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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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52.回復術師

 オルニトミムスを門兵に預け──赤目のオルニトミムスに門兵は盛大に驚いていたが、あれは一体何だったのだろうか──、ジェフの帰還をターニャに伝えると言うジーンと一旦別れ、ジェフと共に冒険者ギルドへ到着した時には、ギルドはちょっとした騒ぎになっていた。


「あ、イリスさん、ラズライトさん!」


 多くの人が慌ただしく行き交い、様々な声が交錯する中、いち早くこちらに気付いたジュリアが声を上げる。


 途端、場が静まり返り、全員の視線がこちらに集中した。


「えっと…ただいま戻りました?」


 それを居心地悪く受け止めて、イリスが首を傾げながら帰還を告げる。


 厳密には、注目されているのはイリスではなく、その肩を貸してもらっているジェフの方だ。

 本当に…? いや、本人だ、などと、周囲から囁き声が聞こえて来る。


「ジェフ! 帰ったか!」


 ギルド長──ロベルトの声が、その微妙な空気を打ち砕いた。

 ずかずかと足音を立ててこちらに近付き、ニカッと笑う。


「生きていて何よりだ」

「ギルド長…ありがとうございます」


 ただいま戻りました、と、ジェフが表情を綻ばせる。

 それだけで、場が動き出した。


「帰還早々で悪いが、詳しい話を聞かせてくれ。他の3人の事もあるからな」

「ええ、もちろんです」


 そのままロベルトについて歩き出そうとするのを、ラズライトは慌てて止める。


《待って。話をする前に、ジェフとイリスを回復術師に診てもらって欲しいんだ》

「うん?」

「え、ジェフはともかく、私も?」


 きょとんと首を傾げるイリスを、ラズライトは至近距離で睨み付けた。


《君、両肩痛めてるでしょ。誤魔化そうったってそうはいかないからね》

「う」


 イリスが視線を逸らそうとして──むぎゅ、とラズライトが右肩の一部を押した途端、びくりと動きを止めた。


「…なるほど、分かった。先に回復術師のところへ行ってくれ」


 色々と察したらしく、ロベルトが苦笑して頷いた。

 ジュリアが駆け寄って来て、ジェフに肩を貸す役を代わってくれる。


「イリスさん、ジェフさんの事は私が。回復術師のところまで案内しますから、ついて来てください」

「…分かりました…」


 しゅんと項垂れたイリスが頷く。


 ジェフが心底申し訳なさそうな顔をした。


「イリスさん、申し訳ありません。もしや、降下した時の負荷で…」

「あ、いえ、ジェフさんは気にしないでください!」


 イリスが慌てて顔を上げた。


「リスクは全部承知の上で、自分で決めてやった事ですから」

《そうそう。ジェフが気に病む必要は無いよ》


 あの状況から離脱するために、多少の無茶は仕方無い。

 むしろこの程度で済んで幸いと言うべきだろう。


《確か、『冒険者は自己責任』なんでしょ? イリスは依頼達成のためにちょっと無茶をした。それで報酬と釣り合うと判断したんだから、それで良いじゃない》

「そうそう、そんな感じ」


 ラズライトの言葉に、イリスが全力で乗っかる。

 ですが、と言い掛けるジェフを、ロベルトが止めた。


「ジェフ、俺としても色々と言いたい事はあるが、その辺の話は後でな。体調を確認するのが第一だ。ほら、行け」


 ギルド長に促されれば、それ以上の反論は無い。


 ジェフに肩を貸すジュリアに先導され、ギルドの奥へ進むと、薬草や消毒液の匂いが漂う一角に着いた。

 一応、出入り口はあるが、扉は付いていない。確か、重傷者を運び込むのに扉は邪魔だから──だったか。


「ヴィクトリア、2人です。お願いします」


 ジュリアが女性の名前を呼びながら、部屋に入って行く。続いて入室すると、


「今日は千客万来ね」


 溜息をつきながら振り向いたのは、紫色の長い髪と青い目の人物だった。

 というか──


(…女の人? 男の人?)


