59.イリスの場合
トントン、と、イリスが軽くジャンプする。
周囲を見回し、軽く身体をひねって、納得したように一つ頷いた。
「良いよ、ラズライト」
《じゃあ、行くよ》
とても楽しそうに目を輝かせるイリスに向けて、魔力を展開する。
《身体強化!》
イリスの足元に白い魔法陣が浮かび上がり、すぐに消える。これで、イリスに身体強化魔法が掛かったはずだ。
イリスは軽く膝を曲げ、先程と同じくらいの体勢でジャンプした。
「おおっ!?」
力加減は変えていないつもりだったのだろうが、その高さは先程の5倍以上。
軽々と自分の身長以上の高さまで跳び上がったイリスが驚きの声を上げる。
目を丸くしたまま体勢を崩し掛け、慌てて腕を振りながら着地した。
「び、びっくりした…」
《どうなるか、分かった?》
「ものすごくよく分かった」
大真面目な顔で頷く。
改めて身構えたイリスは、ふとこちらを見てもう2、3歩距離を取った。
…何かやらかそうとしている気がする。
「じゃあ改めて」
ぐ、と膝を曲げ、次の瞬間──
──ドン!
爆発のような音と共に、イリスが消えた。
「ひゃっはー!」
謎の奇声が響く。
「うっわ…」
離れた所から見物していたカイトたちが、遥か上空を見ている。
ちょっと後退りしつつ頭上を確認すると、蒼空にポツンと黒い点が見えた。
その後、
「え、これ着地どうすんの!?」
《バカなの!?》
我に返ったらしいイリスの声に、ラズライトは心の底から叫んだ。
「身体強化掛かってるなら、早々怪我もしないわよー」
ヴィクトリアが少しだけ声を張り、イリスにアドバイスする。
──いや、何の助言にもなっていないが。
《えっと…気合いで何とかして!》
自分で言っていて脱力するしかない言葉が出た。が、イリスには十分だったらしい。
「何とかするー!」
重力に従って、イリスが地上に戻って来る。
重力加速度に素直に従ったその速度は、かなりのものだ。
着地の瞬間に膝を曲げ、さらに勢いのまま前転して衝撃を受け流す。
くるりときれいに1回転すると、イリスは何事も無かったかのように立ち上がった。
「どーよ!」
「おー」
カイトたちが拍手する。
《とりあえず、色々おかしいって事は分かった》
「え、それ割と前からじゃない?」
《自覚あるなら自重しようよ》
「自重ってめんどくさいよね」
イリスはさっと明後日の方を向く。
分かってはいたが、自重は元から持ち合わせていないようだ。
「さて、じゃあちょっと走って来ようかな」
楽しくて仕方ない様子で、イリスがそわそわとその場で足踏みする。
そこにスピネルが近寄った。
「クルルっ」
「あ、スピネルも一緒に行く?」
「ルルッ」
赤目のオルニトミムスはイリスに軽く頭突きしてから仲間たちを振り返り、
「クルッ」
「ル」
「クルァ」
複雑な声が交差し、7頭のうち、比較的若い3頭が進み出て来た。
そのうちの1頭は、何とロクイチだ。
「ピルルッ」
スピネルに身体強化魔法を教えてもらう前の怯えた様子は既に無く、期待に目を輝かせている。
他の2頭もイリスを興味深そうに見詰め、どことなくわくわくとした様子だ。
「ちょっとそこら辺1周してくるね」
《良いけど、あんまり調子に乗って遠くまで行かないでよ》
身体強化魔法があるとはいえ、まだ目的地に着いていないのだ。ここでむやみに体力を消耗するのは避けたい。
「そこはスピネルに先導してもらうから大丈夫。ね?」
「クルルッ」
スピネルが自信満々に鳴いたので、大人しく見送る事にする。
《はいはい、行ってらっしゃい》
「いってきます!」
すちゃりと片手を挙げたイリスは、テンション高く走り出した。
すぐに4頭のオルニトミムスが追随し、スピネルが先頭に立つ。
数十メートルほど離れると、途端にスピードが上がった。
オルニトミムスたちも身体強化魔法を掛けたようだ。
しかし──イリスは普通について行っている。
「…いや、何でついて行けるんだよ」
「意味が分からんな…」
《まあ、イリスだし…》
先程のスピネルとロクイチの速度には及ばないが、明らかに普通のオルニトミムスより速いスピードで平原を駆けている。
本人だけを見ると軽快に走っているようなフォームなのに、速度がおかしい。
自分で彼女に身体強化魔法を掛けておいてアレだが、感心を通り越して若干の恐怖を感じる。
(いやホント、何でああなるの…)
周辺をぐるりと1周した後、オルニトミムス(+人間)の群れは元居た場所に戻って来た。
「クルァ!」
「ルルッ」
「ピルル!」
スピネルの合図で、オルニトミムスたちが一斉に減速を始める。
先程失敗したロクイチも今度はきちんとスピードを落とし、他のオルニトミムスたちから数メートル遅れて止まった。
つんのめる事も無く、とてもきれいな止まり方だ。
一方イリスは、
「うわっ、と!」
なかなか減速できずロクイチの横も通り過ぎ、十数歩ほど踵を地面にめり込ませながら走った後、最終的には前方2回宙返りを決めて無理矢理止まった。
「あ、危な…」
多分転びそうになったのだろうが、転ぶ代わりに宙返りするのは人間的にアリなのだろうか。
…突っ込んだら負けな気もする。




