92.単斜硫黄の採り方
「…」
真顔でイリスを見詰めるサラマンダーの長。
キラキラした目でハンマーとタガネを構えるイリス。
訳が分からず、イリスの肩から飛び降りてぽかんと口を開けるラズライト。
《………相変わらず唐突だのう……》
ぼそり、老成した雰囲気の『声』に、ラズライトは目を見開いてサラマンダーの長を見た。
(念話? サラマンダーが!?)
サラマンダーが念話を使えるとは聞いた事が無い。驚いて凝視していると、サラマンダーの長は面白そうにこちらを見た。
《驚いたかの? 念話を使えるサラマンダーは珍しいからのお》
《ご、ごめんなさい》
思わず謝るが、長は楽しそうに目を細めて笑った。
《気にすることは無い。──ああイリス、硫黄なら構わんよ。好きに採ると良い》
「ありがと!」
許可を得た途端、イリスが長に駆け寄った。
何をするのかを思えば──ハンマーとタガネで、長のウロコの隙間にある針状の黄色い結晶をほじくり始める。
《え、単斜硫黄って…それ?》
「これ。──ああやっぱり、すっごい良い純度…長、新しい噴気孔見付けたの?」
ウロコの隙間から黄色い結晶を採ったイリスが、ヒカリゴケの灯りに結晶をかざし、うっとりと呟く。
ほっほっほ、と長が笑った。
《まあの。今度のは温度も勢いも良いぞ。あまり噴気を浴びすぎると、あっという間に硫黄の結晶だらけになってしまうのが玉にキズだがの》
「帰りがけに温泉入って来れば多少マシなのに」
《この歳になると、体を乾かすのが億劫でのう…》
お風呂を面倒臭がる高齢者のようなセリフが出て来た。
聞けば、長は火山地帯の噴気孔から噴出する高温の蒸気を浴びるのが好きなのだという。
噴気孔から出る水蒸気はとんでもなく高温なのだが、サラマンダーにとってはちょっとしたサウナくらいの扱いらしい。
ただし、噴気孔から出て来るのは蒸気だけではない。噴気には硫黄など他の成分も含まれているため、それを浴び続けるとウロコの隙間に結晶が析出するのだそうだ。
…噴気に含まれるガス成分は普通の生き物には有害な物が多いが、サラマンダーは平気なようだ。流石は精霊に近い存在である。
「まあ、こんな良い結晶回収できるんだから、こっちとしては有難いけど…動きにくくならないの?」
《そんなに気にならんな。元々、俊敏に動ける体でもないじゃろ》
「確かに」
呑気な会話を繰り広げながら、イリスは次々と単斜硫黄の結晶を箱に放り込んでいる。
この箱はタッカーからの借り物で、火の魔石を使って中の温度を100℃前後に保つ、いわゆる『保温箱』だ。普通の保温箱なら40℃程度が限界のところ、魔法道具の職人に依頼して、無理矢理魔改造した逸品である。
単斜硫黄は、およそ95℃以下になると『斜方硫黄』という結晶構造の異なる硫黄に変化してしまう。単斜硫黄を単斜硫黄として持ち帰るのに、この保温箱は必須だった。
しかし、
《まさか、サラマンダーの長から採取するなんて…》
ラズライトが呆れて呟くと、イリスは肩を竦める。
「噴気孔の近くにだったらあるかも知れないけど、有毒ガス浴びても困るからね。安全に採れるんだったらこっちの方が良いでしょ?」
《普通、サラマンダーに近付くのを『安全』とは言わないと思う》
《ほっほっほ、確かにのう》
サラマンダーは高い知性を持ち、好き好んで人間を襲う事は無い。
しかし、ひとたび相手を敵と認識すれば、硬いウロコと炎を操る能力で容赦無く相手を攻撃する。
ついでに言えば、サラマンダーの蹴爪には猛毒を分泌する腺がある。うっかりそこに触れたら、一発であの世逝きだ。
《──しかしお前さん…》
尻尾の先をイリスにいじられながら、サラマンダーの長は不意にこちらを向いた。
念話の大きさを絞り──多分、聞かせる対象を制限してもイリスには聞こえてしまうと知っているのだろう──ひそひそと、ラズライトに話し掛ける。
《もしかして、『ネコ』、かの?》
《え…》
