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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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89.アノマロカリスの攻略法

 イリスの頭の上に乗ったまま、ラズライトは目を凝らして谷底を眺める。


 谷の際から少し離れているから谷底の大部分は死角になっているのに、時折ひらりと翻る影が見える。

 この距離で見えるのだ、相当大きい個体だろう。


《今回も、『蝕』を待つの?》


 『蝕』になれば居なくなるというが、そもそも『蝕』の発生周期は一定ではない。

 タッカーからの依頼に期限がある事を考えても、待つのは得策ではない気がする。


「いや、ちょっと試してみたい事があって」


 イリスは軽く背伸びをして、谷底の影を指差した。


「ラズライト、あいつに『魔法封じ』掛けられない?」

《ま、魔法封じ?》


 ラズライトは目をしばたいた。


 確かに、そういう魔法はある。

 相手の体内魔力の動きを阻害し、一時的に魔法を使えないようにする術だ。


 ただし、術が成功したとしても持続時間が短く、そもそも魔力的に格上の相手には効かないため、非常に使い勝手が悪い。


 正直、魔法が使えないイリスからそんなマイナー魔法の名前が飛び出すとは思わなかった。


「さすがにこの距離じゃ無理かな?」


 驚くラズライトをよそに、イリスが小さく首を傾げる。

 ラズライトは傾いた頭の上で器用にバランスを取りながら、谷底に目を凝らした。


《うーん…距離的にはギリギリ大丈夫だと思う…けど》

「けど?」

《相手の全身が見えてないと、ちゃんと術を掛けられない》

「ああ…」


 1人と1匹で呻いていると、トントン、とラズライトの後頭部をスピネルが小突いて来た。


《なに? スピネル》


 振り向くと、得意気に目を輝かせたスピネルがピシッと背筋を伸ばし、真っ直ぐに首を立てる。


「クルァッ!」


 その頭の位置は、イリスよりずっと高い。


「…もしかしてスピネル、ラズライトを頭の上に乗せてくれるってこと?」

「ルルッ!」


 一声鳴いたスピネルは、すぐにラズライトに頭を寄せて来た。


 体格はかなり大きいが、頭部のサイズ感はイリスとさほど変わらない。

 早く乗れと言わんばかりにぐいぐいと迫って来るスピネルの頭に、ラズライトはそっと乗り移った。


《えっと…ゆっくり動いてね、スピネル》


 表皮は思ったより柔らかい。しかも結構つるつるしている。

 ラズライトが爪を立てないように肉球を押し付けてしがみ付くと、スピネルがゆっくり背筋を伸ばした。


「おお」


 軽く目を見開くイリスが、かなり下に見える。


 きっちり姿勢を正したロードチェイサーの視界は、思ったよりもずっと高かった。

 スピネルがそっと足を踏み出し、イリスの隣に並ぶと、谷底がかなりの広範囲、見えるようになる。


《これならできるかも…》


 ラズライトが呟くと、イリスが目を輝かせた。


「じゃあやってみてくれない? ラズライト」

《良いけど…失敗しても責任取れないよ?》


 仮に魔法封じの術が失敗しても、術そのものの気配は感知されてしまうだろう。

 そうなったら、アノマロカリスがこちらを敵認定して襲って来る可能性が高い。


 ラズライトが念を押すと、イリスはあっさりと頷いた。


「大丈夫大丈夫。上手く行ったら良いなー、くらいの感じだし」


 そんなに気軽で良いのか。

 少々不安だが、やるなら全力でやるしかない。


《…分かった》


 スピネルの頭の上で、細かく編み込むように術式を組み立て──


魔法封じ(ミスティック・シール)!》


 谷底を『遊泳』する大きな影に向かって、魔法を放つ。


 大きな影のすぐ下に白い魔法陣が出現し、一瞬で消えた。狙いは外さなかったようだ。

 後は術が効くかどうかだが、


「…あ、落ちた」


