76.要らない土地の活用法
市長からの土地の譲渡を真っ向から拒否されて、ロベルトは頭を抱える。
《要らないって正直に言うわけにはいかないの?》
「既に譲渡契約書に市長のサインが入っている。イリスがサインするだけで譲渡が成立するところまでお膳立てが済んでるからな…。ちなみサインしなくても、5日放置すれば自動的に名義がイリスに変更されるぞ」
《え、なにその迷惑な押し付け》
「権力者の特権ってやつだな」
しかも書類だけ用意して、当の市長は今日から他の街に視察に出てしまっているらしい。
帰還予定は10日後──自動名義変更の期日が過ぎた後である。
《じゃあ、受け取るだけ受け取った後、全部売り払って、代金をイリスが貰えば良いんじゃない?》
「いやダメだろそれは。貰って速攻売っ払うとか、どこの鬼畜だよ」
不用品を押し付けられた時の至極真っ当な対応だと思うが、ロベルト的にはアウトらしい。
市長にもギルドにも体面があるのだろう。
「一応、貰って所有しておけば良いのではありませんか? この街に滞在する時だけ、寝泊まりするのに使うとか…」
ジュリアが提案してくる。
建物もあると言っていたから、その手段も有りと言えば有りだ。
が、
《イリス、この街に居るのは冬の間だけだよね?》
「うん」
《しかも結構な日数、南の半島に探索に出ちゃうよね?》
「そうだね」
イリスの返答に頷き、ラズライトはジュリアへ向き直る。
《…宿への宿泊費より、その建物の年間の維持管理費の方が高くつくよね?》
建物を所有するとなったら、当然管理が必要だ。
人の住まない家は、あっという間に朽ちてボロボロになってしまう。
この街の建物はレンガや石造りだから、外壁が痛むのは遅いだろうが、内装の劣化は免れない。
屋根や壁材の定期修繕、内部の清掃と保守管理、ついでに庭の管理。
そして、所有する土地建物に掛かる税金の支払い。
加えて、冬の間しか滞在しないのだから、所有者が不在の間、土地建物を適切に管理する人間を雇う必要もあるだろう。
しかも、広さが1ブロック丸ごとだ。
ざっくり計算しただけでも、必要な時だけ『カラスの羽休め亭』に宿泊した方がずっと安上がりになる。
「う…」
ラズライトが冷静に並べ立てると、ジュリアは眉を寄せて呻いた。
心なしか顔色が悪い。多分、維持管理費の事は考慮外だったのだろう。
ロベルトが嫌そうな顔になった。
「お前、何でそんなに金に細かいんだよ…」
金と言うが、ラズライトが述べたのはあくまで人間社会で生活する上での常識だ。
前世のそのまた前世の記憶や、今生、ケットシーの姿で見て来た人間社会の光景。
人間社会の一般常識だったら、イリスよりずっと詳しい自信がある。
いや、そもそもイリスを基準にしてはいけないのだが。
《相棒が相棒だからね》
ラズライトが溜息混じりに応じると、ああ…とロベルトが納得した。
「何か失礼な事言われている気がする」
《気のせい》
もはや定番となったやり取りを交わし、再び頭を抱えるロベルトに向き直る。
《受け取り拒否は不可能、売却も禁止、でも本人が使う気は無い…となると、取るべき手段は一つだと思うんだけど》
「うん? 何か案があるのか?」
ロベルトが目を光らせる。
《その前に…イリス、この件、僕が交渉進めちゃっても良い? イリスにはそんなに負担が掛からないようにするから》
イリスに話を振ると、彼女は一瞬の躊躇も無く頷いた。
「難しい話はラズライトに任せるよ」
明らかに思考を放棄する気満々なので、一応釘を刺しておく。
《いや、君もちゃんと聞いてないと後で困るからね?》
「…ハイ」
答え方が若干怪しい。
ともあれ、これで交渉に移れそうだ。
《コホン。僕からの提案だけど──土地と建物は、市長の意向通りイリスが受け取る。で、それを全て、冒険者ギルドか商業ギルドに貸し出す》
「貸し出す?」
《イリスが受け取る事が大事なんでしょ? 実際に使うのはイリスじゃなくても良いんじゃない?》
あくまでイリスがオーナーであるという形を取り、実用はそれを必要とする人物や組織に任せる。
「いや待て。建物付きの1ブロック丸ごとだろ? 賃料が高すぎてうちじゃ賄えないぞ」
ロベルトが渋面を作った。
何せ、街のほぼ中央、冒険者ギルドの隣という好条件である。
大通り沿いではないとはいえ、適正な賃料は北の住宅街の比ではないだろう。
もちろん、そこはラズライトも織り込み済みだ。
《普通の賃貸契約じゃないよ。月々の賃料は要らない》
「え!?」
「はあ!?」
ロベルトとジュリアが目を剥いた。
唖然とする二人に、ラズライトは言葉を続ける。
《例えば、冒険者が使う有料の訓練施設にするとか、冒険者ご用達の店の支店を一堂に集めて配置するとか…何かの形で利益が出るように活用して、純利益が出た時だけ、そのうちの何割かをイリスに支払う、っていうのはどう?》
月々の賃料が不要な代わり、土地建物に関わる税金の支払いや、建物の維持管理、その他諸々の諸手続きは全て借り手に担ってもらう。
要するに丸投げである。
しかし、借り手は広大な土地と建物を実質タダで使用でき、イリスは土地建物を所有することで発生する全ての面倒事を借り手に任せられる。
双方に利益があるはずだ。
ラズライトが説明を終えると、ロベルトが深々と溜息をついた。
「…お前…本当に突拍子もない事考え付くな…」
だから想定する借り手が冒険者ギルドか商業ギルドなのか、と、納得の表情を見せる。
《うん。だって一人じゃ無理があるでしょ? 何だったら、冒険者ギルドと商業ギルドの合同事業にしても良いと思うよ》
純利益の何割かを貰うが、賃料を無料にする分、そこでの事業が失敗しても、イリスは損失の補填はしない。
そういう形にすれば、借り手側も本腰を入れざるを得なくなる。
「ですが、かなりリスクが高いのでは? 相当広い土地ですよ。何か事業を始めるとして、初期投資は借り手が全て負担しなければなりませんよね?」
《まあ、そうなるね》
ジュリアの言葉に頷いたところで、イリスがひょいと手を挙げた。
「あのー」
《?》
「とりあえず、現地に行って色々確認してみません? 建物はあるって話だけど、どんなのか分からないし。何ができそうかとか、現物見た方が想像しやすいんじゃないかと」
思わぬところからやたら建設的な意見が出た。
あまりにも真っ当な意見にまじまじとイリスを見詰めると、彼女は何故か1歩後退った。
「え、何その反応」
《…いや、ちゃんと話聞いてた上に、ちゃんと考えてたんだなって》
「何か失礼な事言われてる気がする」
《あーうん、今のは気のせいじゃないね》
「大分失礼だよラズライトー!」
イリスが叫んだ。
ラズライトはすかさずその肩に飛び乗り、肉球をイリスの頬に押し当てる。
《ハイハイ、ごめんねー》
「あ、にくきゅう…」
「…」
「……あー…」
途端に大人しくなったイリスに、ロベルトとジュリアがひっそりと生温かい視線を注いでいた。