その単語を知っているという事は、もしや。
《じゃあ長も、『ネコ』?》
ラズライトが訊き返すと、サラマンダーの長は嬉しそうに目を細めた。
《うむ、そうじゃよ。まさか今生で同族に会えるとはのう…》
この火山地帯は未踏破地域だ。同じサラマンダーに転生するネコが居ない限り、長が『同族』に会える可能性はほとんど無い。その意味で、ラズライトの来訪はとても嬉しい出来事なのだろう。
《あ、でも、そっか。だから念話が使えるんだね》
《左様。昔取った杵柄というやつじゃな》
『ネコ』は普通、『こちらの世界』にケットシーとして転生する。
ケットシーは魔法適性が非常に高く、当然念話も使える。転生を繰り返す中でケットシーとして生きた記憶があれば、サラマンダーになっても念話を使うのは難しくない。
《ところでお前さん、ケットシーの形をしているが、ケットシーとは違うじゃろ?》
ずばり言い当てられて、ラズライトは思わず息を呑んだ。
《え…》
《気配がのう。普通なら気付かんじゃろうが。ほれ、サラマンダーは竜の眷属でもあるじゃろ? 近しいものは、本能的に分かるんじゃよ》
サラマンダーは精霊に近い存在だが、火属性のドラゴンの眷属でもある。
その長ともなれば、感知能力もずば抜けているのだろう。
《お前さん、ドラゴンじゃな?》
確信を持った長の言葉に、ラズライトは深々と息を吐いた。
《…そうだよ。一応、だけどね》
《一応?》
《僕は、風属性のドラゴンなのに、飛べないから。出来損ないなんだよ》
噛んで含めるように言葉を区切る。
事実なのに、いや事実だからこそ、その言葉はラズライトの心を抉る。
イリスに振り回されていたここ最近、あまり意識していなかったが、『飛べない』という現実は消えて無くなったわけではない。
鬱々とした気分で俯いたラズライトは、近付いて来る影に気付かなかった。
「まーた自虐的になってる」
《!》
背後からひょいとラズライトを抱き上げて、イリスが笑った。
「飛べるかどうかなんて今は重要じゃないじゃない。ラズライトは私の相棒なんだし」
《いや僕、ドラゴンだからね? 風属性のドラゴンが飛べないとか、普通はあり得ないんだからね?》
思わず反論すれば、イリスは肩を竦めた。
「いやー、『普通はあり得ない』とか、魔法を使えない上に尖り耳でもないエルフが目の前に居るのにそれ言います?」
《う》
《ついでに言うと、『念話を使えるサラマンダー』も、普通はあり得ないのお》
《うう…》
次々と言われ、この場に居るのが『普通はあり得ない』存在ばかりである事に気付いた。
むしろ『普通』が居ない。
《で、でも、長が念話を使えるのには理由があるでしょ?》
《それじゃよ》
辛うじて言い返すと、長がきらりと目を輝かせた。
《物事には理由がある。お前さんが飛べないのも、イリスの見た目がエルフらしくなくて魔法が使えないのも、恐らく何かしらの理由があるんじゃよ》
それが今は分からないだけで。
(理由…)
口から出まかせなのかも知れない。
それでも、確信のある眼で告げる長の言葉は、ラズライトの心を軽くしてくれた。
《……ありがとう》
小さな『声』で礼を述べると、長が目を細めて笑う。
《なに、ただの老骨のお節介じゃよ。──ところでイリス、硫黄はもう良いのかの?》
「うん、十分集まったよ、ありがとう」
《それは何よりじゃ》
一つ頷き、不意に首をもたげる。
「?」
イリスが首を傾げた瞬間、ラズライトのヒゲがびりびりと震えた。
《え!?》
とんでもない密度の、魔力爆発。
咄嗟に意識を集中すると、ここからさらに南の方で、火の魔力が爆発的に空に放たれたのだと分かった。
「わわっ…」
数瞬遅れて、地面が揺れる。
魔力が地面に打ち込まれたわけでもないのに、この余波。一体何が起きているのだろうか。
揺れが収まると、サラマンダーの長は難しい顔をしてこちらを向いた。
《…お前さんたち、一つ頼まれてくれんかのう》