 一瞬判断に迷い、ラズライトは思わずその人物を凝視する。


 身長はジュリアより頭一つ分以上高く、肩幅もあり筋肉質。

 骨格だけ見るなら明らかに男性だ。


 しかし、よく手入れされた艶やかな紫の髪や、きっちりメイクを施してシミ一つ無い華やかな顔、柔らかな動作と色気を感じさせるハスキーな声が合わさった瞬間、性別も年齢も不詳の謎の人物が出来上がる。


「あら、かわいいケットシーね」


 じろじろ見ていたのがバレたらしい。こちらに目を留めたその人物が、ふふっと笑った。


《え、えっと…》

「だよね。こんなかわいいケットシーはなかなか居ないと思う」


 戸惑うラズライトを完全無視して、イリスがしたり顔で同意する。


「えー、オホン。ヴィクトリア、こちらのジェフさんと、イリスさんの体調確認をお願いします」


 ジュリアが強引に話を戻した。


「ああ、ごめんなさいね。──アタシはヴィクトリア。ここで主に怪我人を診てるの」


 ばちりとウインクする。

 ジェフとイリス、ラズライトも順に名乗ると、ヴィクトリアは早速仕事に取り掛かった。


「体調確認だけで良いのね?」

「イリスさんは肩を痛めているそうなので、そちらの治療もお願いします」

「分かったわ」


 ジュリアが退出すると、ヴィクトリアはすぐさまジェフの額に手をかざした。


「さて、ジェフは──ちょっと体力と魔力が足りてないわね。そっちのベッドで横になってて頂戴。栄養剤と魔力回復薬を点滴しときましょ」


 軽く眉を顰め、助手を呼んでジェフの処置を任せると、イリスに向き直る。


「で、貴女は──まずはそのバッグを降ろしましょうか」

「…ハイ」


 ラズライトがバッグから飛び下りると、渋々といった顔で、イリスが圧縮バッグを降ろそうとする。

 その途中、一瞬イリスが躊躇ったのを、ヴィクトリアは見逃さなかった。


「はい、ストップ。それ以上動かなくて良いわ」


 素早くイリスの背後に回り、慣れた手つきでバッグの肩ひもをイリスの肩から外す。

 荷物籠にバッグを放り込むと、ヴィクトリアはイリスの上着も脱がせ、背後から軽く両肩に触れた。


「…あー…これはやらかしたわね」


 溜息。


《やらかした?》

「両方とも、関節が外れかけてズレてるわ。こんな状態でよく荷物背負ってたわね」


 何と、脱臼一歩手前だったらしい。

 一体どういう事かとラズライトがイリスを睨み付けた途端、イリスはサッと視線を逸らした。

 その様子にヴィクトリアは苦笑して、白衣の袖を腕まくりする。


「ま、完全に外れてるわけじゃないし、周辺組織に大きな損傷も無いみたいだから、ササッと元に戻しちゃいましょうか」

《元に戻すって、どうやって?》


 ラズライトが尋ねると、ヴィクトリアは実にイイ笑顔でポキポキと指の関節を鳴らした。


「そりゃあもちろん──チ・カ・ラ・ワ・ザ」

「…!?」


 イリスが振り返るより、ヴィクトリアがイリスの右肩を掴む方が早かった。


「さて──力抜いてなさい、ネッ!」


 ゴキン、と、ちょっと聞きたくないような音と、


「──~!!!」


 イリスの声にならない悲鳴。


 2回続けて響いたそれに、ラズライトはそっと耳を伏せて──聞こえない振りをした。





 なおその後、きちんと回復術を掛けられて復活したイリスは、二度と負傷を隠すなとヴィクトリアとラズライトに懇々と説教され、心の底から反省したという。




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