67.強制停止は力技で
《ちょっ…何で!?》
慌てて杖の気配を探ると、異質な手応えが返って来た。
洞窟で見付けた時には地面の魔素を吸い取っていたのに、今はこちらの魔力を受け付けず、内部に溜め込んでいた魔力を猛烈な勢いで放出しようとしている。
認識した瞬間、ぞわりと全身の毛が逆立った。
《嘘でしょ…?》
「え、これやっぱり、かなりやばい状況?」
《やばいどころの話じゃないよ!》
このままでは、氷の魔力に当てられてイリスが凍り付くどころか、辺り一帯が氷に閉ざされてしまう。
一体どこに溜め込んでいたのか、杖から感じる魔力はそれほどの濃度だった。
ラズライトが説明すれば、ナディが真っ青になる。
「そんな…」
「おい、どうした!?」
こちらの様子に気付いたロベルトが、早足で駆け寄って来た。
イリスの持つ杖を見遣り、ギョッと目を見開く。
「おい、それ何だ? 何でその布に包まれてるのに魔力が漏れてんだ!?」
本来は魔力を通さない布だと、一目で気付いたらしい。
《台地の上の洞窟で見付けた杖だよ。地面の魔素を吸い取って、氷の魔力を放出してたんだけど…》
瞬間、ロベルトが顔色を変えた。
「まさか、ウラノスの魔法杖か…!?」
ロベルトが即座に布を縛る紐を切り、杖の頭を露出させる。
そして見えたものに、ラズライトは息を呑んだ。
──青白い宝玉に、大きなひびが入っている。
「ケツァルコアトルスを殴った衝撃で、完全に壊れたっぽいね…」
イリスが明後日の方を向いて呟く。額に脂汗が浮いているのは気のせいではないだろう。
氷の魔力は、宝玉のひびから猛烈な勢いで放出されていた。
「まずい…」
一部ではあるが布を取り払った事で、魔力の影響も増している。
布越しに杖を握ったままのイリスの両手が、指先から薄い氷の層で覆われ始める。
「どうすれば…」
ナディが青い顔で呟く。
魔物の襲撃ならともかく、こんな事態は想定していなかった。
焦燥に駆られ、ラズライトは咄嗟に魔法を構築した。
《耐氷障壁!》
イリスの身体を薄い魔力の膜で包み込む。
焼け石に水だが、少しだけ氷の広がる速度が遅くなった。
それを確認して、ラズライトはロベルトへ強い視線を向ける。
《ロベルト、この杖を止めるにはどうすれば良いのか教えて!》
ゴーレムを作れるほどの技術を持つ彼ならば、この杖の暴走を止める方法も分かるはずだ。
確信を持って見上げると、ロベルトは苦悩するように視線を彷徨わせ──ぶるぶると頭を振って、イリスを見遣った。
「イリス、宝玉を完全に砕け!」
「え、でもこれ大事な証拠なんじゃ」
「構わん、俺が責任を持つ! 全員共倒れになるよりマシだ!」
「わ、分かった!」
強い口調に、ロベルトの本気を感じ取ったのだろう。
イリスは少し慌てた様子で、人の居ない方へ向き直った。
イリスの両腕は、既に肘あたりまで氷に覆われている。
「その岩に叩き付けろ! 宝玉自体はそれほど硬くないはずだ!」
ロベルトの指示に従って、イリスが杖を大きく振りかぶる。
ラズライトはこっそりと魔法を放った。
──魔法反射。
大抵の魔法を跳ね返す、非常に特殊な魔力障壁。
「──!」
気合い一閃、イリスが杖を岩に叩き付ける。
大きな打撃音がした直後、猛烈な勢いで魔力が噴き上がった。
「うわっ…!」
完全に砕けた宝玉から放射状に広がる魔力は、一部がイリスの目の前で反射し、明後日の方向へ逸らされる。
余波で空気中の水分が冷やされ、辺りにぶわっと霧が広がった。
日の光を反射してきらきらと輝くのは、冷却され過ぎてできた氷の粒だろう。
余波だけでこの威力。
放出された魔力をそのまま浴びていたら、無事では済まない。
──やがて魔力の噴出が収まり霧が消えると、イリスの足元から向こう側、霜に覆われ氷柱の林立する空間が、扇状に広がっていた。
『……』
その場の全員が言葉を失ってその光景を見詰める中、イリスが深々と息を吐く。
「…び、びっくりした…」
びっくりの一言で済ませるあたり、イリスも大概だが。
《イリス、腕は?》
ラズライトが駆け寄ると、イリスはくるりとこちらに向き直った。
宝玉が砕けた杖は、いまだ両手に掴んだままだ。
「これ以上氷が広がる事は無いみたいだけど…」
《…凍ったままか…》
肘の手前まで凍った両腕。
氷の厚さは厚いところで1センチくらいだろうか。
魔法で小さな火球を浮かべ、氷に押し付けると、ぽたぽたと水が滴った。一応、普通に融かすことは出来そうだ。
《誰か、大きめの鍋みたいなの持ってない? お湯に浸けて氷を融かしたいんだけど》
処置するならなるべく早い方が良い。
ラズライトが周囲を見渡すと、ロベルトが手を挙げてくれた。
「俺の魔法で容器を作る。使ってくれ」
少しの間を置いて、目の前の地面に魔法陣が展開する。
土が盛り上がり、細長い浴槽のような形になった。
「おお」
イリスが感嘆の声を上げる。
粘土で形成しただけに見えたが、あっという間に乾いて表面が滑らかになり、つるりとした光沢を放ち始めた。
ひび割れも一切無い、見事な魔法制御だ。
ナディに火属性と水属性の魔石を入れてもらい、ラズライトが少しだけ魔力で刺激すると、数秒もしないうちに土で出来た浴槽にお湯が溜まった。
温度差で皮膚がダメージを受けないよう、人肌より少し冷たいくらいのぬるま湯だ。
《イリス、ここに杖ごと腕を突っ込んで》
「分かった」
お湯に二の腕まで突っ込んだ途端、イリスの顔がふにゃりと緩む。
「…あったかい…」
(いや、本来は冷たく感じるはずなんだけど)
肘先が凍り付いたせいで腕全体の温度も下がっているから、温かく感じるのだろう。
そのままざぶざぶと腕を動かしているのを見ながら、ラズライトは慎重に水中の火の魔石の出力を調整する。
その間に、ロベルトはケツァルコアトルスの死体をバッグに回収し、討伐班の魔法使いたちを呼び寄せ、付近に倒れていたもう2人──多分、剣士とか盾持ちとかだろう──をゴーレムに担がせていた。
「俺たちは先にカイトたちと合流する。お前たちはイリスの氷が融けてから、ゆっくり来てくれ」
《分かった》
「ナディはイリスたちに付いててやってくれ。ロードチェイサーが居るから大丈夫だとは思うが…」
「分かりました」
「じゃあまた、ギルドでな」
帰路につくロベルトたちを見送った後、少しずつ水温を上げながら待っていると、10分ほどでイリスの腕の氷が融け切った。
「融けた!」
「良かった…」
《まだもう少し浸けてて。様子を見たいから》
「はーい」




