62.広間の奥
魔法の明かりを灯して広間に入ると、ラズライトは小走りで行方不明者たちが閉じ込められている氷塊に駆け寄った。
「これが…!」
「すぐに準備を始めましょ。魔石の数は、1人当たり火属性と風属性が5つずつで良いのよね?」
《うん。それで丁度か、少し足りないくらいだと思う。足りなかったら火属性の魔法で融かして欲しい》
「任せてちょうだい」
ヴィクトリアが荷物から魔石を取り出し、ナディが力強く頷いた。
カイトたちが手分けして魔石を並べているのを見回り、位置を微調整する。
肉球から上がって来る冷気は、冷たいのを通り越して痛みを感じるほどだ。一応耐寒魔法を掛けているし、カイトたちも相応の装備を身に付けてはいるが、長居はできない。
それに──早くイリスの元に向かわなければ。
「こんなもんで良いか?」
《──うん、大丈夫だね。それじゃあ、ちょっと離れてて》
気ばかり急くのを押し殺し、ラズライトは慎重に魔力を放った。
まずは風属性の魔石に、次いで、火属性の魔石に魔力を注ぐと、行方不明者たちを閉じ込めている氷塊が炎の渦に包まれる。
「うおっ!?」
急激に火力が上がり、カイトが驚いて後退りした。
数十秒で炎は和らぎ、陽炎のような揺らぎを残して消える。
氷から解放されて倒れ込む行方不明者たちを、カイトとギアが受け止めた。
すぐさまヴィクトリアが駆け寄り、脈を確認する。
「──全員、生きてるわ」
短い言葉に、カイトたちが安堵のため息をついた。
「服もそんなに濡れてないし、このまま連れて行けそうね。カイト、ギア、背負い道具を。しばらく意識は戻らないだろうから、ちゃんと背負わないと危ないわよ」
「ああ」
「承知した」
荷物を漁り始めるカイトたちを尻目に、ラズライトは改めて広間を見渡す。
大小様々な氷塊に、霜で覆われた床と天井。
壁も一部は氷漬けになり、灯り魔法の光を反射して青白く輝いている。
(やっぱり…広すぎる、よね)
──冒険者ギルドで話している時に、気になった事があった。
この空間全体を凍り付かせ、今なお氷点下に保っているもの。
それは本当に、あのケツァルコアトルスなのだろうか。
最初、ラズライトはこの空間の氷を生み出し、維持しているのはケツァルコアトルスだと思っていた。氷の魔法を使うのなら、それくらいは朝飯前だろうと。
だが、ここは南の半島だ。
外気温も地温も高いから、放っておけば氷は融けて無くなる。
氷を維持しようとしたら、毎日大量の魔力を消費して、高威力の氷魔法を乱発しなければならない。
──冷静に考えると、そんなことをわざわざあのケツァルコアトルスがやるとは思えないのだ。
(そもそもどうして、あのケツァルコアトルスは氷属性の変質個体になったんだろう?)
冒険者ギルド長のロベルトによれば、特定の属性の魔素や魔力を大量に浴びてその属性に適応したのが、変質個体だという。
ならばあのケツァルコアトルスは、どこかで氷属性の魔力を大量に浴びたはずだ。
──どこで?
(…?)
その時微かな風が、ラズライトのヒゲを震わせた。
外と繋がっているから、洞窟の中でも風は吹く。
ただ、今の風は──広間の空気よりずっと冷たい。
(どこから…?)
極北の風のような、圧倒的な冷気。
ヒゲを頼りに広間の奥へ歩を進めると、氷の柱の陰に、棒のようなものが見えた。
《…杖?》
近くに寄ると、空気がさらに冷たくなる。
地面に突き立っていたのは、長さ1メートルほどの杖だった。
ナディが持っている魔法杖より少し小さいだろうか。
本体は青み掛かった白銀の金属、先端は同じ金属の装飾と、ケットシーの頭部より大きな青白い宝玉。
全体に細かな彫刻が施され、一見して高級品だと分かる。
だが、問題はそこではない。
杖は、恐ろしく高密度で純度の高い、氷属性の魔力を放出している。
魔法としての形を取っていないのに、その魔力は周囲を凍り付かせ、この広間全体の気温を極寒に変えるほどだ。
使い手も居ないのに、どうしてこの杖はここまで強い氷の魔力を放出しているのか。
それに──この魔素と魔力の流れは。
「ラズライト、そろそろ脱出を…──え?」
ナディが駆け寄って来て、ラズライトの横で呆然と立ち止まった。
彼女も熟練の魔法使いだ。この杖の異常性を、一目で認識したらしい。
「これって…」
警戒した面持ちで銀色の杖に手を伸ばすのを、ラズライトは慌てて制止した。
《待って! 直接触らない方が良い!》
「!」
ナディが杖に触れる直前で止まる。
「──なんだ、どうした?」
救出した行方不明者たちをそれぞれ背負い、カイトたちもこちらへやって来た。
地面に突き立つ杖を不思議そうに見遣り、首を傾げる。
「何でこんな所に杖があるんだ?」
《分からない。でも多分、ここがこんなに寒いのは、この杖のせいだと思う》
「何?」
カイトたちの視線が険しくなった。
《見た限りではこの杖、地面から魔素を吸い上げて、氷属性の魔力に変換して宝玉から放出してるんだ》
地面の下、大気中、水の中、この世界のどこにでも存在し、循環している魔素。
その濃度には濃淡があり、魔素濃度の濃い場所では、特異な生態系が作られる事が多い。
ここ南の半島はその最たる例だ。
濃密な魔素は所々で魔力となり、魔石を生成し、生き物たちにも大きな影響を与える。
目の前に突き立つ杖は、その高濃度の魔素を地面から吸い上げ、内部で変換・精製し、冷気を伴う氷属性の魔力として放出していた。
長い間ここに突き刺さっているらしく、地面の下の魔素の流れは細く長く安定している。
恐らく最初はもっと激しい反応が起きていただろう。
広間に魔石が一つも無いのは、この杖が手当たり次第に周囲の魔素を吸い上げ、変換して放出してしまったからだ。
ラズライトが説明すると、カイトたちは色を失った。
「おいおい、かなりやばい代物じゃないか」
「そんなものがあるとは…」
《多分、触った人間の魔力も吸い取るよ、これ。今もすごい勢いで地面から魔素を吸い上げてるし》
「止めてくれて正解ね…」
ナディが手を引っ込め、二の腕を擦る。
その横で、ふむ、とヴィクトリアが顎に手を当てた。
「魔素や魔力を吸い取って、特定の属性に変換して放出する杖…──ひょっとして、『ウラノスの魔法杖』かしら?」
《ウラノスの魔法杖?》
謎の杖の正体に心当たりがあるらしい。
ヴィクトリアは頷き、言葉を続けた。
「十年くらい前に、王都の研究所で開発されたっていう杖よ。作った錬金術師の名前を取って、『ウラノスの魔法杖』って呼ばれてるの」
その杖は、持ち主の操作に応じて魔力を吸収し、特定の属性の魔法として放出する。
「…それって、魔法使いが使う普通の杖と何が違うんだ?」
カイトが首を傾げる。
確かに、この説明だけではさほど珍しいものとは思えない。
しかし、
《…ひょっとして、その杖を持てば、魔法が使えない人間でも魔法が使えるようになる、ってこと?》
ラズライトが呟くと、カイトたちがはっと息を呑む。
ヴィクトリアが真面目な顔で頷いた。
「──ええ、その通りよ」




