87.指名依頼
「すまん、頼む! この通り!」
床に正座し両手をついて、がばっと頭を下げる──いわゆる土下座。
『こちらの世界』にもそういう文化があったのか、と、場違いな感想が頭を過ぎる。
《え、ちょっ、タッカー?》
我に返って慌てて声を掛けるが、この街唯一のドワーフの武器職人ことタッカーは、床に正座して頭を下げる体勢を崩さない。
「えっと…タッカーさん、とりあえず普通に席に着いて。これじゃまともに話せないよ」
「…う、すまん……」
イリスが冷静に促すと、タッカーはしおしおと項垂れて椅子に座った。
冒険者ランクが上がってから数日。
鉄鉱石の納品など、普通の依頼をこなしている中に舞い込んだ指名依頼。
ジュリアが笑顔で紹介してくれたそれは、タッカーからの依頼だった。
詳細は依頼人から直接聞くこと──言われてタッカーの武具工房を訪れ、対面するなりの土下座である。
意味が分からない。
《…で? タッカー。頼むって何を?》
ラズライトが訊くと、タッカーはぱあっと顔を輝かせた。
「受けてくれるのか!?」
《ギルドから依頼の紹介を受けて来てるからね。受ける受けないは別として、話は聞くよ》
一応、釘は刺しておく。
それでもタッカーはあからさまに肩の力を抜いて、深々と溜息をついた。
「いや、聞いてもらえるだけでもありがたい。もしや、お前さんたちなら…と思ってな」
「?」
イリスとラズライトは顔を見合わせる。
タッカーは改めて姿勢を正し、実は、と切り出した。
「もう一度、ミスリル原鉱を売って欲しくてな。今、手持ちはあるか?」
「いや、無いよ」
「なら、もう一度採って来る事はできないか?」
「できなくはないけど──」
イリスは視線を彷徨わせ、軽く首を傾げた。
「またミスリルの武器の依頼でも入ったの?」
前回、イリスが持ち込んだミスリル原鉱を使って、結構な量のミスリルを精錬したはずだ。
それでは足りないのだろうか。
「いや、依頼が入ったわけじゃねぇ」
タッカーは首を横に振った。
「俺の故郷──ドワーフの集落の伝統行事に参加しないかと、誘いが来てな」
《伝統行事?》
曰く──
ドワーフの集落では、10年に1度、鍛冶職人たちが腕を競い合う大規模な品評会が開催される。
出品されるのは、武器、防具、その他鍛冶製品。
そこで一定以上の評価を受ける事が、鍛冶職人たちの目標の一つだという。
ただし、誰もが参加できるわけではない。
「最低限、ミスリルを自分の工房で精錬できなきゃいけねぇ。ドワーフの鍛冶職人にとっちゃ、そこが最低ラインなんだ。その意味で、俺はハナから対象外だと思っていたんだが──」
イリスが来たことで、状況が一変した。
自分の工房でミスリルが精錬できるようになったのだ。
そして実際にミスリル製の武器を作り上げたタッカーは、それを故郷の師匠に報告した。
するとその返事の手紙に、品評会への参加申込書が同封されていた。
しかも、推薦人の欄に師匠のサインが書かれた状態で。
「ワオ。期待されてる」
《すごいじゃない、タッカー》
ドワーフの鍛冶職人なら誰もが目指す品評会に、ほぼフリーパスで参加できる状態になったわけだ。
イリスとラズライトが感嘆の声を上げると、タッカーは苦笑して肩を竦めた。
「どっちかって言うと、師匠は集落以外で精錬されたミスリルが見たいんだろうよ。あの人も筋金入りの鍛冶バカだからなあ」
なるほど、珍しいもの見たさという線もあるのか。
ミスリルの精錬は、ミスリル原鉱を劣化させる事無く入手できるドワーフの集落でなければ不可能だと言われている。
遠く離れた南の地でミスリルが作れたなどと言われたら、それが本物かどうか確かめたくもなるだろう。
…ただ、原材料が手に入らないと分かっていながらミスリル精錬可能なスペックを持つ炉を導入したタッカーも、その師匠に負けず劣らず鍛冶バカだと思うが。
《じゃあ、タッカーは品評会に出す武器用の材料を揃えたいんだね?》
「ああ、そうだ」
タッカーは大きく頷いた。
「もう参加申込書は送っちまったしな。出るからには、最高傑作を作らなきゃならねぇ」
鉄鈍色の目がギラリと光る。
どう見ても、本気だ。
イリスが楽しそうに笑った。
「分かった。その依頼、引き受けるよ」
「本当か!」
「ただ──」
ちょっと困った顔をする。
「品評会って言うからには、期日が決まってるよね? あのミスリル原鉱、採取地がちょっと遠いから、採って来るのに時間が掛かると思う」
「どれくらいだ?」
「片道6日。採取は──状況によるけど、最低でも5日くらいは見といて欲しいかな」
移動だけで12日。採取期間が5日。合計すると、最短でも17日は掛かる計算だ。
が、
《イリス、採取地って南の半島?》
「うん」
《それなら、スピネルを借りれば良いよ。ロードランナーのレンタル料だったら、タッカーが出してくれるだろうし》
厳密には、ロードランナーではなくロードチェイサーだが。
南の半島に出るならスピネルはついて来たがるだろうし、協力してもらえば良い。
提案すると、イリスとタッカーは目を輝かせた。
「そっか! スピネルに乗せてもらえばずっと早く移動できる!」
「ロードランナーか!」
もちろん、レンタル料は俺が出すぜ! と、タッカーが拳で自分の胸を叩いた。
そして、
「それなら…追加で頼みたい物があるんだが」
《え》
恐る恐るといった様子で切り出したタッカーに、ラズライトは思わず呻く。
ミスリル原鉱だけでもかなり難易度の高い依頼だと思うのだが、ここでさらに上乗せしてくるのか。
渋面を作り掛けると、イリスが横でにやりと笑った。
「だろうね。他の素材も、できるだけ良い物を揃えたいって事でしょ?」
「分かってるじゃねぇか」
「そりゃね」
何やら2人だけで分かり合っている。
タッカーは鍛冶、イリスは鉱石。
こだわりがある者同士、通じ合うものがあるのだろう。
「まあ種類にもよるけど、南の半島で採れる物だったら採って来るよ。具体的には?」
「できるだけ不純物を含まない紅琥珀と、硫黄だ。硫黄の方は、できれば単斜硫黄が欲しい。斜方硫黄を加工して作る事もできるが、天然物があればそっちを使いたい」
「単斜硫黄か…」
イリスが難しい顔をした。
《南の半島では採れないの?》
「いや、採れるは採れるけど…南端の火山なんだよね、確実にあるの」
《え、それって、冒険者ギルドで『未踏破地域のはずだ』って言われたところ?》
あの時は結局『まあイリスだし』で流されたが。
「うん。…まあ、スピネルの力を借りれば移動は何とかなるか」
イリスは実務の方の心配をしていた。
他の冒険者たちに注目されている今の状況で、未踏破地域に行ったなどと知られたら、また騒ぎになりそうな気がするが──大丈夫なのだろうか。
「他には何かある?」
「ああ。別件だが、品質ランクB以上のチタン鉄鉱と赤鉄鉱も欲しいな。あと──」
ラズライトの心配をよそに、マニア2人は延々と鉱石の名前を並べ立てていた。




