83.事業計画
その後ぐるりと地下1階を巡った一行は、再び玄関ホールに戻って来た。
「地上だー!」
イリスが諸手を挙げて伸びをする。
地下階も十分広い空間だったが、地下だという先入観からか、何となく閉塞感があった。
ラズライトも思い切り伸びをして、溜息をつく。
《…それにしても、すごかったね》
「本当ですね…。まさか、浴場がもう一つあるとは…」
ジュリアが遠い目をして呟いた。
ボイラーと井戸を見た後、反対側にも行ってみたのだが、最初に見た脱衣場の隣はまた脱衣場、その奥は大浴場だった。
つまり、階段を軸に左右対称に2つの大浴場が配置されていたのだ。
「まあほら、温泉も『男湯』『女湯』で2つあるし」
「賓客をもてなすのに、大浴場が1つだけというのも都合が悪かったのだろうな」
イリスはケロッとしているが、ハドリーは若干疲れた顔をしている。
ロベルトが呆れ顔で肩を竦めた。
「にしたって、全部2つ用意する必要は無かったんじゃないか?」
実は、2つあったのは脱衣場と大浴場だけではない。
反対側の廊下の突き当りにあったのは、備品庫。
そしてその奥に、ボイラーと井戸のある小部屋。
多分、井戸1本、ボイラー1台だけではお湯の消費に追い付かなかったのだろうが──建設当時のボイラー価格などを考えると、有り得ないお金の掛け方だ。
それができる財力を示したかったのかも知れないが。
(考え方の基準が違うんだ、きっと)
とにかくこれで、屋敷の全体像が判明した。
3階は賓客用の宿泊部屋。
2階は、食事会場兼ダンスホール、談話室、資料室、応接室など、客人用の接待エリア。
1階は、厨房と使用人部屋、簡素な会議室など、主にここで働いていた使用人たちのスペース。
地下は大浴場が2つ。
「…さて、これで全部見て回ったはずだが…」
ハドリーが気を取り直して周囲を見渡す。
「1階と2階の用途について、何か思い付いた者は居るか?」
3階は入院療養施設、地下は主に冒険者向けの公衆浴場にするとして、1階の厨房以外のエリアと2階はどうすべきか。
「さっきの、お風呂入ってる間に服の洗濯とか装備の修理の受付とかするやつ、あれを1階でやるのは?」
イリスが言うと、ロベルトが首を横に振った。
「待て待て。修理受付は良いとして、洗濯はまずいだろ。1階で服を預けて、風呂まで素っ裸で降りるのか?」
「あ、それはダメだね」
《脱衣場が結構広かったから、一部を区画して、そこを洗濯部屋にしたら? 浄化魔法とか使える人を雇えば、お客さんがお風呂に入ってる間に洗濯も終わるよね?》
ラズライトの提案には、ヴィクトリアが軽く眉を寄せる。
「そうね…でも、浄化魔法の使い手なんて、何人も雇えるかしら?」
浄化魔法は光属性の初級魔法だ。
そもそも光属性に適性を持つ人間がさほど多くないため、使い手は限られている。
言われてみれば確かに、そんな貴重な人材が、洗濯などという役割で雇われてくれるとは思えない。
ラズライトが納得していると、イリスが首を傾げた。
「あれは? 浄化魔法じゃなくて、『洗浄魔法』。ラズライトが私の服洗ってくれたやつ」
「洗浄魔法?」
ロベルトが眉を寄せた。多分、聞き慣れない名前だったのだろう。
あれはラズライトが自分で組み立てた魔法で──似たような術式を構築して使っている魔法使いは結構居ると思うのだが──一般的な魔法とは少し異なる。
当然、人間にはほとんど知られていない。
《あれは僕が作った魔法だから、今、人間に使い手は居ないはず。でも、水、風、火の魔法適性がある人に教えれば使えるようになると思うよ》
理論的には、水魔法で汚れを水へ移行させて回収し、火魔法と風魔法を交互に使って温風を発生させ、水気を飛ばすだけだ。そんなに難しくはない。
…と、思っていたのだが。
「3属性の適性ですか…」
ラズライトの説明を聞いて、ジュリアが困ったように首を傾げた。
「それこそ、ベテラン冒険者でもなかなか居ませんね」
《え》
「そうなんですか?」
固まるラズライトの横で、イリスがきょとんとする。
ロベルトが頷いた。
「魔法ってのは、一つの属性を極めた方が効率が良いからな。その弱点を補う意味で、もう1属性くらい使える魔法を用意しておくのが常道だが…3属性は、よほどの物好きじゃないと習得しないだろうなぁ」
(嘘でしょ?)
