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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
序章

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5.名前

《…うう……》


 ラズライトが抵抗を諦め──と言うより抵抗する体力が尽き──ぐったりと脱力すると、人間はようやく全身を撫で回す手を緩めた。

 ラズライトを横抱きにする腕はそのままに、右手で頭をゆったりと撫でながら、満足そうに吐息する。


「うむ、実に良い…」

《…》


 もはや突っ込む気力も失せて、ラズライトは恨めし気な視線だけをノラに投げる。

 が、サッと視線を逸らされた。


(覚えてろよ…)


 最初に伝令カラスに人間をけしかけたのはラズライトだが、その事実は記憶の隅に仕舞っておく。


「いやーありがとね。久しぶりに堪能したわ」


 『堪能した』と言いつつ、降ろしてくれる様子も無ければ撫でる手が止まる様子も無いのは何故だろうか。


《…とりあえず、降ろしてくれない?》

「えー…」

《降ろしてくれないと二度と触らせないよ》

「ハイ」


 脅しを掛ければ、人間はあっさりとラズライトを解放した。

 丁寧な所作で地面に降ろされると、ラズライトは全身をぶるぶると震わせて纏わり付いた手の感触を振り払い、さらに背中を自分の舌で舐め始める。


《くそう、人間臭がついた》

「人聞きの悪い事言わないでよ」


 ラズライトの台詞に突っ込みながら、その顔には満面の笑みを浮かべている。

 ケットシー(見た目)を撫で回せたのがよほど嬉しかったらしい。


《久しぶりって言ってたけど、君、他のケットシーにもこんな事してたの?》


 毛繕いの合間に聞いてみると、人間はあっさりと答えて来た。


「昔お世話になってたところにグレイハウンドとケットシーが居たから、よく撫でさせてもらってた。今回ほどじゃないけど」


 いやー、ちょっと愛が暴走したね。


 臆面も無く言い放つ人間に、どう突っ込みを入れれば良いのか分からない。


《お前、動物好きってやつか?》


 初対面で突進されたのを思い出したのか、顔を顰めながらノラが問う。

 人間は胸を張った。


「鳥と犬とケットシーは大体好きだね。ダントツで好きなのはケットシーだけど。長毛だとなお良し!」


《…良かったな、好みにドンピシャで》

《全っ然嬉しくない…》


 げっそりとして、ノラのコメントに応じる。

 よりによって、ラズライトの前世の姿はこの変態のストライクゾーンど真ん中だったらしい。


《…一応言っとく。ケットシーに好かれたかったら、奇声を上げたり、血走った眼で突進したり、嫌がってるところを無理矢理撫で回したりしない方が良いよ。一発で嫌われるから》

