77.現地視察
軽い昼食を済ませて、イリスとラズライトはロベルトとジュリアの案内で冒険者ギルド裏手に向かう。
ギルドのトップとベテランの受付が同時に席を外して良いのだろうかと思ったが、ジュリアに受付業務の交代を依頼された男性職員が涙目で『任せてください!』と叫んでいたので大丈夫だろう、多分。
「こっちだ」
冒険者ギルドの横、ギルドの裏口が面した細い道を抜けた先が、例の物件だった。
ぐるりと回り込む形で左に折れて進むと、よく手入れされた生垣が途切れ、大きな門が姿を現す。
シンプルだが流麗なカーブを描いたアイアン製の門戸。既に見るからに敷居が高い。
その門の前には、先客が居た。
「すまん、待たせたな」
ロベルトが声を掛けると、門の前に佇んでいたハドリー──商業ギルド長が振り返る。
背後には、真面目そうな顔立ちの青年が付き従っていた。
ペンとメモ帳を携えているのを見るに、秘書か何かだろうか。
昼前にロベルトがジュリアに指示を出し、商業ギルドに連絡を取っていたが、商業ギルド長本人が従者付きでやって来るとは思わなかった。
「早めに来るのは私の主義だ。気にするな」
ハドリーは軽く首を横に振り、イリスとラズライトの方へ向き直る。
「今回は随分と活躍したようだな。まさか、この物件を市長が譲渡するとは」
声に若干の呆れが混じっている。
《ハドリー、ここのこと知ってるの?》
「ああ、少しな」
頷きはしたが、詳細を話すつもりは無さそうだ。
ハドリーが門の中を見遣るのに合わせ、ラズライトもそちらに視線を動かし──思わず呻く。
《うっわあ…大豪邸》
「…」
イリスはぽかんと口を開けている。
門の中、広々とした芝生と、自然なようでいてきちんと整えられた庭木が茂る庭の奥に、冒険者ギルドに勝るとも劣らない規模の建物が建っていた。
庭の奥に建っているから、一見、そんなに大きいようには見えないが──総3階建てのレンガ造りで、1階ごとの窓の数がやたら多い。
はっきり言おう。
どう考えても、一冒険者の手には余る代物だ。
「…………え、これがタダ?」
ようやく現実を呑み込んだイリスが、その場に立ち尽くしたまま首を傾げた。
《そうだね》
「そうですね」
「そうだな」
「そのようだ」
肯定を返され、イリスは次の瞬間、頭を抱えて叫ぶ。
「──バカなの!?」
その言葉には全面的に同意するが。
《…市長がこの場に居なくて良かったね》
ぼそり、ラズライトが呟くと、本当ですね、とジュリアが真顔で頷いた。
「おいイリス、気持ちは分かるが落ち着け。これから中身を確認するんだろ」
ロベルトが突っ込みながら、門の鍵を開ける。
普通の南京錠などではなく、魔法回路を組み込んだ板を認識させるタイプの魔法錠だ。とても手の込んだ仕掛けである。
…確か、これを組み込んだ門の建設費用だけで、庶民の家が1軒建つのではなかったか。
(金持ちの道楽…)
言ってはいけない事なので、そっと内心で呟いておく。
門から建物までを繋ぐのは、薄らとマーブル模様が見える白い石畳だ。
表面に細かい凹凸があり、雨に濡れても滑りにくいようになっている。
石畳の隙間は、草が生えないよう細かい砂利が詰まっていた。隅々まで行き届いた施工だ。
「うわあ…」
建物の近くまで来ると、イリスが改めてその威容を見上げ、呻き声を上げた。
横幅のせいか威圧感があるし、冒険者ギルドと同じ3階建てのはずだが、屋根がやたら遠くに感じる。
──いや、多分、実際に屋根が遠い。
窓の位置から推測するに、全ての階の天井が一々高いのだ。
結果、3階建てなのに4階建て相当の高さになっている。
「さあ、中に入るぞ」
ロベルトが金細工の鍵を出し、大きな両開きの扉を開ける。
