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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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88.未踏破地域(仮)へ

 タッカーとの打ち合わせを終えたイリスとラズライトは、必要な物の調達を終え、その日のうちに南の半島へ出発した。


 今回の目的は、大きく分けて2つ。


 一つは、メインターゲットであるミスリル原鉱の採取。

 これはイリスが以前から通っていた台地の上にある可能性が高い。


 もう一つは、南端の火山地帯にあるという単斜硫黄。

 こちらは『その場所まで行けば確実にある』とイリスが主張していた。


 移動時間を勘案した結果、まずは南端の火山地帯で硫黄を採取し、その後、街に戻るルートを取りながら台地やその他の産出候補地を探索するという方針に決まった。


「それじゃあスピネル、よろしくね」

「ルッ!」


 門でロードチェイサーのスピネルを借り受け──ロクイチも付いて来たがっていたのだが、予算の都合上却下となった──その背に乗って、


「せっかくだからさ、全力出して良いよ、スピネル」

「ルルっ!!」

《え、ちょっ、待っ──ぎゃああああああ──!?》


 ドップラー効果の掛かった悲鳴を残しつつ、目指すは南端の火山地帯。





 本来ならば急いでも片道10日ほどの道程を、スピネルはたった3日で走り切った。


 最初、ラズライトが気絶し掛けたり、大型の肉食魔物──あれは多分『あちらの世界』で言うアロサウルスか何かだと思う──と衝突しそうになったりと、多少のトラブルはあったものの、かなりスムーズな移動だった。


「さて…」


 スピネルから降りたイリスが、軽く背伸びをしながら周囲を見渡す。


「これからいよいよ火山地帯に入るわけだけど」


《………え? これ越えるの?》


 バックパックの定位置から地面に降り立ち、ラズライトは呆然と呟いた。

 というのも、眼下に広がるのは──


《谷だよ!? 滅茶苦茶深いよ!?》


 ──だからだ。


 正確には、『谷』と言うのは語弊がある。


 大地に掘られた巨大な溝──と言うべきか。

 ラズライトたちが居る場所から数メートル先で、地面は唐突にすとんと落ち、切り立った崖に姿を変える。

 その断絶は左右見渡す限りに続いていて、向こう岸ははるか向こう、500メートルくらい離れているだろうか。


 南の半島の南端、火山地帯を未踏破地域にしている最大の原因は、半島南端を東西に横断するこの地溝帯なのだ。


 崖自体は、南の半島にある台地の外周と同じ、直角に切り立ち、鏡のように滑らかな岩肌。

 谷底は200メートル近く下にあるようで、ラズライトが恐る恐る崖っぷちから身を乗り出すと、日の差さない暗い地面が見えた。


「あ、ラズライト、そんなに覗き込まない方が良いよ」


《え?》


 ラズライトが顔を上げた直後、谷底から飛んで来た何かがヒゲの先を掠めた。


《うわっ!?》


 思わず飛び退いたところで、イリスが抱き上げてくれる。

 そのままラズライトを頭の上に乗せ、


「下の方、良―く見てみて。何かデカいの居るでしょ」

《でかいの?》


 目を凝らすと、正面方向斜め下、ギリギリ見える谷底に、身をくねらせながら移動する大きな何かの影が見えた。


《あれって…》

「アノマロカリスだよ」


《はあ!?》


 アノマロカリスと言えば、『あちらの世界』では恐竜の時代よりはるか昔、古生代カンブリア紀に生息していたとされる肉食生物だ。


 節のある胴体の左右に備わった複数対のヒレを波打たせて水の中を遊泳し、頭部にある1対の肢で獲物を捕獲する。

 カンブリア紀の生物の中ではかなり運動能力が高かったと言われている。


 一方、『こちらの世界』のアノマロカリスは、南の半島に生息する生き物の中でもかなり特異な生態の持ち主だ。


 まず、でかい。

 最大体長は5メートル近く。『あちらの世界』のアノマロカリスの10倍以上にもなる。


 そして──これが最大の特徴だが──()()()()である。


 南の半島の魔物の例に漏れず、アノマロカリスも魔法を使う。

 本来の生息域は海の中だが、浮遊魔法を器用に使い、空中を『泳ぐ』ことができる。

 そのため、内湾の深海域から浅瀬、海岸沿いまで、出没域が非常に広い。

 しかし──


(嘘でしょ…)


