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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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78.オーナーのご意向につき。

 無料(タダ)ほど高いものはない、と言うが。


 謝礼という体裁で不用品を押し付けて来るのはいかがなものか。


《…》


 事情を知っていたらしいハドリーをラズライトが半眼で見詰めていると、背後からイリスに抱き上げられた。


「まあまあ、ラズライト」


 不良債権を押し付けられた当人は、気楽に笑う。


「別に気にすること無いんじゃない? 後はこっちの自由にして良いんでしょ? ハドリーさんも全面協力してくれそうだし…」


 自ら出向いて来た時点で、一枚噛む気満々だろう。

 イリスがちらりとハドリーを見遣ると、商業ギルド長は苦笑した。


「オーナーの意向次第だがな。協力するのはやぶさかではない」

「じゃあ、ぜひともご協力お願いします」

「承知した」


 すかさずイリスが申し出て、ハドリーが頷いた。


 その後気を取り直して、屋敷の中を見回り始める。

 上から行こうというロベルトの提案で、まずは3階に上がった。


「ここは大体客室っぽいな…」


 階段の左右に延びる長い廊下。ずらりと並んだ扉のうちの一つを開け、ロベルトが呟いた。


 中に入ると、少し幅の広いベッドとクローゼット。

 部屋の横手にトイレ、洗面台とシャワールームが設えてある。


 少し良い宿ならトイレと洗面台が部屋にあるのは珍しくないが、シャワールームまであるというのは珍しい。

 しかも、トイレは独立した個室、洗面台は脱衣室に備わっていて、シャワールームと兼用ではないという徹底ぶり。


 部屋の床はモスグリーンの絨毯で、足を踏み入れるとモフッと沈んだ。

 廊下の紅茶色のカーペットと全く違う、リラックス感満載の感触だ。


「客室? これが?」


 部屋に駆け込み、くるりと周囲を見渡したイリスが疑い深そうに呟く。

 そして、手近な扉を開けて首を傾げた。


「あれ? 隣の部屋と繋がってる」

《?》


 ラズライトが覗き込むと、イリスが開けた扉の先は、ベージュの絨毯が敷かれたツインルーム。

 部屋の広さはこちらの2倍以上あり、ベッドもさらに幅広、調度品もワンランク上の物が使われているように見える。


「ああ、ツインルームの方がメインのゲストルームだな。今居るこっちの部屋は、ゲストに同行してきた使用人用だろう」

「これが使用人の部屋…」

「ゲストハウスだからな」


 呆然とするイリスに、ハドリーが補足した。


「市長の家と同格か、それ以上の家の当主や配偶者、次期後継者あたりが客として想定されていたんだろう」

《そもそも、住む世界が違う人たちって事だね…》


 そのくらいの家格になると、使用人を引き連れて宿泊するのも当然、風呂トイレ洗面台付きの部屋も当然。


 普通の冒険者には縁の無い話だ。


「しっかし、ここまで設備が整ってると、何に使うか迷うところだな…上級冒険者用の宿か?」


 ロベルトが顎に手を当てて言うが、ハドリーが首を横に振った。


「それは既に十分ある。冒険者ギルドと商業ギルドが手を組んでそちらの事業に手を出したら、余計な軋轢を生むぞ」


 上級冒険者向きの高級宿は、主に南街区に立地する老舗だ。

 その客を奪い取るような行為は商業ギルドとしてはいただけないだろう。


《じゃあ、ここでやるのは、既存の店とは違う事業じゃなきゃいけないんだね》

「もしくは、需要に対して供給が間に合っていない事業だな…この街には早々無いが」


 需要と供給のバランスを取るのは、商業ギルドの腕の見せ所だ。

 そういう意味では、商業ギルド長のハドリーの功績と言えるだろう。


 ただし今回に限っては、それが裏目に出ている。


 各ギルドの長2人が顔を突き合わせて唸っていると、隣の部屋と繋がるドアを閉めたイリスがひょいと手を挙げた。


「じゃあ、冒険者ギルドの治癒室の出張所は?」

「治癒室の出張所?」


 首を傾げるロベルトに頷き、


「冒険者ギルドの治癒室って、ベッド2つしか無いでしょ? 数日様子を診たい患者が居る時に、治癒室に寝かせておけないって…ヴィクトリアさんが」


 イリスが言った途端、ハドリーが半眼になった。


「ロベルト、治癒室の充実は急務だと我々も進言していたはずだが?」

「いや、その」

「まさか、我々からあれだけ融資をもぎ取っておいて、本当に必要な部分には投資をしていないと言うのではあるまいな」

