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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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58.身体強化魔法

「ピ…!?」

「…」


 怯えた声を上げるロクイチに対し、スピネルは無言。

 じっとロクイチを見下ろす目は鋭く、何を考えているのか分からない。


「ラズライト」


 イリスがこちらに駆け寄って来た。

 ロクイチを見詰めるスピネルの様子に、小さく首を傾げる。


「…ねえラズライト、ロクイチってもしかして」


 その言葉の途中で、


「ピーッ!」


 甲高い悲鳴が上がった。


 突然、スピネルがロクイチに頭突きしたのだ。


 逃げ腰になっていたロクイチは、その一撃でごろんと転がる。

 転がった先はギアを乗せていた大柄なオルニトミムスの足元だ。目が合い、ヒュッと息を呑んだロクイチは涙目で起き上がる。


 そこに、スピネルがずかずかと近付いた。


「…っ…!」


 背後と正面。自分よりはるかに大きいオルニトミムスに挟まれ、ロクイチが真っ青になる。


 構わず、スピネルがまた身構えた。


「スピネル、ちょっと待って! 多分ロクイチに誤解されてる!」


 再び頭突きをしようとするスピネルを、イリスが止める。


「ル?」


 スピネルがきょとんと顔を上げた。

 やはりと言うか、別にロクイチを責めている訳ではなかったらしい。その表情に苛立ちや怒りは欠片も無かった。


「誤解って…どういうことだ?」

《多分だけど、スピネルはロクイチを叱ろうとしてるんじゃなくて、ロクイチにちょっと問題があって、それを教えようとしてるんだと思うよ》

「ルルッ」


 カイトの疑問にラズライトが答えると、スピネルは肯定するように短く鳴いた。

 場の緊張が一気に緩み、ロクイチがぽかんと口を開ける。


「……ピ?」


 きょろきょろとオルニトミムスたちを見回し、最後にスピネルを見る。


 仲間たちは、誰もロクイチを叱責する表情をしていない。

 ようやく気付いたらしいロクイチは、口を開けたまま完全に動きを止めた。


「ラズライト、ロクイチの問題って、やっぱり身体強化魔法のこと?」


 イリスの言葉に一つ頷く。


《うん。確証は無いけど、ロクイチ、身体強化魔法自体を使えてないんじゃないかな》


 出発してすぐ、スピネルたちのスピードがぐんと上がる直前、鳴き声に合わせてスピネルの体内の魔力の動きが変わるのを感じた。

 他のオルニトミムスたちも同じだったから、多分それが身体強化魔法を掛けた時の魔力の動きだったのだろう。


 ところが、ロクイチからはその魔力の動きが感じ取れなかった。

 他のオルニトミムスたちに合わせて鳴いていただけで、その前後で魔力の動きは何も変わっていなかったのだ。


 だから多分、ロクイチは身体強化魔法を使えていない。


「私もそう思うわ」


 ナディがラズライトの言葉を肯定した。


「後ろから見てたけど、魔力の動きが違ったもの」


 身体強化魔法を使えていないなら、早くへばってしまうのも当然だ。

 普通のオルニトミムスは身体強化魔法を使うから、それを基準にしたらどうしても『体力の無いオルニトミムス』と判定されてしまう。


 だが、実際には──


「とりあえず」


 イリスがパンと手を打ち鳴らし、ロクイチとスピネルを順に見遣った。


「ロクイチはここで、スピネルに身体強化魔法を教わると良いよ。私たちはちょっと休憩してるから。良いかな?」


 カイトたちを見回すと、次々肯定が返って来る。


 どのみち、ロクイチが他のオルニトミムスと歩調を合わせられるようにならなければ移動に支障が出るのだ。身体強化魔法の習得は最優先事項だろう。


 ──この休憩中に習得できるかどうかは分からないが。


「というわけでスピネル、後は任せた!」

「クルッ」


 スピネルが改めてロクイチに向き直る。

 赤い目に見詰められたロクイチは少々身構えたが、スピネルに促されて2匹で少し離れた場所へ歩いて行った。


 それを見届けて、人間たちは手近な岩や倒木に腰掛け、水を飲んだりドライフルーツを齧ったりし始めた。

 小休止なので火は使わない。スピネルとロクイチ以外のオルニトミムスたちにも、同じように水とドライフルーツが振舞われる。


《…ってイリス、何1人だけ干し肉齧ってるの》

「お腹すいちゃって。ラズライトも要る?」

《…要る》


 こそこそと干し肉を食べていると、少し離れた所でドン、という音がした。

 見遣ると、スレンダーな影が地上十数メートルを舞い、地面に落ちて──今度は一回り小さい影が跳び上がる。


「ワオ、すごい跳躍力」


 最初に跳んだのはスピネル。続いて跳んだのはロクイチ。


 どちらもほぼ垂直に跳び、華麗に着地したと思ったらまた跳び上がる。

 その跳躍の高さはどんどん上がる。


 どうやら、ロクイチも無事に身体強化魔法を掛けられたようだが──元々の能力の高いスピネルの跳躍に、軽々とついて行っている。


 それは恐らく、


「…なあ、今ヤバい事に気付いたんだが」


 カイトが顎に手を当てて呟いた。


「む?」

「身体強化無しで、自分より体格が良い身体強化魔法を使ってる奴の走りに付いて行けるって事は、だ。──実はあのチビスケ、基礎能力はダントツで高いんじゃないか?」

「…あ」


 ──そう。


 普通だったら、走行中に身体強化魔法を使われた時点で置き去りになっていてもおかしくなかった。

 だがロクイチは、必死の形相ながら小一時間ほど同じスピードで走っていた──走れていた。


 それはつまり、素の状態で基礎体力が段違いに高いという事だ。


「じゃあ、身体強化魔法を使えるようになれば」

《足手まといどころか、第一線で活躍できるね》


 ああいう風に。


 ラズライトが視線で示した先、垂直跳びを止めた2頭が何度か鳴き交わして走り出した。

 10歩ほどで普通のオルニトミムスの通常走行速度に達し──なおも加速する。


「うっわあ…」


 トップスピードは、通常の走行の3倍程度だろうか。

 あっという間に平原の向こうへ消えた2頭は、しばらく後、はるか後方から戻って来た。大きく円を描いて走って来たようだ。


「クルァっ!」

「ピルルル!」


 人間たちの数十メートル手前で2匹が減速する。

 スピネルはすんなり止まったが、ロクイチはその横を猛スピードで通り過ぎ、焦った表情で地面に足先をめり込ませ、長い2本線を引いた先でつんのめって頭から倒れた。


「ピッ!?」

「あらら…」


 ヴィクトリアが苦笑する。


「減速は、要練習かしら」


 ロクイチはすぐに立ち上がったが、頭を振って土埃を振り落とし、しゅんとしている。

 そこにスピネルが歩み寄り、小声で何事か伝え始めた。減速のコツでも教えているのだろう。


《減速って、加速より加減が難しいからね》

「そうなの?」


 イリスが首を傾げる。


《一度やってみれば分かるけど、自分が思ってるより勢いがついてるからなかなか止まれないんだよ》


 そこでふと好奇心が湧いた。


 ラズライトと出会ってから今まで、イリスは身体強化魔法を掛けられた事が無い。

 崖登りの時も、手先足先の感覚が変わるからと断られた。


 しかし、素の状態での身体能力があれだけ高いのだ。

 そこに身体強化魔法を掛けたら──どうなるのだろう?


《イリス、良かったら試してみる?》

「試す?」


《身体強化魔法。僕ならイリスに掛けられるよ》


 途端、イリスの目が輝いた。



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