66.跳ぶ人間は飛ぶ鳥を落とすか
スピネルとロクイチの連携は見事なものだった。
ジグザグに走り、ほとんど接触しそうなタイミングで直角に交差しながらすり抜ける。
その瞬間、時々上に乗ったイリスが飛び移るというおまけ付きである。
何がどうなっているのかさっぱり分からないが、スピネルに乗っていたはずのイリスが、2頭が交差した瞬間にロクイチの上に乗り移り、次に交差したらスピネルの上に戻っている。
たまに交差しても乗り移っていない事があるので、上から見ているケツァルコアトルスの混乱は必至。
きょろきょろとせわしなく視線を動かし、苛立ちの声を上げた途端、今度はイリスの気配がフッと希薄になった。
「えっ…!?」
以前言っていた、外套の隠蔽機能を使ったのだろう。
見えてはいるのだが、うっかりすると景色と一体化して、『そこに居る』と認識できなくなる。
(すごい機能…)
普通の魔法道具ではまず有り得ない性能だ。国の諜報機関すら、所持しているかどうか。
イリスを認識できなくなったナディが、ラズライトの横で呆然としている。
《ナディ、魔法の準備を。多分すぐ仕掛けるよ》
「え、ええ…!」
ナディが杖を構る横で、ラズライトも魔力を練り上げる。
平原を駆け回る2頭のオルニトミムスが再度交錯した後、イリスがどちらに乗っているのか、一瞬分からなくなった。
そして──
「クルァ!」
「ピルルルッ!」
鳴き交わした直後、スピネルとロクイチが跳躍する。
スピネルは向かって右、ロクイチは左。
ケツァルコアトルスは迫り来る2頭を一瞬で見比べ、体格の大きいスピネルに向けて大きく口を開けた。
甲高い咆哮に、スピネルは同じく咆哮で応える。
「クルァァァァ──!」
直後、
「ピィィィ!」
真っ直ぐ突っ込んだロクイチが、頭突きでケツァルコアトルスの結界を打ち砕いた。
ほぼ同時に見えた跳躍は、ロクイチの方がほんの少し早かったのだ。
結界を破壊された翼竜が大きくバランスを崩す。
「ルッ!」
スピネルの跳躍は、わずかにケツァルコアトルスには届かない。
短い鳴き声の直後、その背中からイリスが跳躍した。
ケツァルコアトルスの頭上に跳びながら思い切り杖を振りかぶり、
「──落ちろ!」
声が響くと同時、ケツァルコアトルスの脳天に、布に包まれたままの杖が叩き込まれた。
──ゴッ!
重い音が響き、ケツァルコアトルスの頭がガクンと揺れる。
それでも、墜落するには至らない。
だが──それで十分だ。
「今!」
殴打の反動で明後日の方向へ飛びながら、イリスが叫んだ。
直後、ナディとラズライトの魔法が発動する。
《《焔槍!》》
同時に展開した2つの赤い魔法陣から炎の槍が飛び出し、引き合い、触れ合った瞬間倍以上の大きさに膨れ上がりながら、ケツァルコアトルスに襲い掛かる。
さらに、
「放て!」
ロベルトの合図と共に、討伐班の魔法使いたちとゴーレムが一斉に攻撃を放った。
炎の槍、風の刃と炎の矢、さらに火球が巨大な翼竜を襲う。
轟──!
全ての攻撃が直撃し、爆炎がケツァルコアトルスを呑み込んだ。
「わわっ!」
爆風に煽られ、イリスの吹き飛ぶ方向が変わる。
一瞬ヒヤッとしたが、彼女はきっちり空中で体勢を立て直し、受け身を取りながら少し離れた位置に着地した。
イリスらしいと言うか何というか。
「やったか!?」
ロベルトの声。
炎は数秒で収まり、巨大な影が黒い煙を上げながら落ちて来た。
重々しい音を最後に、平原に静寂が戻る。
「…倒した?」
《…みたいだね》
ナディのささやきにラズライトが答えた途端、場の空気が緩む。
「クルァ!」
「ピルルル!」
最初に声を上げたのは、2頭のオルニトミムス。
それを皮切りに、次々と安堵の声と歓声が上がった。
「ラズライト、おつかれさま」
《イリス》
両手で杖を持ったまま、イリスが駆け寄って来た。
しみじみとした顔でケツァルコアトルスを見遣り、
「さすがラズライト。惚れ惚れするね」
《あれはナディの魔法と重ねたからあの威力ってだけで、僕だけじゃ足りなかったよ》
「十分すごいわよ。魔法を重ねるって、普通はできないもの」
ナディが呆れたように笑った。
「あなたはもっと自分を誇って良いと思うわ」
《え…》
飛べないドラゴン。
そう自分を卑下しているのを見透かされたような気がして、ラズライトは一瞬言葉を失う。
ナディの言葉に、イリスが全力で首を縦に振った。
「そうそう。何てったってラズライトだし」
最高に可愛いし。
《…かわいいかどうかは関係無いと思うよ》
ラズライトは思い切り脱力する。
この相棒、本当に空気を読まない。
《──とにかく、これで作戦は終了だよね。イリス、ナディに杖を返して──ああいや、ロベルトに直接渡した方が良いのかな?》
「そうね、ギルド長ならこういう道具の扱いも慣れてるでしょうし…渡した方が安心かも知れないわ」
どのみち、杖は一連の事件の参考資料として冒険者ギルドに提出する事になるだろう。
変質個体のケツァルコアトルスは倒してしまったし、証拠らしい証拠はこの杖くらいしかない。
それに、いくら魔力を通さない布に包まれているとはいえ、明らかに暴走していた代物を、専門知識の無い者が持ち歩くのは危険だ。
「それなんだけどさ」
杖を渡せと言われたイリスが、少し困ったように眉根を寄せた。
「さっきから、手がくっついて離れないんだけどどうしたらいいと思う?」
《……………は?》
くっついて離れない。
言葉の意味が理解できず、ラズライトは一瞬フリーズする。
最初に気付いたのはナディだった。
「…ちょっと待って。手が凍ってるわよ!?」
《はあ!?》
慌てて見遣ると、厳密にはイリスの両手──皮手袋の表面に、びっしりと霜が付いている。
原因はすぐに分かった。
魔力を通さない布のはずなのに、内側から杖の魔力が漏れているのだ。
ナディとラズライトの驚愕をよそに、イリスは若干乾いた笑みを浮かべた。
「あ、やっぱり?」




