7.昼食
見事にノックダウンした伝令カラスの回復を待つついでに、河原で昼食を摂る事になった。
イリスが付近に落ちている枯れ葉と枯れ枝を集め、その周囲に河原の石を組んで簡易的なかまどを作る。
使い込まれたリュックのポケットから火打石を取り出し、素早く打ち合わせて枯れ葉に火を点けた。
一連の動作はかなり手馴れていて、何度も繰り返して来たことが見て取れる。
パチパチと小さな音を立てながら燃え始めた枯れ葉を眺めながら、ラズライトは首を傾げる。
《点火棒とか携帯コンロとか、使わないの?》
点火棒は文字通り火を点けるのに使う、火属性の魔石とスイッチとなる魔導鉱を組み合わせて作られた棒状の道具だ。
携帯コンロはその発展形で、火属性の魔石を直接熱源として利用し、火を使わずとも屋外で加熱調理ができる優れものである。
この携帯コンロと、見た目以上の容量がある『圧縮バッグ』、簡単に小さくできる『折り畳み式テント』を合わせて、『冒険者の3種の神器』と呼ぶ。
冒険者でなくとも、旅をする者なら持っていて当たり前なのだが、イリスは首を横に振った。
「どっちも持ってないよ。持ってなくても、こうして何とかできるしね」
《…まあ、否定はしないけど…》
確かに、条件さえ揃っていれば、今のように現地で材料を調達して対応する事もできなくはない。前時代的という印象は拭えないが。
あるいは彼女は、そういった『前時代的』な生き方を良しとするタイプなのかもしれない。
「それに、火属性の魔石って高価いじゃん」
《…》
訂正。
単に金を出し惜しみしているだけだった。
沈黙するラズライトをよそに、イリスはリュックを置くと、靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾を捲り上げた。
「魚獲って来るけど、食べる?」
《食べる》
《お、オレも…》
久しぶりにケットシーの姿になったせいか、それともイリスの高速移動で三半規管がやられた反動か、急にお腹が空いてきた。
いまだ起き上がれない伝令カラスも、プルプルしながら右の翼を上げて主張する。
しかし彼女、何故魚を獲るのに靴を脱いで、さらに腕まくりまでしているのか。
「生と焼き魚、どっちが良い?」
《焼き魚》
《オレは…生で…》
「分かった。じゃ、ちょっと待っててね」
聞く間もなく、イリスはすちゃっと左手を挙げて踵を返すと、そのまま川に入って行った。
何故か右手には、リュックの側面に付けられていた、細長いL字型の金属の棒のようなものを持っている。
冷たさをものともせずに中ほどまで進むと、上流側に頭を向けて棒を持った右手を軽く掲げ、じっと川面を見詰める姿勢で動かなくなる。
「…」
待つこと数十秒。
金属の棒が弧を描いて水面に叩き付けられ、振り抜いた動作と共に、魚がこちらに向かって飛んで来た。
(え)
魚は狙いすましたように簡易かまどの横に落ち、跳ね回る事も無く動かなくなる。多分、棒で打たれて気絶したのだろう。
イリスはそのまま、少し場所を変えながら棒を振り続け、立て続けに6匹魚を獲った。どれもこの辺りにしては大振りの、見事なヤマメだ。
しかし、棒を振る姿はまるで、鮭を獲る熊である。
《…何だあの野生児…》
ノラの呟きは、実に的を射ていた。
「これくらいで良いかな?」
ざばざばと水を蹴立てて川から上がったイリスに問われ、十分だ、とラズライトとノラは頷いた。
むしろ、1人と2匹しか居ないのに、6匹は獲りすぎではあるまいか。
《僕は1匹で良い》
《オレも…1匹で…》
獲り過ぎだと暗に指摘したつもりだったが、イリスは頷いた後、手近な生木の枝を水で濡らし、次々とヤマメを串刺しにし始めた。