大事なのは建物の外観より中身の方だ。
間取りや設備の有無を確認し、どのように活用するかを話し合う事になっている。
「おじゃましまーす」
扉を開け放ちながら入って行ったロベルトに続き、イリスが恐る恐るといった様子で建物に足を踏み入れた。
「ご自分の持ち物になるんですから、お邪魔しますなんて言わなくて良いんですよ」
ジュリアが苦笑すると、イリスは振り返り、へらりと笑った。
「いやあ、こういう豪邸には全く慣れてないんで、つい」
《だろうね》
ラズライトも、ここまでの規模の屋敷に入るのは今生では初めてだ。
豪邸。まさにその言葉通り。
エントランスホールは3階まで──と言うか、屋根までぶち抜き。
はるか上に見える天窓から、柔らかな午後の日差しが降り注いでいる。
その天窓のすぐ横からぶら下がるのは、多段式の巨大シャンデリア。
日差しを受けて虹色の光をあちらこちらに散らしているという事は、あの透明な素材は特殊加工のガラスか石英だ。
ろうそくの類は見えないから、夜になったら魔石を使って光らせる仕組みだろう。
とりあえず、万が一あのシャンデリアが落ちて来たら、このホールに居合わせた人間はほぼ全員下敷きになりかねない。とんでもない大きさだ。
一方、視線を目線の高さに戻すと、ホールの両側に美しくカーブを描いた階段。
その階段とホールはもとより、左右に延びる廊下の隅々まで、紅茶色の絨毯が敷き詰められている。
当然、調度類も1級品だ。
階段のすぐ横、黒檀の台座に鎮座する金色の水瓶──の、ような置物にイリスが駆け寄り、ギョッとしたように目を見開いた。
「え、これ本物の金細工!?」
「ああ…それくらいはあるだろうな」
ハドリーは冷静そのものだ。
なぜそこまで落ち着いているのか疑問に思って見上げると、こちらの視線に気付いたハドリーが軽く肩を竦めた。
「市長の家は、この街で代々続く資産家でな。この屋敷は、ここ数百年で最も隆盛を極めたとされる先々代当主の時代に、客をもてなすゲストハウスとして、贅を尽くして作られたものだ」
《だから成金しゅ…いや何でもない》
思わず呟きかけて、サッと視線を逸らす。
ハドリーは苦笑した。
「過去の遺物というやつだ。今の市長はどちらかと言うと質実剛健なものを好む性質で、この物件の事は正直持て余していたらしい。だが、この屋敷を建てた人物の息子、つまり自分の父親に、売却を反対されていてな」
市長としては使い道も特に無い物件など早々に手放したかったが、父親に、先々代が心血と金銭を注ぎ込んだ土地建物を売却するなどとんでもない、と、止められていたらしい。
資産家のくせに変なところで感傷的だ。
しかしその説明を受けて、ようやく得心が行った。
《ああ、だから『無償譲渡』なんだね》
売却がダメなら、無料で誰かに渡してしまえば良い。
それが身内の命の恩人ならば、父親も表立って反対できない。
「そういうことだろうな」
ハドリーが頷いた。
聞けば、ハドリーは市長と幼馴染で、市長が家を継いだ直後から、この物件について色々と相談を受けていたらしい。
多分、相談と言うよりほぼ父親に対する愚痴だろうが。
《…ん? ちょっと待って》
ふとある事に気付き、ラズライトは半眼でハドリーを見上げた。
《今の話を総合すると──要するに、イリスは市長にとっての不良債権を都合良く押し付けられたってことだよね?》
「……………」
ハドリーは黙ってそっと目を逸らした。
some_lights さま、感想ありがとうございます!
感想が書き込まれているのに気付かない粗忽者で本当に申し訳ないです…。
これからもガンガン書いていきますので、お付き合いいただけると嬉しいです。