 ここは海からかなり離れた内陸部だ。

 海岸沿いでアノマロカリスに遭遇するのは──アノマロカリスの個体数自体が少ないのでかなり珍しいが──まあ分かるが、こんな場所に居るとは信じられない。


「この谷って、西の内湾まで続いててさ」


 ラズライトを頭に乗せたまま、イリスが言う。


「海面から谷底までの高さは1メートルくらいしかないんだよね。大潮の日の満潮時刻とかになると、谷底に海水が入って来て、海になっちゃうし」


 そのためか、この谷底にはアノマロカリスが常駐しているのだという。


 しかも、1個体だけではない。一定の間隔を置いて、地溝帯の端から端まで、複数のアノマロカリスが幅を利かせているらしい。縄張りがきっちり決まっているのかも知れない。


《じゃあ、この谷を超えるなら、アノマロカリスをどうにかしないといけないってこと?》


 それはかなり無理がある話だ。


 アノマロカリスは、全身を甲殻に覆われている。

 『あちらの世界』のアノマロカリスの胴体は、見た目上節はあるものの表皮自体は柔らかいと言われているが、『こちらの世界』のアノマロカリスは()()()である。


 しかもその甲殻は硬いだけではなく非常にしなやかで、ほとんどの刃物は受け付けず、衝撃も吸収する。

 加えて、魔法に対する防御力も高い。


 倒すなら、内部に直接攻撃を加えるのが確実だが──そうなると、わざと捕まって喰われる直前に口の中に攻撃を叩き込むくらいしか方法が無い。


《…無理じゃない?》


 思わずぼそりと呟いて、はたと気付く。


 イリスは以前、火山地帯に行った事があると言っていた。

 という事は、少なくとも1度は、この地溝帯を通過したはずだ。


 ……どうやって?


《ねえイリス、前に来た時、どうやってここを越えたの?》


 訊ねると、イリスは肩を竦めた。


「あの時は偶然、ここに来たのが『蝕』の日でね。アノマロカリスが1体も居なかったんだよ。だから、普通に崖を降りてまた登るだけだった」

《1体も居なかった?》

「多分、魔法が上手く使えなくなるからじゃない?」


 『蝕』とは、環境中の魔素濃度が極端に下がる現象だ。


 原因は不明だが、普段魔素濃度が高い土地でも、『蝕』になるとその濃度が10分の1以下にまで減少する。

 結果、魔法の威力が落ちたり、あるいは魔法自体が使えなくなったりする。


 人間の魔法使いは自分の体内にある魔力を意図的に使ってその変化を最小限に抑え込むことができるが、魔物の場合は『蝕』の影響を直接受ける。


 アノマロカリスが陸上で活動できるのは、浮遊魔法で空中遊泳できるからだ。

 『蝕』の時はその魔法が使えなくなるから、一時的に海にでも戻っているのだろう。


《…でもそしたら、帰りは? 行きは良いかも知れないけど、帰る頃には『蝕』は終わってたんじゃないの?》


 訊くと、イリスは頷いた。


「帰ろうとしたらアノマロカリスが谷底にうようよ居るんだもん、びっくりしたよ。隠れて進もうにも、身を隠せる場所なんか無いし。外套の隠蔽機能もずーっと使えるわけじゃないし。空中も縄張り扱いになってるらしくて、様子を見ようとして谷に頭突き出したら攻撃魔法が飛んで来るし」


 イリスも、さっきのラズライトのような経験をしたらしい。道理で反応が早いわけだ。


《じゃあその時は、どうやって帰ったの?》

「向こう岸で粘りに粘って、『蝕』がもう1回起こるのを待って帰った」

《…うわあ…》


 向こうは火山地帯、食べ物はおろか飲料水の確保もできるかどうか怪しい環境である。


 よくもまあ、無事だったものだ。




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