97.多分、ミスリル原鉱
イリスが手に取ったのは、握りこぶしより少し大きいくらいの灰色の塊。
はっきり言おう。
さっきから割りまくっている化石入りのノジュールと、何が違うか分からない。
《…これ?》
「そう」
ラズライトが首を傾げると、イリスは自信満々に頷いた。
「ほら、化石入りのノジュールと比べると、少しだけ青み掛かってるでしょ?」
先程見付けた巻貝の化石入りのノジュールと一緒に地面に並べる。
確かに、並べて比べるとイリスが『当たり』判定したノジュールの方がほんの少しだけ青みを帯びているように見えなくもない。
「あと、表面にあるこの共生鉱物ね。これはミスリル原鉱入りのノジュールじゃないと出て来ない。何て名前の鉱物かは分からないんだけど」
イリスが指差したのは、ノジュール表面とほぼ同じ青灰色の鉱物。
ケットシーの爪の先ほどの大きさで、よくよく見ると正八面体の形をしている。
が、これもやはり『ここにある』という前提で観察しなければ分からない。
《……うん。とりあえず、判別はイリスくらいの変態じゃないと難しいってことが分かった》
「失礼な」
事実である。仕方ない。
《まあとにかく、1個は確保だね。この分だと、この辺りにもっとあるのかな?》
周囲を見渡すが、ラズライトにはやはり普通のノジュールとミスリル原鉱入りのノジュールの区別はつかない。
採取物を圧縮バッグの側面ポケットに仕舞ったイリスが頷いた。
「多分ね。土砂の流れはこっちだから…ここを起点にして、まずは上流側を調べてみようか」
赤い紐を結んだ杭を地面に立てる。探索範囲の基準になる目印だ。
崖崩れの上流側に向かって探索すると、それらしいノジュールが2、3個出て来た。
が、何が気に入らないのか、イリスは首を傾げている。
「うーん…?」
《どうしたの?》
「これ、何か違う…」
イリスが指差したのは、一番小さなノジュール。
と言っても、拳より少し小さいくらいの大きさはあるし、表面の色合いも質感も、他のノジュールと同じように見える。
《何が違うの?》
ラズライトにはさっぱり分からない。訊いてみると、イリスはさらに首を傾け、
「ここ…この共生鉱物。他のと違うんだよ」
《……同じに見えるよ?》
「いや、他のは正八面体なんだけど、これは28面体…」
ほら、とノジュールを持ち上げてくれるが、ラズライトには『何かゴマ粒みたいな結晶がある』という事しか分からない。
…いや、確かに、光の反射の仕方が違う…だろうか?
《えええ…?》
ラズライトが呻くと、
「…割ってみようか」
イリスはノジュールを地面に置き直し、タガネを当ててハンマーを叩きつけた。
キィン!
甲高い音が上がる。
泥の塊のような見た目をしているくせに、相当緻密で硬い石のようだ。
表面に軽く傷は付いたが、割れもしないしひびも入っていない。
《割れない?》
「どうだろう。このハンマーもタガネもそこそこの性能だからなあ…」
石に負ける事もあるのだと言う。それも結構な頻度で。
さらにハンマーを振るうイリスに、ラズライトは訊いてみる。
《石に負けるって、例えば?》
「代表的なのは翡翠かな。あれ、このハンマーとタガネじゃ絶対割れない」
《翡翠って…彫刻とかに使われてるよね?》
普通に加工できるものではないのか。
「『削れるかどうか』と『割れるかどうか』は別の話でね。翡翠は頑張れば割と素直に削れるけど、瞬間的な衝撃には滅茶苦茶強いんだよ。だから割れない。劈開も無いし」
《へきかい?》
「鉱物とか宝石には、種類によって『割れやすい方向』ってのがあって、それを『劈開』って言うの。例えば、蛍石は4方向に完全な劈開があって、適当に割っても大体きれいな正八面体になる」
《何それすごい》
ところが、翡翠には『割れやすい方向』が存在しない。
よって、普通のハンマーでは歯が立たないのだと言う。
「ちなみに、そこの岩肌に見えてる岩脈が翡翠なんだけど」
イリスがハンマーを振るう手を止め、顔を上げて少し離れた所を指差した。
崖の一角、幅1メートルほどの白い岩脈が斜めに走っている。
所々色が付いているように見えるが、まさかあれが全て翡翠だとでも言うのだろうか。
《……イリス、ひょっとしてアレを割ろうとして返り討ちに遭った?》
ラズライトが訊くと、イリスは真顔で頷いた。
「ほとんど一撃も入れられずに完敗。その時持ってたハンマーとタガネはただの金属の塊になりましたとさ」
翡翠を指差した時の表情でもしやと思ったのだが、図星だったようだ。
しかし、道具が原形を留めなくなるまで頑張るイリスもイリスだと思う。
「そのうちミスリル製のハンマーとタガネでも買って、再挑戦するつもり」
まだ諦めていなかったらしい。
…まあ、ここに来るたびに目にするのだから仕方ないか。
《それなら、タッカーに相談してみるのが良いかもね》
「そうだね」
イリスが頷き、再びノジュールに向き直る。
その後も何度かハンマーを振るっていると、甲高かった音が突然変わった。
ギィン!
「あ、割れる」
《ホント?》
イリスがもう一度ハンマーを振るうと、鈍い音を立ててノジュールの中央部に割れ目が走った。
どうやら、翡翠ほどの堅牢さは無かったらしい。
「さて、中身は…」
《何だろうね》
宝箱を開ける時のようで、ちょっとドキドキする。
イリスがノジュールを両手に持ち、がぱっと開く。
特に抵抗も無く開いた、その中身は──
《………え?》
白に限りなく近い金色の輝き。
立ち昇る、濃厚な魔力の気配。
一つ一つは小さいが、中をみっしりと埋め尽くす、とてもきれいな8角柱状結晶。
「あれ? これもしかして、オリハルコン?」
《ええええええええ!?》
イリスがぽつりと呟いた名前に、ラズライトは思わず叫んだ。
──オリハルコン。
言わずと知れた、ミスリルと並ぶ魔法金属である。
美しい白色に近い金色の輝きから、宝飾品としての価値も高い。
精錬過程で魔力を交えた特殊加工を行うことにより、皮のようなしなやかさを持たせることも出来るし、他の金属よりはるかに硬くすることも出来るという。
また、魔力との親和性が非常に高く、使用者の魔力を流して性質を変える事もできるため、王侯貴族やその護衛、近衛兵などは武器防具の一部にオリハルコンを好んで使用しているらしい。
高位の冒険者の中には、全身を総オリハルコンの装備で固めている者も居るというが──全身金ぴかになってしまって無駄に目立つだろうし、あまり実用的ではないから、これは眉唾だろう。
しかし、そんな希少金属がどうしてこんな所にあるのか。
《え? 何で? だってオリハルコンって、ドワーフの里で稀にしか採れないって…》
ラズライトが動揺していると、イリスがあっさり肩を竦めた。
「ドワーフの里でしか採れないはずのミスリル原鉱が採れるんだもん。ここなら、オリハルコンがあったって不思議じゃないって」