前世の前世、それとももっと前の世か、ラズライトは『こちらの世界』で冒険者稼業に就いていた。
その頃の魔法使いは最低でも3属性持ちだったし、中には全属性を極めてやると豪語している猛者も居た。
世代間ギャップと言うべきか、時代が変わるにつれて魔法使いの魔法習得トレンドも変わって来たのだろうが──
「じゃあ、水と風と火の魔法が全部使える人って、居ないんですか?」
問題はそこである。
その3属性が使えないと、洗浄魔法は扱えない。
「かなり少ないな。元冒険者を当たれば居ない事も無いだろうが…そういう人間が洗濯屋として雇われてくれるとも思えん」
「そうでしょうね…」
ハドリーとジュリアが諦め半分に呟く横で、ヴィクトリアが首を傾げた。
「別に3属性全部持ってなくったって良いんじゃない?」
「?」
「だって、水魔法で洗って、風魔法と火魔法で乾かすんでしょ?」
《えっと…うん》
ラズライトが頷くと、ヴィクトリアはピッと人差し指を立てた。
「だったら、水魔法担当、風魔法担当、火魔法担当ってそれぞれ雇って、チームを組んでやれば良いじゃない。慣れるまでは大変だと思うけど、1人で全部できるような人を雇うより現実的だと思うわ」
《あ…!》
ラズライトは目を見開いた。
確かに、その通りだ。
ラズライトは1匹で行動するのが前提だったため、全て自分でできるように魔法を構築したのだが──別に全部1人でやる必要は無いのだ。
ヴィクトリアの案に、ハドリーが目を光らせた。
「その手があるか」
「ラズライト、それでもできそう?」
《できる…と思う。各属性ごとに分解すれば、そんなに難しい術式じゃないから》
強いて言えば、普段は文字通り『燃え上がる』ような出力で放つ火魔法を、『空気が温まる』くらいの低出力で維持するのが少し難しい。
こればかりは慣れてもらうしかないだろう。
「ならば、決まりだな。脱衣場を区画して、洗濯部屋を作る。申し訳ないがラズライト殿、できるだけ早急に担当者を決めるので、その担当者に服を洗うための魔法を教えてやってくれないか? 無論、報酬は払う」
《僕の都合の良い時に教えるって形になっちゃうけど、それでも良いなら引き受けるよ》
基本的にイリスと行動を共にしているため、南の半島や街の外に出ている間はレクチャーできないが、街に居る間なら問題無いだろう。
ラズライトが了承を返すと、ハドリーは微かに表情を緩めた。
「恩に着る。──1階は主に、装備品の修理受付窓口としよう」
「どの武器屋の窓口を置くんだ? 武器屋滅茶苦茶多いぞ、この街は」
「窓口設置を希望する店舗を募り、多すぎた場合は抽選だな。不公平感が出ないよう、一定期間ごとに入れ替えるのも有りかもしれん」
「それだと、『自分の馴染みの店の窓口が無い』と苦情が来そうですが」
「そればかりは仕方無いな。本来は実店舗に装備を持ち込むものだ。公衆浴場の付帯設備に贅沢を言うなと答えれば良い」
ロベルトとジュリアの突っ込みに、ほぼ即答する勢いでハドリーが応じる。
もう既に、彼の中では公衆浴場事業の青写真が出来上がっているのだろう。
そして多分、本気で利益を生みに来ている。
(すごく良い人に一枚噛んでもらえたのかも…)
その後、様々な事業案が並べられ、日没ギリギリにお屋敷の下見は終わった。