 魔法陣が消えて数秒後、不自然に体をくねらせた影が地面に落ちた。

 イリスとスピネルが谷の淵に近付いても、攻撃は飛んで来ない。


 影──アノマロカリスは体側のヒレをばたばたと不規則に動かし、地面の上でもがいていた。

 遠いのでサイズ感が掴めないが、土埃が上がっているところを見ると、結構激しく動いているらしい。


 それでも、再び浮かび上がる事はできていない。


「魔法封じ、効いてるみたいだね」

《そうだね》


 そのまま様子を観察すること数分。


 ぱたり、ヒレを1枚動かした後、アノマロカリスは唐突に動かなくなった。


「あ、死んだ」

《嘘ぉ!?》


 ラズライトは思わず叫んだ。

 だが確かに、大きな影はもうピクリとも動かない。


 まさか、あのアノマロカリスが魔法を封じるだけで倒せるとは。

 もしかしたら、『あちらの世界』のマグロやカツオのように、泳いでいないと呼吸ができずに死んでしまうのだろうか。意外過ぎる弱点だ。


 この結果はイリスにとっても予想外のはずだが、彼女はさっさと手近な岩にロープを括り付け、下降の準備を始める。


《え、ちょっと、他のアノマロカリスに攻撃されるんじゃないの?》

「大丈夫。前に足止めされた時に確認したんだけど、あいつら、絶対に自分の縄張りの外には出て来ないし、他の個体の縄張りの中に居る獲物には手を出さないんだよ」

《ええ…》


 そう言われても、今、目の前の領域を縄張りにしていた個体を倒してしまったのだ。

 その個体の縄張りは、もう有効ではなくなっているのではないか。


「まあとにかく、降りてみようよ」


 イリスが言うと、スピネルがすっと頭を下ろし、ラズライトをイリスの肩に誘導した。


「ルルッ」

《分かったよ…》


 ラズライトは渋々イリスの肩に飛び移る。

 イリスはスピネルの頭を軽く撫で、


「じゃあスピネルはこっちで待っててね。多分、数日で戻って来れると思うから」

「ルッ」


 流石に、オルニトミムスがこの地溝帯を越えるのは難しい。

 向こう岸に行けたとして、そこは火山地帯だ。有毒ガスなどの危険も多いし、本来オルニトミムスが居られる場所ではない。


 スピネルもそれは分かっているのだろう。

 イリスの指示に素直に声を上げ、2、3歩後退って立ち止まり、こちらを見詰めて来た。


「それじゃあラズライト、準備は良い?」

《…覚悟は決めたよ。一応》


 むしろそれ以外にやれることが無い。




 ロープで下降し、谷底に降り立つと、じめっとした空気がヒゲに纏わりついて来た。


 イリスの背負う圧縮バッグの上で、ラズライトはきょろきょろと周囲を見渡す。


《…意外と平和だね》

「そりゃあ、この縄張りの主はラズライトが倒しちゃったからね」


 下降中に攻撃が無かった事に安堵すると、イリスが何故か得意気に肩を竦めた。


 ロープをそのままに、すたすたと歩を進めると、対岸の崖近くに大きなアノマロカリスが横たわっている。


《うわあ…本当に死んでる》


 全長は3メートル程だろうか。

 生きていたら赤く輝くはずの発達した目は黒く濁り、完全に死んでいると分かる。


 アノマロカリスの死骸がここまできれいな状態なのは珍しい。

 冒険者に倒された場合は内側から大きく損傷している事が多いのだ。


 これなら、上等な武器防具の素材になる外殻やヒレも大量に回収できそうだが──


「さて…」


 イリスが荷物を下ろし腕まくりをして、刃の分厚いナイフを手に取る。

 死んだことで外殻と外殻の間にできた隙間にナイフを突っ込み、外殻をきれいに剥がすと、


《……ってちょっと待ったイリス! 外殻! 殻! 何で捨ててるの!?》

「え? だって食べられないじゃない」

《食べられない!?!?》


 豪快に外殻を放り投げたイリスに思わず突っ込めば、予想外の答えが返って来た。



 ──という事は、食べる気なのか。アノマロカリスを。




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