8.探査魔法の死角
昼食後、またラズライトを抱いて走ろうとするイリスを全力で拒否し、自分の脚(もしくは翼)で移動すること3時間。
ようやく街道に出たラズライトたちは、休憩する間も無く牧場へと歩を進めた。
太陽は既に西へ傾き、広々とした草原をオレンジ色に染め始めている。
晩秋のこの時期、日没はかなり早い。
ねぐらへ帰るのか、ぽつりぽつりと遠くに見える森に向かって、鳥の群れが飛んで行くのが見えた。
日が沈んでしまえば、魔物を探すのも討伐するのも非常に難しくなる。この辺りはかなり温暖な気候だが、それでも夜は冷えるし、暗闇の中で魔物と戦うのは自殺行為だ。
《牧場に行くなら、なるべく急いだ方が良いだろーなー》
ばさりばさり、こちらの歩調に合わせて2メートルほど上空をゆっくり飛びながら、ノラが言う。
まあね、と頷きながら、ラズライトは周囲に気を配り、魔物の痕跡が無いか探していた。
『牛を丸呑みにする』と言うのだから、相当大きい魔物のはずだ。
最初の被害から結構な時間が経っているが、もしかしたら、牧場周辺、この街道沿いにも何か手掛かりがあるかも知れない。
「牧場かー。乳牛かな? 肉牛かな?」
集中力を削ぐ発言が聞こえた。
《…ちょっと》
《確か、どっちも居るぞ。前にオレが通り掛かった時は、でっかい牛と金属缶入りの牛乳を出荷してたからなー》
「おおう、それはすごい」
《ねえ、僕集中してるんだけど?》
緊張感が全く感じられないイリスとノラの会話に、ラズライトはつい鼻の頭にしわを寄せる。
まあまあ、とイリスが笑った。
「今から気合入れてても仕方ないでしょ? どうせ魔物本体は、牧場のすぐ近くに居るんだろうし」
どうやらイリスも、ラズライトと同じ予測をしているらしい。
《そうだけど…》
しかし、それでもある程度、周囲の状況から相手の正体を推測しておきたい。
渋るラズライトを、イリスはひょいと抱き上げた。
「心配性だなあラズライトは。まあそんなところも可愛いんだけど」
《口説くつもりならその涎垂らしそうなゆっっるい顔をどうにかした方が良いと思うよ》
「おう、手厳しい」
軽く天を仰ぎつつも、顔はにやけたまま。ラズライトを降ろすつもりは無いらしい。
走り出さないのは、昼食前のノックダウン事件をイリスなりに反省した結果だろう。
そのままイリスに運ばれること数分。前方に、周囲を気にしながら歩く3人分の人影が見えた。
「あ、さっきの人たちだ。──おーい!」
イリスが手を振ると、3人の冒険者は一斉に振り返った。
「あれ、お前」
「午前中に森で会った…」
剣士と魔法使いが、驚きに目を見張る。戦士は無言だったが、不思議そうに眼を細めていた。
「どーも、さっきぶり」
3人の近くまで歩いて行くと、イリスはラズライトを抱いたまま、器用に片手を挙げる。
おう…と戸惑いながら頷いた剣士が、ラズライトの姿に目を留めた。
「…そのケットシー、どうしたんだ?」
「ん? 可愛いでしょ」
「まあ可愛いが…じゃなくてだな」
なかなかノリが良い。
しかしイリスに任せておくと、全く話が進みそうにない。
《君たち、まだ牛を丸呑みにした魔物を探してるんでしょ?》
ラズライトが話し掛けると、冒険者たちはぎょっとしたように目を見開いた。
「お前、その『声』…!」
「まさか…」
「……先程の、」
ドラゴン、と戦士が言い掛けるのを、目線で制する。
《『これ』は僕だけの裏技。危害を加えるつもりは無いから安心してよ》
「そうそう。基本的に可愛いだけだし」
《…ちょっと黙っててくれる?》
会話の邪魔しなければモフってて良いから。
告げた途端、イリスは口を閉じ、ラズライトの頭を撫で回し始めた。
分かりやすすぎる態度には、もはや溜息も出ない。
「えっと…」
魔法使いが何か言いたげにこちらを見ているが、気にしないで、と念押しし、
《──で、魔物が見つからないっていう件で、ちょっと引っ掛かる事があって》
無理矢理話題を戻すと、冒険者たちはすぐ真面目な表情になった。
「引っ掛かる事?」
《そう》
頷き、魔法使いへと目を向ける。
《探査魔法で、どれくらいの範囲を調べてたの?》
「あなたを見付けた時は、半径15キロから20キロってところね」
人間の使う探査魔法にしては、かなり範囲が広い。街道から使っても、ラズライトが居た森の奥がギリギリ探査圏内に入る。
やはり彼らは、かなりの手練れのようだ。
だからこそ、こんな初歩的な事に気付いていないのが信じられないのだが。
《上方向は?》
「…200メートルってところかしら」
まだ気付かないらしく、魔法使いは胡乱な眼でこちらを見ている。
では──
《じゃあ──下方向は?》
「下? 下って…、──!」
呟きの途中、魔法使いが大きく目を見開いた。一瞬遅れて剣士と戦士も気付く。
「あっ!」
「地面の下か…!」
──そう。
探査魔法は、魔力を風に拡散させ、触れた対象の気配や魔力を認識する魔法だ。
精度や範囲は各個人の魔力や練度に左右されるが、基本的に、空気が存在する場所であればどこでも探査することができる。
逆に言えば、空気の存在しない地中や水中は、どう頑張っても探査できない。そちらを探査するなら別の魔法が必要になる。
彼らが使っていたのは、探査魔法のみ。
それだけを頼りに歩いていたら、地面の下に潜んでいる者に気付く事はできない。
「それじゃあまさか、まだ牧場の近くに…」
《討伐対象が居る可能性は高いだろうね》
ミスをようやく自覚し、冒険者たちは顔面蒼白になった。
探査魔法に死角がある事は、比較的よく知られている。だから普通は、その死角をカバーする術を併用するなり、五感を使って地面の様子を観察するなり、何らかの対策を取るのだが、彼らはそれをしていなかった。
その理由は──
「ねえ、ひょっとして、パーティメンバー1人、足りなかったりしない?」
『!』
唐突にイリスが口を開き、冒険者たちがギョッと目を見開いた。
どうして、と呻く剣士に、イリスは軽く首を傾げる。
「剣士と盾持ちの戦士と魔法使いって、ベテランパーティにしてはちょっとバランス悪いなーって。普通、攪乱役とか回復役とか、最低でももう1人くらい居そうなもんだし」
あと、と付け足す。
「何か、妙に焦ってる感じがしてさ」
『…』
軽い口調で淡々と指摘され、冒険者たちは揃って絶句する。
確かに、補助・回復役の居ない高ランクの冒険者パーティというのは、皆無ではないがかなり珍しい。ベテランになればなるほど依頼内容は高度化し、危険も大きくなるからだ。
ラズライトを初めて見た時の反応は、明らかに玄人のそれだった。
探査魔法の死角に気付かないという初歩的なミスは、あまりにも不自然だ。
そのアンバランスさの理由が、『パーティメンバーが欠けているから』だとしたら──




