55.ロードチェイサー
諸々の打ち合わせを終え、ギルドの受付前で待っていたターニャとジーンにジェフを押し付けると──ギルドを出る際、ターニャの涙混じりの怒鳴り声が聞こえた気がしたが──ラズライトはイリスと共に南の門へ足を向ける。
カイトたちは、対氷魔法用の装備を整えると言って一旦拠点に帰って行った。
門でオルニトミムスを借りる手筈になっているから、そこで合流する予定だ。
なお、オルニトミムスを借りる費用は自腹だが、依頼を達成したらギルドからの報酬として実費が上乗せされて支払われる事になっている。
「まだ時間あるよね?」
既に日は傾き始めている。
移動をオルニトミムスに頼って今日中に台地の下まで行き、そこで野営、翌日朝から台地にアタックする強行軍だ。
行方不明の残り3人に生存の可能性がある以上、迅速性が最優先される。
《少しくらいなら大丈夫だと思うよ。寄りたいところでもあるの?》
「手袋を買い替えておきたくて」
《ああ、なるほど》
イリスが嵌めている手袋を見て、ラズライトは納得の声を上げた。
手のひら側が、擦れてボロボロになっている。
元々かなり使い込まれていたが、台地を降りる時の無茶な機動でとどめを刺されたのだろう。
《じゃあ、防具を扱ってる店かな? それか、服屋?》
「見てみないと分からないね」
大通り沿いの店をいくつか物色した後、イリスは手袋と、ついでに丈夫な布製の袋をいくつか買い込んだ。
圧縮バッグの中で魔石や鉱石ががごちゃごちゃになってしまったため、種類ごとに分けて入れておきたいのだそうだ。
門の前に到着し、イリスが圧縮バッグの中身を整理していると、門兵が慌てた様子でやって来た。
「イリス!」
「あれおっさん、どうしたの?」
「おっさん言うな。──じゃなくてだな」
条件反射で言い返した壮年の門兵は、首を横に振って話題を変える。
「お前さん、なんつーもん連れて帰って来たんだ!」
「?」
「あーもう、良いから来てくれ!」
足取り荒く歩き出す門兵にイリスとラズライトは顔を見合わせ、とりあえずついて行ってみる事にした。
案内された先は、オルニトミムスたちの飼育場。
そこで、
「クルァァァァァア!」
天に向かって雄叫びを上げる、赤い目のオルニトミムス。
「え」
仁王立ちするその足元には、5、6頭のオルニトミムスが折り重なって倒れている。
《…何この状況》
ラズライトが呻くと、門兵が端的に答えた。
「群れの序列争いだ」
オルニトミムスの群れには序列が存在する。
新入りがやって来た時、ボスの補佐役に当たるオルニトミムスと新入りとで戦い、群れの中での新入りの立ち位置を決める。群れの秩序を保つために大切な通過儀礼なのだそうだ。
《…見た感じ、僕らが連れて来たのが全勝…って感じ?》
「全勝どころか、ボスまで倒しちまった」
「うわ」
道理で、門兵が苦り切った顔をしているわけだ。
群れのトップが入れ替われば、混乱は必至。
遠巻きにこちらを見ているオルニトミムスたちの視線が痛い。
「大体な」
ぐりん、と門兵がイリスを睨み付けた。
「俺は『ロードランナーを連れて来い』っつったんだ。ロードチェイサーを連れて来るやつがあるか!」
「ロード…チェイサー?」
イリスは思い切り首を傾げる。
「お前さん、知らないのか!?」
「え、だってロードランナーってオルニトミムスの事でしょ? ロードチェイサーって何?」
「……あああああ……」
途端、門兵はその場に座り込み、頭を抱えた。
《よく分からないけど、何か間違えたっぽいね、僕ら》
「…──いや、間違ってねぇ。その理屈なら…」
盛大に溜息をついた門兵の説明はこうだ。
一般に、オルニトミムスはロードランナーと呼ばれている。平原を猛スピードで疾走する姿から付いたあだ名だ。
そのオルニトミムスの中には、ごくまれに変わった個体が誕生する。
変質個体という訳ではなく、単純に、他のオルニトミムスより全体的に能力の高い個体だ。
体は一回り大きく、体色はより鮮やかで、筋肉の質も魔力の量も一段階上。
何より特徴的なのは、その空間認識能力の高さと執念深さ。
オルニトミムスは雑食性だが、その個体は若干肉食寄りで、一般的なオルニトミムスは近付かない森の中にまで獲物を追って入り込み、あらゆる障害物をものともせずに獲物を捕らえるまで追い回す。
その特徴から、その個体は『疾走者』ではなく、『追跡者』と呼ばれる。
「あ、なるほど」
イリスがポンと手を打った。
一回り大きい体躯、鮮やかな体色。いずれもあのオルニトミムスと一致する。
《ちなみにその『ロードチェイサー』っていうの、みんな知ってるの?》
「いんや、南の半島を拠点にしてる冒険者とその関係者が使う専門用語だ」
《じゃあ僕らが分かるわけないじゃない》
「だよなあ…」
最初に説明されていれば気を付けたのだが、知らなかったのだからどうしようもない。
「けどな、ロードチェイサーが人に懐いた前例は無ぇんだよ。まさか連れ帰って来るとは思わねぇだろ?」
《それ、わりと根本的に常識外れのイリスの前で言う?》
「む…」
常識から外れた者が、常識的な存在を連れて帰って来るはずがないではないか。
そう指摘すれば、門兵は難しい顔で呻いて動きを止めた。
程無く、この日最大の溜息をついて立ち上がる。
「あーもう、分かった。とりあえず来ちまったもんは仕方ねぇな。俺らが責任を持って面倒を見る。で、だ」
「で」
「お前さん、あいつに名前付けたか?」
「名前? こっちでお世話する人が付けるんじゃないの?」
イリスがきょとんと首を傾げると、門兵は首を横に振った。
「ここで生まれたやつについてはそうなんだがな。野生の個体は話が別だ。やつら、自分が認めた相手じゃないと言う事を聞いてくれなくてな」
オルニトミムスの世話をする者ではなく、捕獲した者が名付けないと、その呼び名を自分の名前だと認識してくれないらしい。
なるほど、と頷いたイリスは、いまだ雄叫びを上げている赤い目のオルニトミムスに向かって軽く手を挙げた。
「おーい、ちょっと来て」
「クルァッ!?」
こちらを見たオルニトミムスが、驚いた顔で動きを止め、すぐに走り寄って来る。
勢いの良い頭突きを、イリスは両手で受け止めた。
「ルルルルっ」
「はいはい、ちゃんと来たでしょ?」
人間とじゃれ合うロードチェイサーを見て、門兵がぽかんと口を開ける。
「…マジで懐いてるな…」
《まあイリスだし》
実は目の前にラズライトというロードチェイサーよりレアな生き物が居るのだが、門兵は知る由も無い。
ひとしきりオルニトミムスを撫で回したイリスは、ひょいと赤い目を覗き込んだ。
「で、オルニトミムス。ちゃんとした呼び名を決めたいんだけど、良い?」
「ルルっ!」
オルニトミムスの返答は、頭突きを一つ。
見つめ合うこと暫し、イリスは口の中でいくつか単語を呟いた後、頷いた。
「よし──」
雰囲気で察したのか、オルニトミムスがすっと背筋を伸ばす。
「スピネル、でどうかな?」
途端、オルニトミムスの赤い目が輝いた。
「クルルっ!」