串刺しにした5匹のうち、4匹に軽く塩を振り、1匹はそのまま、器用に簡易かまどの縁に立てて火で炙り始める。
「ノラは丸ごと食べられる?」
残った1匹の尾を掴み、ひらひらと掲げながらイリスが訊いた。
《いや、無理…》
『あちらの世界』の鵜なら話は別かもしれないが、このサイズのヤマメを丸呑みするのは伝令カラスにはきつい。
ノラの返事を受けて、イリスは腰のウエストポーチから刃の厚いナイフを取り出し、平たい岩の上に置いたヤマメを慣れた手つきで三枚におろして行く。
《慣れてるね》
「旅してれば、ある程度は嫌でも覚えるよ」
切り身だけ一口大にブツ切りにし、骨と内臓は近くに穴を掘って埋めた。
《ノラ、水飲むと結構すっきりするよ》
《おう、そうする…》
ようやく起き上がった伝令カラスに声を掛けると、彼は珍しく素直に頷き、のそのそと川べりに向かった。
顔面から川にダイブしないか、少々心配だ。
そうこうしているうちに、魚の焼ける良い匂いが漂い始めた。
《オレ、復活!》
水をがぶ飲みしたノラが、翼を大きく広げて叫んだ。
短い距離を軽やかに飛び、ブツ切りにされたヤマメの前に着地する。
《先にいただくぜー》
こういう奴である。
《はいはい、好きにしなよ》
「どうぞー」
ラズライトとイリスの返事とほぼ同時に、ノラは切り身を咥え、くちばしを上げてつるりと飲み込んだ。
《──っくー、美味い!》
どちらかと言うとのど越しを味わっているような気がするが、美味いのは確かなのだろう。
秋も深まるこの時期、『こちらの世界』のヤマメは身に脂肪を蓄えて冬に備える。
つまり脂が乗っていて美味しい。
だからと言って、獲りまくって良いわけではないが。
「焼けたよー」
イリスが塩のかかっていない焼きヤマメを大き目の葉に乗せ、ラズライトの前に置いた。
「ケットシーって、あんまり塩分多い物食べない方が良いんだよね?」
《控えた方が良いのは確かだけど、多少は平気だよ》
『あちらの世界』のネコにとって塩分濃度の高い物の食べ過ぎは非常に危険だが、『こちらの世界』のケットシーは体の仕組みが違う。基本的には肉を主食としているが、割と何でも食べられる。
また、個体差はあるものの、ケットシーは総じて魔力適性が高く、大なり小なり魔法が使えるため、多少体に悪いものを食べても自力で何とかできるのだ。
そのせいか、果物や炭水化物を好んで食べる変わり者も居る。
と言うか、
《そもそも僕、ケットシーじゃなくてドラゴンだからね?》
「…そうだった」
指摘すると、イリスはポンと手を打った。すっかり忘れていたらしい。
《……良いけどさ》
何となく釈然としないものを感じつつ、少し冷めた焼きヤマメにかぶりつく。
口の中でほぐれる白身は適度に脂が落ちていて、とても美味しい。
ちらりと見ると、イリスも塩を振った焼きヤマメを枝ごと手に取り、がっつり噛み付いていた。一口で背中側の半分ほどを口に入れ、熱かったのか、はふはふと息を吐いている。
(そんなに急がなくても良いのに…)
イリスの勢いにラズライトは少し冷静になり、腹側の皮を口で器用に剥ぐ。
そのまま皮だけを咀嚼すると、香ばしい匂いと共に独特の旨味が広がった。食べにくいとか臭みがあるとかで敬遠する者も多いが、ラズライトは皮が一番美味しいと思っている。
ラズライトが皮を味わっている間に、イリスは1匹目をぺろりと平らげ、2匹目に手を伸ばした。
《え、早くない?》
「普通普通。美味しいんだもん」
《絶対普通じゃないと思う…》
結局、塩を振った焼きヤマメ4匹は、全てイリスの胃袋に消えた。
※ネコに塩辛いものを食べさせてはいけません。
ヤマメ美味しいよね、という話。
個人的に、淡水魚の中ではヤマメが一番好きです。現実世界での天然ヤマメの旬は夏ですが。




