71.疑惑
こちらを真剣な目で見詰めて来るロベルト。
場の空気が、ピリッと張り詰める。
半身だけ振り返り、動きを止めたラズライトは、数秒後にゆっくりと息を吐いてロベルトに向き直った。
《…何者って言われても…見ての通りだよ?》
心臓が早鐘を打つ。
肉球の裏に、じっとりと汗が浮かぶ。
そんな自分の状況を相手に悟られないよう、ラズライトは平然と小首を傾げた。
──いずれ、誰かに疑念を抱かれるだろうとは思っていたが。
(まさか、こんなに早く悟られるなんて)
「──見た目は、確かにケットシーだな。魔力の気配も、それほどおかしい所は無い」
ロベルトはこちらを見据えたまま、慎重に言葉を紡ぐ。
「…けどな、魔法反射なんて高度な魔法、ケットシーに扱えるはずがないんだよ」
《それは…》
指摘されたのは、イリスがウラノスの魔法杖の宝玉を壊す直前、こっそりと彼女に掛けた魔法。
(…気付いてたのか)
確かに魔法反射は、緻密な魔力操作とそれなりの魔力量を必要とする。
ケットシーは魔力操作に関しては非常に器用な種族だが、普通だったら魔力が足りない。
どう答えれば良いのか──ラズライトは言葉に詰まった。
ここで馬鹿正直に『実はドラゴンです』などと答えようものなら、国家レベルの大問題に発展する。
この国の王家との約定により、北の山に棲むドラゴンは、一部の例外を除き棲み処を出てはならない事になっているのだ。
一般にはあまり知られていないが──少なくとも冒険者ギルド長であるロベルトは知っているだろう。
「行方不明者の救出に大きく貢献してくれたお前を、疑うなんて事はしたくないんだが──」
苦渋の表情で、しかし視線は鋭く、ロベルトはラズライトに問い掛ける。
「なあラズライト、お前、一体何者だ?」
ケットシーじゃ、ないんだろ?
言葉は疑問形だったが、口調は核心を突くそれ。
ロベルトが、ラズライトの正体に気付いているかどうかは分からない。
しかし、少なくともケットシーではない事は確信しているのだろう。
正体を隠す者は、後ろ黒い事や厄介な事情を抱えている者が多い。
冒険者ギルド長として、トラブルを招きかねない存在を看過できないのは当然だ。
《僕は…》
どう答えたら良いのか分からないまま、ラズライトが念話を発しようとしたその時──
「──ふっかーつ!!」
バーン! とノックも無しに盛大に扉を開き、イリスが部屋に飛び込んで来た。
「ラズライトー!」
《え、ちょっ、イリス!?》
「ふおお、モフもふモフもふ…」
《入室1秒で腹に顔を埋めるなー!!》
床に跪いて速攻でこちらを仰向けにし、腹に顔を埋めるケットシー狂いの変態。
叫びと共にイリスの額に右前脚を押し付ければ、彼女はにへらー…と笑み崩れた。
「おお、肉球…ぷにぷに…うへへへへへ…」
ぞわ、と背中の毛が逆立ち、思わず右前脚に力を入れる。
《気持ち悪い!》
「あっ、爪はやめて爪は!」
額にラズライトの爪が食い込んだところで、ようやくイリスは我に返った。
渋々とラズライトの腹から顔を上げた直後、首根っこを掴まれて無理矢理立たされる。
「床に這いつくばって何してるのよ」
「う」
イリスは恐る恐るといった様子で背後を確認し、ラズライトはそこに立つ人影に安堵の溜息をついた。
《ヴィクトリア、助かったよ》
「どういたしまして」
返事は、ばちりとウインク一つ。
「あー…、イリス」
つい先程までのシリアスな空気を根こそぎぶち壊され、部屋の主であるはずのロベルトが大変居心地悪そうに口を開く。
「治療は終わったのか?」
「あ、はい」
イリスはピシッと姿勢を正した。
「ちゃんと治してもらいました」
「両腕とも凍傷。範囲は広かったけど、幸い損傷自体は重度じゃなかったから、在庫の治療薬と回復魔法だけで何とかなったわ」
「で、完全に治って感覚が戻って来たので、これはぜひラズライトをモフらねばと」
《モフるな》
「ええー…」
わきわきわきと両手を怪しく動かすイリスから、数歩距離を取る。
怪我が無事治ってとても安心したが、それはそれ、これはこれ。
意味も無くモフられる趣味は無い。
「で、ロベルト。ラズライト捕まえて何をしてたの?」
ヴィクトリアの言葉に、ロベルトが再び表情を引き締めた。
「ああ──こいつの正体について、ちょっとな」
「正体?」
ヴィクトリアが片眉を上げる。
しまった、と、ラズライトは内心で呻いた。追及の手が増えてしまったのではあるまいか。
「ラズライトは、ケットシーには使えるはずの無い魔法反射を使った。だから少なくとも、ケットシーではない何かだと思ったんだが──」
ちらりとこちらを見遣る。
そういうこと、と、ヴィクトリアが頷き──軽く首を傾げた。
「で、それが何か問題なの?」
《…え?》
「………は?」
思わぬ発言に、時が止まる。
ぽかんと口を開けたロベルトは、数秒後に目を見開いた。
「いやいやいや、問題大アリだろ!?」
叫んだ後、何かに気付いたようにはっと表情を変える。
「──ってお前その反応、まさか」
「ええ、気付いてたわよ」
ヴィクトリアは平然と言い放った。
「最初に見た時から、この子がケットシーじゃない事は分かってたわ。でも、特に問題を起こしそうには見えなかったし、黙ってたの」
(え…)
驚いて、ヴィクトリアを振り仰ぐ。
初めて会った時、ヴィクトリアはこちらを警戒する素振りを見せなかった。
あの時ラズライトを見たヴィクトリアの第一声は、『あら、かわいいケットシーね』だ。
初見でラズライトがケットシーではない事を見抜き、その上で警戒すべき対象か否かまで判定していたとは思わなかった。
ヴィクトリアはサバサバと手を振り、堂々と胸を張ってロベルトに向き直る。
「実際、ラズライトは何のトラブルも起こしていないでしょう? むしろ、こっちが大いに助けられてるわ。貴方、この子が居なければ正直生きて帰って来れたか分からないんだけど、そこは理解してるわよね?」
冷静に指摘されて、ロベルトがあからさまに言葉に詰まった。
「そ、それは…」
ケツァルコアトルス討伐の一件では、確かにラズライトの魔法が主力の一端を担った。
しかしケツァルコアトルスと戦う事になったのは、そもそもイリスがジェフを救出する際、奴と遭遇してしまったからだ。
言ってみればロベルトたちはイリスとラズライトの行動の後始末に参加しただけで、その作戦でラズライトが活躍したからと言って、恩義を感じる必要は無い。
「そもそもね、ロベルト」
ラズライトの内心をよそに、ヴィクトリアは半眼になった。
「討伐班の人選ミスと、冒険者ギルド長が直接出張る事に関するリスク管理不足。ラズライトの正体とやらでうやむやにするほど、私は甘くないわよ」
「うぐっ…」
言われた途端、ロベルトが顔を引きつらせた。




