72.識者の眼
威圧感を発しながらロベルトに詰め寄るヴィクトリア。
《えっと…》
ラズライトが呻くと、おネェさんはとてもイイ笑顔でこちらに振り返り、もう帰って良いわよ、と宣った。
「帰還報告はしたんでしょ? 諸々の処理はこっちでしておくから、明日、また受付にいらっしゃい。報酬もその時に渡すわ」
「分かりました」
イリスが素早く頷き、ラズライトを抱き上げる。
「じゃ、失礼します」
「え、ちょっ──」
助けを求めるようにこちらに手を伸ばすロベルトの姿が、ヴィクトリアの背に遮られて見えなくなる。
事実上、逃げ出すような形で、イリスとラズライトはギルド長室を出た。
「…ふう」
扉を閉めたイリスが肩の力を抜く。
「じゃ、宿に行こうか」
《え、でも…良いのかな》
結局、ロベルトの問いには答えず仕舞い。
正体を明かさなくて済んだのは大変ありがたいが、どうにも居心地が悪い。
ラズライトが呻くと、イリスはいっそ爽やかにも見える笑みを浮かべた。
「大丈夫大丈夫。ヴィクトリアさんが上手くやってくれるって」
その全幅の信頼は何なのか。
ラズライトが胡乱な目で見上げると、イリスは明後日の方向を見遣り、
「だってヴィクトリアさん、私とラズライトのこと、とっくの昔に気付いてたし」
私がエルフだって事も、ラズライトがドラゴンだって事も。
《…はあ!?》
囁くように放たれた爆弾発言に、ラズライトは思わず叫んだ。
(僕の正体を見抜くだけならともかく、イリスがエルフだって事も気付いてたの!?)
外見上、イリスにはエルフの特徴が欠片も無い。
植物の色彩を持つはずの髪と目は鉱物や金属を思わせる色合いだし、尖っているはずの耳の先はヒューマンと同じ丸い形をしている。
その上、魔法が使えないためか、魔力の気配も希薄なのだ。
気配に敏い者が見ても、イリスがエルフだと気付く事は出来ない──普通なら。
(どうして…)
動揺が顔に出ていたのか、こちらを見たイリスが、軽く肩を竦めた。
「ヴィクトリアさん、『識者の眼』っていう特殊能力持ちなんだって」
《うえっ!?》
──『識者の眼』。
ヒューマンの特定の血統に、ごく稀に現れるとされる特異能力である。
能力を発動した状態で対象を目視すると、その対象の固有名称、あるいは種族、サイズなどが分かるという。
『気配に敏い』とかそういうレベルではなく、その対象の本質を、文字通り『見抜く』能力。
当然、滅多にあるものではない。
と言うか──
(…え、じゃあヴィクトリアって、王族──)
ラズライトの記憶が正しければ、『識者の眼』を持つ血統とは即ち、この国の王族だ。
元々は何代も前の王が持っていた能力で、ごく稀に先祖返りのような形で発現するらしい。
大昔の王の血縁だから、厳密には降嫁した娘の子孫とか、現在の王家には属さない者にも発現する可能性はあるが──それでも多分、該当するのは上流階級の人間だろう。
《何でそんな特殊な人が、ギルドに》
思わず呟くと、イリスは軽く首を傾げた。
「何か、『特殊だからこそね』って言ってたけど…ヴィクトリアさんにも、事情があるんじゃない? 私とか、ラズライトみたいにさ」
モフン、とこちらの後頭部に顎を埋めつつ、
「まあそんなわけで。とっても心強い人が味方になってくれたので、ロベルトさんの事は放っておいて大丈夫なんじゃないかなー。ふふふ」
笑い声に、若干黒いものが混じる。
《えっと…ちなみにイリス、ヴィクトリアがロベルトのこと請け負ってくれなかったら、どうするつもりだったの?》
恐る恐る訊いてみると、答えは実に単純明快だった。
「その場で冒険者辞めてラズライトと一緒に街を出る」
《え》
ロベルトに抗議する、でもなく、静観する、でもない。
冒険者ギルドをイリスの方から切り捨てるという内容に、ラズライトは思わず呻く。
《冒険者辞める、って…》
「だって、冒険者になったのってラズライトが勧めてくれたからだよ? そのラズライトにあらぬ疑い掛けて絡んで来る組織に未練なんてあるわけないじゃない」
むしろ全力で敵認定するわ。
すっぱりきっぱり。
清々しいくらい迷いの無い口調で言い切るイリスを見上げ、ラズライトはぽかんと口を開ける。
普通、社会的な恩恵を与えられていたら、そこに居続けようとするのが人間だと思っていたが──イリスの優先順位は違うらしい。
(冒険者を続けるより、僕と一緒に居る方が大事ってこと?)