「そ、それは…」


 何と、商業ギルド長も冒険者ギルドの治癒室の問題は把握していたらしい。

 しどろもどろになるロベルトの背後で、ジュリアが溜息をついた。


「お二人とも、イリスさんたちの前ですよ」

「む。…すまん」

「…」


 ハドリーとロベルトがハッとこちらを見遣り、ハドリーが矛を収める。


 ロベルトはあからさまに安堵の表情を浮かべているが、これは多分、後でジュリアやヴィクトリアにぎちぎちに絞られるパターンだ。


 商業ギルドから融資を受けていて、金を掛けるべき対象についても助言を受けていたのに何もしていなかったというのは、ロベルトが思っているよりずっと深刻な事態だろう。


 …何となく、冒険者ギルドメランジ支部の将来が不安になってくる。


《まあ、そういう話題は後でじっくり話し合ってもらうとして…治癒室がそういう状況なら、治癒室の出張所と言うか、入院施設として使うって案は有りかもね》

「にゅーいん施設?」


 イリスにはあまり馴染みの無い言葉だったらしい。


《えっと…治療に数日掛かる時とかに、家に帰らないで治癒室や回復術師のところに泊まる事があるんだよ。それを、『入院』って言う…らしいよ》


 厳密には、朝に来て夕方帰る『日帰り入院』なるものもあるが、『こちらの世界』ではあまり一般的ではないので除外する。


 怪我をした時などは回復術ですぐに治すのであまり入院の対象にはならないが、重い病に掛かった時には『こちらの世界』でも数日から数ヶ月単位の治療になる事がある。

 また、カイトたちのパーティメンバーのように珍しい毒に冒された時などは、薬の完成を待つ間、症状を緩和したり進行を遅らせたりする治療を受け続けなければならない。


 宿泊用の設備が整っているこの建物は、そういった患者を滞在させるのにもってこいだ。


 …下手な宿よりずっと良い環境なので、別の意味で不満が噴出しそうな予感はあるが。


「なるほど、入院施設か…それは良いな」


 ハドリーが顎に手を当てて頷いた。


「使用人用の部屋とメインルームを繋ぐ扉を撤去してしまえば、使用人用の部屋は個室、メインルームは複数人で使用する部屋として使えるな。ベッドなどはもっと丈夫な物に買い替える必要はあるが…」


 水回りの設備が全ての部屋にあるのは大きい。

 かなり整った環境の入院施設にできるだろう。


「確かに、部屋数も多いですし…ですが、今度は治癒室の人手が足りなくなりそうですね」


 治療対象者が増えれば、回復術師もより多く必要になる。

 ジュリアの指摘に、ハドリーは即座に応じた。


「街で開業している回復術師たちや、冒険者を引退する回復術師に声を掛ければ良い。自分の店を畳んでこちらの専属になってもらっても良いし、個人経営は継続しつつ、自分の店が休みの日にこちらに詰めてもらっても良いだろう。人数が確保できれば、1人に負担が集中する事も無い」


《回復術師志望の新人冒険者に、勉強がてら助手をしてもらうのも有りじゃない? ちゃんと依頼として希望者を募って、報酬を渡しつつ、本職の回復術師がどうやって治療にあたるのか見てもらえば、冒険者として外に出て仲間が負傷したり体調を崩したりした時、どういう応急処置をしたら良いのかも分かるよね?》


 こちらの入院施設だけではなく、ギルド併設の通常の治癒室でも勤務してもらえば、色々な経験が積めるだろう。


「それ、良いですね! 回復術師は師弟間で知識を受け継ぐ傾向が強いですから、師匠以外のベテラン回復術師の治療行為を見るだけでも、すごく良い経験になりそうです」


 ラズライトの案に、ジュリアが目を輝かせた。


 その後他の部屋も見て回り、階段と階段の間にリネン室や各種掃除用具などが置いてある物置、東端に特に大きい部屋、西端に下階に繋がる昇降機──多分、シーツやゴミなどを運ぶための、荷物専用のものだろう──がある事を確認した。


「リネン室と物置はそのまま使い、東端の部屋は回復術師たちの詰め所に。昇降機は少し改造を施して歩けない患者を運べるように──ふむ、これは良いな」


 ぶつぶつと呟きながら、ハドリーが口の端を上げる。

 その背後で、付き人の青年が必死にメモを取っていた。

 多分、この後商業ギルドに帰ったら大変な事になるに違いない。


(が、頑張れ…)


 屋敷の確認はまだ序の口、3階部分だけだ。

 入院施設が入る事はほぼ決まりのようだが、まだ何か出て来る可能性はある。


「さて──3階はもう良いな。2階に移動するぞ」


 ロベルトが促し、一行は階段へ足を向けた。




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