91.火山地帯に棲むもの
「あ、来たね」
丘陵の向こうを見遣り、イリスが呟く。
現れたのは、赤褐色のウロコを持つトカゲのような生き物──サラマンダーだった。
それも、1匹や2匹ではない。ゆっくりではあるが、こちらを目指して数匹の群れが近付いて来る。
「おーい、お久しぶり」
イリスがサラマンダーに向けて手を振ると、先頭の一際大きい1匹がボフっと口から火を吹いた。挨拶のようだ。
しかし──
《イリス、サラマンダーたちと知り合いなの?》
サラマンダー、別名『火精トカゲ』。
その名の通り、魔物と言うよりは精霊に近い存在だ。主に火の魔素の濃い火山地帯や地下深くに棲み、人語を喋ることは出来ないが知性は高い。
「うん。ほら、前にここに来て帰れなくなった時に、『蝕』が来るまでサラマンダーたちの棲み処で寝泊まりさせてもらったんだよ」
《よく交渉できたね…》
ラズライトはちょっと感心して呟く。
サラマンダーたちは縄張り意識が強い。知性があるとはいえ、幼体も居る棲み処にそう易々と人間を入れてくれるとは思えない。
「まあ最初は知らずに棲み処に入っちゃったんだけど。長が話の分かるサラマンダーでねぇ」
ただの行き当たりばったりだった。
ラズライトが呆れていると、イリスは先頭のサラマンダーにアノマロカリスの肉串を差し出す。
「谷底に居たアノマロカリスの肉だけど、食べる?」
「…」
「あ、生の方が良い?」
「…。」
イリスが生肉の塊を差し出すと、サラマンダーは勢い良く口にくわえた。
途端、サラマンダーの口の中から肉の焼ける音が聞こえ始める。
サラマンダーの体表温度はおよそ100℃。体内温度は最高で300℃程度だ。口の中でバーベキューをするくらいは余裕らしい。
サラマンダーは肉の焼ける良い匂いを漂わせながらしばらくもにゅもにゅと口を動かしていたが、やがて好みの焼き加減になったのか、一度大きく口を開けた後、一息に肉を呑み込んだ。
「わお、大胆」
イリスが小さく拍手すると、満足そうなサラマンダーの後ろから、我も我もと他のサラマンダーたちが近寄って来る。
彼らの口にイリスが次々と肉塊を放り込むと、辺りは海産物をひたすら焼く厨房のような匂いに包まれた。ちょっとした飯テロである。
「…、」
数分もしないうちに、サラマンダーたちは肉塊を思い思いのタイミングで呑み込み、とても満足そうな顔になった。
イリスは焼き上がった辛味噌焼きを串から外し、2つほどラズライトの皿に入れてくれる。
「これくらいで良い?」
《ありがと。──うん、これも合うね》
「辛いのが肉の甘みとすごく合って美味しい…」
近くでサラマンダーがこちらをじっと見ているが、とりあえず無視しておく。
一通り食べ終わると、イリスは簡易コンロを手早く片付け、圧縮バッグを背負った。
「さてと、それじゃあ──」
サラマンダーたちを見回し、
「長老にご挨拶したいんだけど、棲み処に入る許可はもらえるかな?」
「…」
サラマンダーたちは顔を見合わせ、喉を複雑に動かす。
実は彼らは非常におしゃべりだ。基本的に口を開かないからそうは見えないが、他の生き物には聞こえにくい周波数の音を使って、活発に鳴き交わす。
その証拠に、今、ラズライトのヒゲは空気の微細な振動を感じ取っていた。
「…、」
程無くサラマンダーたちは話し合いを終え、手前の1匹がボフッと軽く火を吹いた。そのままくるりと踵を返し、また軽く火を吹いて歩き始める。
どうやら了承が貰えたようだ。
「それじゃ、行こっか。ラズライト、肩に乗って」
《分かった》
ラズライトが肩に飛び乗ると、イリスもサラマンダーの後を追う。動き自体はゆったりしているものの、起伏の激しい岩場もするすると進むサラマンダーは、意外と速い。
丘陵を3つほど越えたところで、サラマンダーたちは右に折れた。
進む先、一際大きい丘陵の影に、いくつかの岩塊が見える。
近付くと、それがただの岩塊ではなく、洞穴の入り口を隠すためのものだと分かった。
《これって、サラマンダーたちがやったのかな?》
「そうだよ。前は入り口むき出しだったんだけど、他の魔物は入って来るし大雨だと水も入って来るしで大変だったみたいでね。私も滞在中に、ちょっと手伝って」
それは、イリスの侵入が決定打になって、対策を打つ流れになったのではあるまいか。
「…。」
先頭のサラマンダーが一度こちらを振り返り、岩と岩の隙間にするりと入って行く。人間が1人通れるかどうかくらいの、ギリギリの隙間だ。他のサラマンダーたちに、イリスも続く。
「相変わらず狭いなー」
狭いだけでなく、途中で何回か曲がったり石をまたいだりと、結構入り組んだ道になっている。
先導するサラマンダーが時々火を吹いて道を知らせてくれなかったら、迷ってしまいそうだ。
《イリス、大丈夫?》
「平気平気。何度も通った道だしね」
自信満々に言う通り、イリスの歩みに迷いは無い。
その後程無く、広い空間に出た。
《うわあ…》
幅はおよそ2メートル、高さも2メートル程だろうか。
奥行きがかなり広く、所々に分岐が見える。
地下空間のはずなのに状況が見えるのは、天井一面に生えたヒカリゴケが光源になっているからだ。
ヒカリゴケは植物のような見た目をしているが、光合成ではなく、大地を流れる魔素をエネルギー源として生育する。つまり、魔素が豊富にある土地でないと育たない。
それだけではなく、温度や湿度といった一般的な条件もかなり厳しい。ここまで見事な大群落は、ラズライトも初めてだ。
《すごいね…ヒカリゴケがこんなに…》
「サラマンダーたちが、頑張って環境を整えてるんだよ。幼体はあんまり夜目が利かないから、暗いと大変なんだって」
湿度を保つのに水路を作ったり、自分たちの体温を調整して気温を保ったり、害虫退治をしたりするらしい。とても甲斐甲斐しくお世話しているようだ。
──ところで、あたかもサラマンダーから詳しい説明を受けたかのように語っているが、イリスはサラマンダーと会話できるのだろうか?
「…。」
先頭を行くサラマンダーがボッと火を吹き、視線で一番奥まった場所を示した。
どうやら、その先にサラマンダーたちの長が居るらしい。
ラズライトが緊張してぴんとヒゲを広げる一方、イリスは立ち止まるサラマンダーたちに礼を言い、軽い足取りで先へと進んだ。
「こんにちは、長」
突き当たりの一段高くなった場所に鎮座する巨大な影に向かって、イリスが片手を挙げる。
「…、」
のっそりと首をもたげたのは、体長3メートルを超えるサラマンダーだった。
他のサラマンダーたちと一線を画すサイズと、ごつごつした体つき。赤褐色のウロコの間には、所々に黄色の結晶が見える。
紅琥珀のような目がこちらを捉え、ラズライトは無意識のうちに息を詰めた。
長い年月を生きた者しか持てない、深い色を湛えた瞳。冒険者ギルドではサラマンダーを魔物扱いしているが、この長を見たら分類を変えざるを得ないだろう。
「…?」
長が軽く顎を下げた。
用向きを問う仕草だと気付いた時には、イリスが嬉しそうに本題に入っていた。
「長、単斜硫黄採らせて!」
その手には何故か、ハンマーとタガネが握られていた。




