86.足手まとい
「あ、もふもふ」
イリスがラズライトのしっぽに意識を奪われ、場の空気が一瞬緩む。
丁度その時扉が開き、入って来た人物がこちらを見るなり顔を輝かせた。
「イリスさん、ラズライトさん!」
《ジーン?》
冒険者らしく動きやすそうな上下に、両手に持った杖。
長い髪は後ろで一つに束ねられていて、カラスの羽休め亭での大人しそうな印象とはがらりと変わっている。
そういえば、今日は初めての依頼を受けていたのだったか。
嬉しそうなジーンの後ろには、カイトたち『上弦の月』のメンバーの姿も見える。
「ジーン、今帰り?」
ジーンが駆け寄って来ると、イリスの冷たい空気はあっという間に霧散した。
飄々とした柔らかい声は、もういつものイリスだ。
「はい、思ったより時間が掛かっちゃいましたけど…」
ジーンは恥ずかしそうに笑った。
「おつかれさま」
《おつかれ、ジーン》
「ありがとうございます」
ジーンの手には、草がぎっしりと詰まった革袋。匂いからするに、中身は全て薬草の類だろう。
『薬草採取』は初心者のお約束とでも言うべき仕事だが、1日でかなりの量を、しかも非常にきれいな状態で採集して来たようだ。
「ほら、受付で報告しちゃわないと」
冒険者登録日は数日しか違わないのに、イリスが先輩風を吹かせている。
ジーンは素直に頷いて、受付へ駆けて行った。
「よっ、イリス。そっちも依頼帰りか?」
続いて近付いて来たカイトが軽く手を挙げた。イリスは苦笑して応じる。
「依頼と言うか、諸々の手続きの帰り。カイトたちは、ジーンの初依頼の手伝い?」
「ああ。うちの仲間のリハビリを兼ねてな」
どうやら、ジーンの初依頼はカイトたちが同行していたらしい。
以前からカイトたちはカラスの羽休め亭にお世話になっていたというから、その繋がりだろう。
《あ、じゃあ、そっちが…》
ラズライトが目を留めたのは、カイトの斜め後ろの小柄な女性。
ふわふわとした毛質の明るい色の短髪に、すらりとした体格。
背負った弓と矢筒は標準サイズのはずだが、体格のせいで随分大きく見える。
ギアの後ろに立ったら、完全に隠れてしまいそうだ。
ただし、大きめの目は生き生きと輝いていて、存在感は非常に強い。
「キミたちがイリスとラズライト? 話には聞いてるよ!」
小走りに駆け寄って来て、嬉しそうに右手を差し出す。
「ボクはアイン! よろしく!」
握手する合間に、ひそひそと囁き声。
「ツインヘッドの尻尾、譲ってくれたって聞いたよ。ホントにありがとね」
大っぴらに言わないのは、目立ちたくないイリスとラズライトの意を汲んでの事だろう。
イリスは軽く目を見張った後、破顔した。
「こちらこそよろしく、アイン」
《よろしく》
笑い合っていると、呆然としていたクライヴが焦った声を上げた。
「お、おいギア! お前らまさか、こいつを勧誘するつもりじゃないだろうな!?」
『上弦の月』のメンバーとは知り合いらしい。
自分がイリスを勧誘しているところに割り込まれたと思っているのだろうが──先程イリスにきっぱりと断られたのを忘れたのだろうか。
随分都合の良い記憶力だ。
「勧誘? イリスをか?」
食って掛かられたギアが、片眉を上げて周囲を見渡した。
誰も彼も、ギアの言動を注視している。
「──するわけないだろう。足手まといになる」
答えた瞬間、どよめきが上がった。
「足手まとい!?」
「いや、でも確かに──」
イリスは5等級。ギアたち『上弦の月』のメンバーは、それより上のランクだろう。
驚愕と納得が入り乱れる中、カイトとナディが深々と溜息をついた。
「おいギア、言葉が足りないぞ」
「?」
「具体的には、主語が足りないわね」
「…む、そうか」
ギアは真顔で頷き、少しだけ声を大きくして言い直す。
「俺たちがイリスたちを勧誘する事は無い。俺たちが、イリスたちの足手まといになる」
とても丁寧な説明に、
『はあ!?』
冒険者たちが目を剥いた。
周囲を見渡し、カイトが呆れ顔で肩を竦める。
「お前ら、イリスのやった事ちゃんと理解してるか? 南の半島のあの台地を、命綱無し、魔法も無しで、自力で登り切ったんだぞ?」
厳密には色々おかしい外套の『隠蔽』機能を使って安全を確保していたが、崖を登り切ったのはイリス自身の力だ。
──ちなみに現状、ジェフを救出してギルドに帰還したところまでは普通に情報公開され、冒険者たちに知れ渡っている。
一方、その後の救出作戦の詳細は、『ウラノスの魔法杖』が絡んでいるため、曖昧になっている部分の方が多い。
この場に居る冒険者たちは、少なくとも『イリスが台地を素手で登れる』事を知っているはずだ。
「確かに、彼女の能力はとても素晴らしいけれど」
ナディが言葉を添える。
「その能力を活かせるパーティでなければ、仲間に迎えても意味が無いでしょう?」
パーティを組むというのは、簡単な事ではない。
命を預け合う仲間だ。互いにフォローし合い、連携を取る事が求められる。
1人が突出した能力を持っていても意味が無いどころか、パーティのバランスを崩し、場合によっては全員を命の危険にさらす恐れがある。
『上弦の月』の正論に、周囲の冒険者たちは沈黙した。
そもそも、南の半島を中心に活動するこの街の冒険者は、魔物討伐をメインに活動する事が多い。イリスと彼らとはどう考えても噛み合わないと分かったのだろう。
「カイトさん、報告終わりました」
受付で手続きを済ませたジーンが戻って来た。
カイトたちと一緒に報酬を確認し、大丈夫だな、と頷き合う。
「おつかれさん、ジーン。初依頼はこれで終了だ。大体の流れは分かったか?」
「はい、大丈夫です」
「明日以降は、少しずつ討伐や探索の依頼も経験して行きましょうか。確か、北の平原のネズミ退治があったわよね?」
「ネズミなら街ナカの依頼もあったよ。下水道だけど」
「…行動範囲が狭められている分、下水道の方がやりやすいか?」
「いや、でもなあ。下水道だぞ? きつくないか?」
「あの、私は大丈夫です。何事も経験ですよね」
あれやこれや。
明日以降も一緒に行動する前提で、ジーンとカイトたちが予定を確認している。
楽しそうだねーと微笑ましく見守るイリスの後ろで、クライヴがそっとその場を離れた。
全く相手にされなかった背中には哀愁が漂い、戻った先のテーブルで、仲間にそっと肩を叩かれている。
(何て言うか、絡んだ相手が悪かったよね…)
少しだけ、同情心のようなものが浮かばなくもないが。
(でも…)
ラズライトがそっと受付へ視線を投げると、ジュリアたち受付スタッフと目が合った。
ジュリアはクライヴに暴言を吐かれた時の青ざめた表情が嘘だったように、少しだけ楽しそうな苦笑を浮かべている。
その斜め後ろに立つ男性職員は、ジュリアに分からないように、こちらに向けてグッと親指を立てた。
『ジュリアさんを侮辱する輩、許すまじ』『よくやった!』的な意味だ。
(まあ、僕らの恩人に暴言を吐いた時点で、アウトだもんね)
その後、イリスをパーティに勧誘する冒険者は居なくなり。
クライヴはしばらくの間、ジュリア贔屓の冒険者やギルドスタッフから冷たい対応を受けたらしい。




