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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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75.報酬

 昼前ギリギリに冒険者ギルドへ出向くと、この時間帯には珍しく、結構な数の冒険者が集まっていた。


《何かあったのかな?》


 イリスの肩の上でラズライトが呟いた途端、視線がこちらに集中する。


「へっ!?」


 注目を浴びたイリスが固まった。

 無遠慮な視線は、大変居心地が悪い。


「あいつが…?」

「いや、でも…」


 ひそひそと、何やら懐疑的な言葉が交わされている。


 ジェフを連れ帰って来た時よりはるかに大人数に注目されながら、イリスとラズライトは受付に向かう。


 イリスが近付くと、それまで受付に並んでいたはずの冒険者たちがサッと場所を空けた。


(え、何、どういうこと?)

「イリスさん、ラズライトさん、お疲れさまです」


 戸惑うラズライトとは裏腹に、受付カウンターの向こうのジュリアはとても落ち着いていた。

 わずかに苦笑が混ざっているのは気のせいではないだろう。


「お疲れさまです、ジュリアさん」

《おつかれ》


 朝は『おはようございます』だが、それ以外の時間帯は『お疲れさま』。

 冒険者登録した時に教わった不文律だ。昼も夜も同じなので、楽で良い。


「早速ですが、こちらへどうぞ」


 ジュリアに促され、カウンター脇の扉をくぐる。

 視線が扉で遮られ、イリスが深々と溜息をついた。


「はー……」


 ついでに、肩の力も抜いている。

 まだ何もしていないのに疲労感漂うイリスの様子に、ジュリアが歩き出しながら顔だけ振り返って苦笑した。


「すみません、驚かれたでしょう?」

《まあね》


 ラズライトが頷き、イリスがぶんぶんと首を横に振る。


「いやホント、何なんですかあの注目。珍獣扱いも程々にして欲しいんですけど」

《珍獣…》

「ラズライトはそう思わなかった?」


 まあ確かに、あの冒険者たちの視線は珍しいものに対するそれに近かったが、どちらかと言えば──


《彼ら、イリスを仲間にしたくて来てたんじゃないの?》


「へ?」


 イリスがぽかんと口を開けた。


 ジュリアが苦笑混じりに頷く。


「ええ、半数程度はそれ目的だと思います。あとは、超高難度の依頼を初受注で達成した期待のルーキーを見てみたいという野次馬ですね」

《野次馬…》


 容赦の無い表現だ。


「昨夜、ギルドでの飲み会に参加していた冒険者たちに、ギルド長が色々と喋ってしまったようで…今日は朝からあんな様子なんです」


 そっと視線を外して呟くジュリアの顔は、よく見ると疲労の色が濃い。


 依頼受付が混雑する朝の時間帯から野次馬が詰め掛けていたのなら、その頃の受付前の人口密度は今以上だったに違いない。

 その中で仕事をさばいていたのだから、疲れるのも当然か。


《えっと…お疲れさま、ジュリア》

「ありがとうございます、ラズライトさん」


 ラズライトの言葉に微笑して、ジュリアはギルド長室の扉をノックした。


「ギルド長、イリスさんとラズライトさんがいらっしゃいました」

「ああ、入ってくれ」


 扉を開けると、ロベルトは執務机で書類仕事をしていた。


 昨夜と同じような光景だが、机の上に積み上がる書類の山は昨夜の倍以上。

 たった半日ほどで一体何が起こったのかと問いただしたくなる量だ。


 ロベルトは手元の書類に乱暴にサインしてから顔を上げた。


「改めて、昨日はご苦労だったな。早速報酬を渡そう」


 昨日ラズライトの正体を疑っていた事が嘘だったように、ロベルトは明るい顔で机の上に革袋を並べ始めた。


「まずこれがメイン、行方不明者捜索依頼の成功報酬だ。で、こっちはケツァルコアトルス討伐の報奨金──ああ、他のメンバーにはもう渡してあるから、これはあくまでお前たちの分な。それから──」


 と、一枚の紙を掲げる。


「これは、この街の市長からの個人的な礼だ」

《個人的な礼?》


 市長と言えば、この崖壁都市メランジのトップである。

 そんな人物に恩を売った覚えは無いのだが。


 ラズライトとイリスが首を傾げると、ロベルトが苦笑した。


「実は行方不明だった冒険者のうちの一人が、市長の血縁者でな。ギルド既定の報酬を出すだけでは個人的に気が済まないそうだ」

「わお」


 行方不明になった身内を、よほど心配していたのだろう。


 しかし紙に書かれているということは、どうやらお礼というのは現金ではないようだ。

 その内容は──


「市長が個人で所有している土地を1ブロック、丸ごとくれるそうだ。場所は丁度このギルドの裏手、訓練施設の向こう側だな。今は誰も住んでいないが、結構きれいな建物も建ってるぞ」

「え」

《うわ》


 まさかの、市街地の土地無料譲渡。

 破格の扱いに、ラズライトは思わず呻いた。


 考えるまでも無く、現金に換算するならとんでもない額の報酬である。

 自分たちの拠点となる建物を持つのはベテランの証とも言われているし、ギルドの裏手なら冒険者にとって一等地だ。

 喜んで当然だろう──普通の冒険者なら。


(あー…何かイリスの反応が予想できるかも)


 ラズライトがそっとイリスの顔を窺うと、彼女はあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。


「ヤダ、要らない」

(やっぱり)


 ほぼ即答でお断り。

 ラズライトにとっては当然とも言える反応だったが、ロベルトとジュリアには予想外だったらしい。大きく目を見開いた。


「はあ!?」

「ど、どうしてですか!?」


「どうしても何も──」


 イリスは困惑した顔で視線を彷徨わせ、


「そもそも私、ここに定住する気は無いので」


 ロベルトたちにとっての爆弾を落とした。


「え…」


 絶句するロベルトたちに、イリスは丁寧に説明する。


「元々私、冬はここに来て、夏はもっと北の街で過ごしてるんです。冒険者にはなったけど、その生活を変えるつもりは無いです」


 旅をしているとは聞いていたが、厳密には、この国の中を季節ごとに周遊しているらしい。


 冬は温暖な南方、夏は冷涼な北方。

 その時々で最も過ごしやすい土地に行っているということだろう。


「いや、しかし、それはあまりにリスクが大きすぎるんじゃないか?」


 ロベルトが戸惑いを露わに呻く。


 確かに、旅には危険がつきものだ。

 荒天になっても避難できる場所が無い場合もあるし、魔物や野盗に遭遇する確率も高い。

 食材や飲み水の確保だって、難しい場所もある。


 だが、


《冒険者の仕事って、自分から危険に突っ込んで行くようなもんでしょ? 旅してても定住してても、最終的なリスクは大して変わらないと思うけど》

「ぐっ…」


 ラズライトが指摘すると、ロベルトは言葉に詰まった。


 恐らくロベルトたちは、イリスにこの街に定住して活動して欲しいのだろう。

 優秀な人材を確保しておきたいと考えるのは当然だ。市長からの土地の無償譲渡は渡りに船だったに違いない。


 しかしイリスには、定住するつもりは欠片も無い。


《イリスの場合、下手に引き留めると街から逃げ出して二度と寄り付かなくなる可能性もあるよ。野放しにしておくのが一番無難だと思うけど》


「野放し」


 イリスが微妙な顔で呟いた。


《違うの?》

「いや、全く間違ってないけど」


 首を横に振る。


 その様子を見て、ロベルトが苦笑して溜息をついた。


「…分かった。しかし、そしたらこの市長からの礼、どうするかな…」




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