じわり、胸中に暖かいものが湧く。
衝撃的な出会いの後、一緒に行こうと手を差し出してくれたのは、イリスだ。
彼女は徹頭徹尾、その約束を貫き通すつもりらしい。
イリスはにやりと笑った。
「別に冒険者辞めても、旅を続ける分には困らないからね。ラズライトのお陰で、この街にも知り合いが増えたし」
まあヴィクトリアさん、ロベルトさんのことぎっちぎちに締め上げるって言ってたから、明日になったらあっちの方もラズライトの件どころじゃなくなってるんじゃないかな。
《し、締め上げる?》
暖かい空気が吹っ飛んだ。
…そういえば、去り際のヴィクトリアはロベルトに大変お怒りだったようだが。
「討伐班って、ロベルトさんがメンバー集めたらしいんだけど。ヴィクトリアさんが先行して出発する時にロベルトさんが言ってた面子と、実際の面子、全然違ってたんだって」
《え》
つまり、ヴィクトリアが想定していたメンバーとは全く別の人員が、討伐班として編成された事になる。
そういえばヴィクトリアは救出が終わった後、『長距離型の戦力が足りてない』と言ってナディとラズライトをイリスの元に向かわせた。
しかし実際の討伐班の戦力は、近距離型の剣士2名、遠距離型の魔法使い2名、そしてゴーレム使いでほぼ遠距離型のロベルト。
単純に人数比で言うなら、遠距離に偏った編成だ。
どちらかと言うと、足りないのはケツァルコアトルスの注意を引いて魔法使いたちの盾役になる剣士や戦士、あるいは弓使いの方だろう。
「しかも討伐班の人たち、ケツァルコアトルスどころか、南の半島の他の飛行型魔物すら倒したこと無かったらしくて。ヴィクトリアさん、『経験皆無の人員しか連れて行かないとかバカじゃないの!?』って…」
治癒室に担ぎ込まれていた討伐班の怪我人たちから状況を聞き、ぶち切れていたらしい。
編成内容が違うどころか、個々の能力すら不足していたとなると、ヴィクトリアが怒るのも頷ける。
しかし──
《…そんな状態で、よく討伐できたよね、僕ら…》
ケツァルコアトルスを討伐できたのは、本当に幸運だった。
「正直、ナディとラズライトとロクイチが来てくれなきゃヤバかったと思う」
その点については完全に同意らしく、イリスが真顔で頷く。
そしてすぐ、ぱっと笑った。
「──というわけで、宿に戻って美味しいもの食べよう! ヴィクトリアさんが『カラスの羽休め亭』に知らせてくれたからさ。ターニャさん、きっと夕食用意してくれてるよ!」
相変わらず切り替えが早い。
夕飯、という言葉を口にした途端、イリスのお腹が盛大に鳴った。
思わず顔を見合わせ、
「…意識したらお腹空いてきた」
《…僕も》
とりあえず、ロベルトたちの事は意識の隅に追いやっておく。
そうして1人と1匹は、冒険者ギルドを出た。




