56.スピネル
尖晶石。
本来は透明だが、不純物によって赤、ピンク、青といった様々な色彩を纏い、宝石として利用される鉱物の一種。
特に有名なのは赤いスピネルだ。
その鮮やかな色彩からルビーと混同され──『あちらの世界』では、イギリス王室が所有する『黒太子のルビー』が、実はルビーではなく赤いスピネルだったという逸話もある──『ルビーの偽物』と汚名を着せられることもあるが、実際にはルビーより産出量が少ない希少な石である。
鮮やかな赤い目を持つオルニトミムスに、『スピネル』という名前はぴったりだ。
《良いんじゃない?》
「ルルルッ」
ラズライトが賛成すると、オルニトミムスも嬉しそうにイリスに頭突きを繰り返す。
門兵が手元の書類に何やら書き込み、イリスに差し出した。
「じゃ、ここにサインしてくれ」
書類の上の方には、『スピネル』の文字。
一番下の署名欄にイリスがサインすると、門兵は書類を確認し、一つ頷いた。
「良し──これで受け入れ手続きは完了だ。…全く、ちゃんとした手順も踏まずに置いて行きやがって」
本当は、オルニトミムスを連れて帰って来た時点で書類手続きも終える必要があったらしい。
行方不明者の帰還という特殊な状況を鑑みて、今回は特別に上司に掛け合い、書類を後回しにする許可を取ってくれたのだという。
「あはは…ごめんなさい」
《次からは気を付ける》
「はあ…ぜひそうしてくれ」
イリスではなくラズライトを見て言うあたり、この門兵もとても良く分かっている。
「あ、そうだおっさん。オルニトミムスを8頭レンタルしたいんだけど、ギルドから連絡は来てる?」
「おっさん言うな。──8頭な。一応ギルド長から話は聞いてるが、個体差があるからな…集団で移動するってなると、どういう組み合わせで選ぶべきか…」
『おっさん言うな』は口癖と化しているようだ。
すぐに真面目な表情に戻った門兵は、目を眇めてオルニトミムスたちを見遣る。
「ちなみにそのうちの1頭はスピネルでお願いしたいんだけど」
街で登録したら、イリスが南の半島に行く時はずっと一緒に行動できる。
そう言ってスピネルを勧誘したのだから、連れて行くのは当然だろう。
しかし、門兵はあからさまに渋面を作った。
「ロードチェイサーは、ロードランナーより身体能力が高いって言っただろ? 他の7頭が置いてきぼりになる可能性が高いぞ」
《あ…そっか》
集団行動となるとその体力が裏目に出る。
道案内はイリスだから、他の7頭がはぐれないよう、スピネルに加減してもらうしかないが──上手く行くだろうか。
ラズライトが門兵と共に唸っていると、イリスがきょとんと首を傾げた。
「他のメンバー、スピネルに選んでもらったら良いんじゃないの?」
《え?》
思わぬ事を言い出した。
「だってスピネル、群れのボスになったんだよね?」
「ああ、まあそうだな」
「それなら、ついて来れそうなのをスピネルに選んでもらったら良いじゃない。相性が良いかどうかは、オルニトミムス同士の方が良く分かると思うし」
スピネルを見遣ると、赤い目が面白そうに輝いている。
確かに、7頭を適切に選ぶのは人間では難しい。
群れを統率するのはスピネルだから、そのスピネルに選んでもらうのが一番良いかも知れない。
門兵がガシガシと頭を掻いた。
「その発想は無かったな…──良し、やってみるか」
スピネルに向き直り、
「お前さん、自分と一緒に走るメンバーを選べるか? 全部で7頭だ」
普通に話し掛けた。
スピネルは軽く首を傾げ、こちらを見遣る。
「これから、昨日の台地にもう一回行くんだよ。私たち以外に、同行する人間は4人。あと、もしかしたら台地で3人合流するかも知れないから、その人たちの分も含めて、オルニトミムスは合計で8頭」
《僕らは君に乗せてもらうから、あと7頭、君が連れて行っても良いと思えるオルニトミムスを選抜して欲しいんだ》
「ルルッ」
イリスと共に説明すれば、スピネルはすぐに短く鳴いた。
イリスに軽く頭突きした後、遠巻きにこちらを見ているオルニトミムスたちに向き直る。
「クルァッ!」
『!!』
一声鳴いた瞬間、びくっと群れが反応した。
倒れていたオルニトミムスも慌てた様子で立ち上がり、こちらに駆け寄って来る。
群れはスピネルの前できれいに整列し、ぴたりと止まった。
「すごいな…」
軍隊さながらの動きに、門兵が目を見張る。
「…」
どうやら、ざっくり体格の大きい順に並んでいるらしい。
スピネルは直立不動になっているオルニトミムスたちの周囲をぐるりと回り、イリスたちの前に戻って来ると、また短く鳴いた。
「クルっ」
「ルルっ」
右端の一番前に立っていた、スピネルを除けば一番大きなオルニトミムスが一歩前に進み出た。
「ルァッ」
「ルッ」
次は、前列中央のスマートな個体が。
そうしてスピネルが鳴くたびに、1頭、また1頭とオルニトミムスが前に出る。
「クルッ」
「ピッ!?」
最後の7匹目は、最後列の中央付近に居た小さな個体。
スピネルが鳴いた途端、甲高い声が上がり、周囲のオルニトミムスたちがざわりと動いた。
「クルァ!」
スピネルの一喝で、動揺はすぐに収まる。
もう一度スピネルが鳴くと、小さな個体は慌てた様子で前に出て来た。
「ル…」
周囲のオルニトミムスより色は一段鮮やかだが、体格は明らかに小さい。
骨格が小さいだけではなく全体的にほっそりとしているため、余計にそう見えるのだろう。
正直、ギアあたりが乗ったら重さに耐え切れずに潰れそうだ。
「ロクイチか…」
小さなオルニトミムスを見て、門兵が難しい顔をした。
《ロクイチ?》
「ああ、ここで61番目に生まれたから、そういう名前にしててな。しかし、他はきっちりベテランを選んでるってのに、最後の1頭がこいつか…」
ロクイチと呼ばれた個体は、前に出て来た他の大柄な個体を見回し、ただでさえ小さな身体を縮こまらせている。
聞けば、元々身体が小さい状態で生まれ、速度こそ他の個体に負けないが、肝心の体力が無いらしい。
冒険者を乗せても途中でへばってしまうことが多く、借り手からの評判もあまり良くない。
オルニトミムスたちの中での序列も、下から数えた方が早い。そのためか、常にオドオドとしていて、他のオルニトミムスとのコミュニケーションも上手く行っていないらしい。
その態度がドラゴンの棲み処での自分の姿に重なって、ラズライトは思わずロクイチに声を掛けた。
《胸を張りなよ》
「ピッ!?」
ロクイチが驚いてこちらを見た。
ケットシーの姿をしたラズライトを映す目には、緊張と恐れがありありと見て取れる。
《君たちのボスが君を選んだんだ。他がどう言おうと、君は君の役割を全うすれば良い》
ラズライトの言葉をぽかんと口を開けたまま聞いていた小さなオルニトミムスは、数拍置いて表情を引き締め、ぐっと首を上げた。
「ル…ルルッ!」
「ほー、やるなあ」
「さすがラズライト」
門兵とイリスがニヤニヤ笑っているが、聞こえない振りをする。
耳が熱いのは気のせいだ、多分。




