96.ノジュールの中身は?
ハンマー片手に、イリスは早速台地の探索を始める。
今回の目的はミスリル原鉱なので、注目するのは主に地面に転がる石だ。
うっかり割るとその場でミスリル原鉱の劣化が始まってしまうので、割る事は出来ない。
《割っちゃいけないのに、何でハンマー持ってるの?》
「ん? ノジュールじゃない石割るのに使うから」
《…勢い余ってミスリル原鉱入りのノジュール割らないようにね》
「気を付ける」
大真面目に頷いているが、ハンマーを持った右手がうずうずと動いているのは気のせいか。
手分けして探し始めて程無く、イリスがラズライトを呼んだ。
《何? 見付かったの?》
「手掛かりはあったよ。今回はこの近辺で探せば良いと思う」
《今回『は』?》
イリスが示したのは、台地の中でも一段小高くなっている場所の麓、草木の一切生えていない地点だった。
丘の斜面が巨大なスコップでえぐり取られたように崩壊し、その土砂が溜まる一角。
イリスが拾い上げた転石は握りこぶし大で、タッカーの工房で見たミスリル原鉱入りのノジュールに良く似ていた。
「基本的に、地表に露出して時間が経ってるノジュールにはミスリル原鉱は入ってないんだ。と言うか──」
厳密には『入っていない』のではなく、『入っていても無くなる』のではないかとイリスは言う。
ノジュール自体が外気に晒されていたら、中のミスリル原鉱はわずかずつではあるが空気や光に触れ、少しずつ変質してしまう可能性が高い。
ノジュール表面は別種の鉱物や土くれの集合体で、完全に外気を遮断できるわけではないのだ。
だから、ミスリル原鉱の入ったノジュールを採取するなら、ごく最近崩落した崖や土石流の跡が良い。
何度かここに足を運んだ結果、イリスはそう結論付けた。
「出来るだけ、今まで空気に晒されていなかった場所を探すんだ。崩落地点だったらノジュールが地層から脱落している可能性が高いから、一番良いかな」
《でもそれ、二次災害に巻き込まれるかも知れないよね?》
一度崩壊した地層は、重量バランスが崩れて不安定になっている事が多い。
『あちらの世界』で土石流や崖崩れの現場での救助活動が『命懸け』と言われているのは、救助活動中にさらに地層が崩壊し、巻き込まれる危険があるからだ。
当然それは、見るからに『崩壊したて』なこの場所にも当てはまる。
ラズライトが指摘すると、イリスは肩を竦めた。
「そう。だから、あんまり他人にはオススメできない」
自分は良いのか。
思わず内心で突っ込むが、イリスは特に躊躇いも無く崩落跡を漁り始める。
(万が一、追加で崩落が起きても大丈夫なように準備しておこう…)
いつでも防御魔法を展開できるよう構えつつ、ラズライトはイリスの近くで様子を窺う。
「あ、ラズライト、ちょっと圧縮バッグの上に乗っててくれる?」
《?》
「時々石砕くから、地面に居ると破片が飛び散って危ないかも」
《ああ、なるほど》
ラズライトがイリスの肩を経由して背負ったバッグに飛び乗ると、イリスは早速ハンマーを振るい始めた。
ガツン、と衝撃を受けた石が、真っ二つに割れる。
赤褐色の断面から、楕円形の灰色の塊が顔をのぞかせた。
「あ、ノジュール発見」
一発目から当たりを引いたらしい。右手にハンマー、左手にタガネを構え、がつがつと赤褐色の部分を削ぎ落として行く。
程無く、握りこぶし大の灰色の塊が地面に転がった。
《どう?》
「うーん…多分ハズレ」
《分かるの?》
ラズライトには、タッカーの工房で見たミスリル原鉱入りのノジュールと同じ種類の物に見える。
だがイリスにとっては違うらしい。残念そうに首を横に振る。
「色がちょっと違うし、共生鉱物が見えない。気配も違う。多分、化石が入ってるんじゃないかな」
石に気配も何もないと思うが。
《へー………へっ? 化石!?》
一拍遅れて、トンデモ発言に気付いた。
「試しに割ってみようか」
止める間も無く、イリスがハンマーを振りかぶる。
鈍い音を立てて砕けた濃灰色の断面に、貝殻のような模様が見えた。
「二枚貝の化石だね。特にきれいでもないし、使い道無さそう」
《いやいやいやいや、化石でしょ!? 学術的に希少とか、そういうのあるんじゃないの!?》
「でもこの台地、この程度の化石だったらそこら中にあるよ?」
《へっ!?》
改めて周囲を見渡すと、崩れた崖の表面や転石に、二枚貝や巻貝、木の幹のような模様が露出していた。
イリスの言う通り、そこら中にある。
いや、でも。
《…待って。一旦落ち着こう。イリス、ここに登れるのは今の所イリスだけだよね?》
「まあ多分」
《ギルドで驚かれたもんね?》
「そうだね」
《じゃあ、その『イリスしか登れない場所』で採れた物って、その場所にはいっぱいあったとしても、ギルドにとってはものすごい貴重品なんじゃないの?》
「……」
周囲を見渡すこと暫し。
「…なるほど! 盲点だった!」
納得した様子でポンと手を打ったイリスに、ラズライトは力一杯突っ込んだ。
《最初に気付こう!? 場所の希少性って大事なんだからね!?》
「いやあ、何せそういうの考えた事無かったもんで」
へらりと笑い、二枚貝の化石を拾い上げ、
「じゃあ、これも持って帰った方が良いかな?」
《そうだね。余裕があれば、だけど》
「他にも、魚の化石とか何か良く分からない生き物の化石とかあるけど」
《…そっちは見付けたら回収する、くらいにしといた方が良いかもね》
最重要目標はミスリル原鉱だ。化石に集中し過ぎてそちらが採れなかったら目も当てられない。
それに、台地の下にスピネルとロゼを待たせているのだ。
「りょうかーい」
イリスが改めてハンマーを振るい始める。
その後、巻貝の化石や魚っぽいパーツ──と言うかどう見てもサメの歯──の化石、さらに巨大なアンモナイトの化石などを採掘したが、なかなかミスリル原鉱は見付からない。
(アンモナイトならそこら辺に居るけど、化石になってるって事は本当に昔からここに棲んでるって事で良いのかな…)
そんな疑問が浮かぶが、まあ化石になるほど昔のアンモナイトと今この南の半島の内湾に棲んでいるアンモナイトが完全に同種と言うわけでもないだろうし、深く考えてはいけないのだろう。
…そういえば、アンモナイトはイカとタコの中間くらいの味で美味しいのだったか。
ハンマーを振るい続けるイリスの後頭部を見詰めて、アンモナイトを食べまくっていたという彼女の発言を思い出す。
……深く考えてはいけない。
「あ、あった!」
それからしばらくして、ようやくイリスが明るい声を上げた。




