、アイドルになりたいって三言ちゃんが言った時お父さんと一緒にびっくりしちゃった。三言ちゃんが自分の夢を思い出したんだって思って。きっと、我慢してたのよ。必要だったのは貴方のような人に無理やり腕を引っ張ってもらうことだったの」


 お母様のお話を聞きながら、俺は三言の作文を全部読んだ。

 そっか、三言はずっとアイドルをやりたかったんだ……。

 キッカケは『X』だったかもしれないけれど、三言はきっと良いアイドルになれる。

 小さい頃からの夢、叶えなくちゃな。


「――ずいぶんと遅かったですね」


 客間に戻ると、三島はあきれ顔でそう言った。


「あぁ、お茶菓子がどれも魅力的すぎてな。それと、三島のお父様。先ほどの質問、お返事がまだでしたね」


 俺はお父様が居間に来てすぐにした質問。

「三言のことをどう思っているか?」に対して返答する。


「三言は最高のアイドルになれると思っています。俺がそうしてみせます。だから、安心して俺に預けてください」


「――はぁ!? い、いきなり何言ってるの馬鹿っ!」


 三島は顔を真っ赤にして俺の白いシャツを引っ張り、三島のご両親は俺の言葉を聞いて大笑いした。

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