「う…」


 人間がピタリと動きを止めて目を逸らした。

 一応、自分のやっている事が嫌われる要因になるという自覚はあるようだ。

 がっくりと肩を落とし、頷いた。


「…今後は気を付けマス…」

《そうして》


 素っ気無く応じ、仕上げに顔を洗っていた手の肉球を丁寧に舐める。


 ふう、とラズライトが息をつくと、先程の殊勝な態度が嘘だったように、人間がワクワクとした表情で訊いて来た。


「ねえねえ、ドラゴンてみんなケットシーの姿になれるの? そこらに居るケットシー、いくらかドラゴンが混じってたりする?」

《んなわけないでしょ。これは僕だけ、特別に使えるの》


 変化の術は、基本的に他のドラゴンには使えない。

 ドラゴンは絶対的な魔力量が多いゆえに、繊細な魔力制御は得意ではないからだ。

 ラズライトがこの術を使えるのは、ドラゴンの中では飛び抜けて『低出力の魔力の制御』が得意だった事と、変化後の姿として、前世の姿を詳細に思い描けた事が大きい。


 あまりにも前世の記憶が鮮明なため、前世(ネコ)以外の姿にはなれないのだが。


「特別かー…良い響きだね」


 期待を裏切る答えだっただろうに、人間はにへらー…と笑みを浮かべた。


《良い事ばっかりでもないけどね》


 斜めに構えて、ラズライトは溜息をつく。


「例えば?」

《君みたいなケットシー狂いに絡まれる》

「なるほど」


 皮肉ったつもりが納得された。ケットシー狂いの自覚はあるらしい。

 可愛いは罪ってやつだね、と、何やらしたり顔で頷いている。


 実際それ以外にも、ケットシーの姿になるとそれなりに不利な点が生じる。


 幻覚ではなく、実際にケットシーの肉体に変化するせいか、魔素を体内に取り込む効率が著しく落ちるのだ。

 そのため魔素だけでは肉体を維持することができず、経口摂食による栄養補給が必要になる。

 平たく言うと、腹が減るので水や食事を摂る必要がある。

 また、一度に扱える魔力の総量が減るため魔法の威力も落ちるし、体力も外見相応になってしまう。


 ただその分、より細かい魔力の操作が可能になり、ドラゴンの姿では使えない多彩な魔法を使えるようになるので、その点では非常に便利だ。


(さて…)


 気を取り直して、ラズライトは森の外──街道の方角を見遣る。


 移動するにはこの姿で行くしかないが、徒歩でとなると街道に出るまでかなり時間が掛かる。

 人間に撫で回されていたせいで、すっかり出遅れてしまった。


《おっ、行く気だな》


 ノラがニヤニヤと翼を広げる。


《ついて来る気?》

《そりゃあ、まだ返事をもらってないからな》


 それらしい理由を口にしているが、単に見物したいだけだろう。

 随分と長い付き合いになるが、この伝令カラスはそういう性格だ。


《…まあ、別に良いけど》


 止めたところで付いて来るのは分かり切っている。

 溜息と共に呟くと、横で人間がバッと手を挙げた。


「はいはい! 私も行きたい!」

《…君、僕が何をしに行くか分かってる?》

「え、さっきの冒険者の後を追うんでしょ?」

《…》


 図星を突かれて沈黙する。

 あっさりとこちらの考えを言い当てた人間は、さらに続けた。


「索敵魔法使ってるって言ってたけど、確かアレ、索敵範囲に穴があるよね。で、多分あの人たちはそれに気付いてない」


 ずけずけと言い放つ。


「さっき伝令カラスが『世話焼きねこドラゴン』って言ってたし、それを知って放置できる性質じゃないんでしょ?」


 にやりと笑うその顔は、若干イラっと来るが。


 その一方で、『理解してくれている』という、安心感のようなものが心の片隅に浮かぶ。


 その思いを振り払い、ラズライトはわざと溜息をついた。


《…まあ良いけど。足引っ張んないでよね》

「誠心誠意努力します」


 人間が何故か右手の指を揃えて額に当て、ビシッと敬礼のポーズを取った。

 その後すぐ、そういえば、と敬礼を解く。


「まだ名乗ってなかったよね。私は旅人のイリス。君たちは?」

《オレは伝令カラスのノラ。人呼んで、『伝令鳥のノラ』だぜ》

《…ラズライト》


 ノラが胸を張って名乗った後、ラズライトはぼそりと名を告げる。


 どうしても、名前負けしているという意識が消えない。


 そんなラズライトの内心をよそに、人間がノラとラズライト…と口の中で呟き、


「Lazurite──青金石じゃないよね。Lazulite──天藍石の方で合ってる?」


 その言葉に少々驚く。

 音の響きから判別は可能だが、名乗ると大概、青金石──ラピスラズリの構成鉱物の方が由来だと思われるのだ。


 だが彼女は、あっさりとあまり知られていない方の鉱物名を出してきた。


《──そうだよ》


 ラズライトが躊躇いながら頷くと、彼女──イリスが、とても鮮やかに笑った。




「良い名前だね。きれいな藍色の目にぴったりだ」





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