51.行方不明者の帰還
こちらの目論見通りに目潰しを喰らい、空中でもがくケツァルコアトルスを放置して、イリスとラズライトは全速力でその場を離脱した。
まずは夕日の方向へ走り、いくつかの茂みを経由して、大きく迂回しながら北へ。
その間、ラズライトはずっと上空を警戒していたが、幸いな事にケツァルコアトルスの追撃は無かった。
ただ、遠くから怒りに満ちた咆哮が聞こえたので、もう一度会ったら多分真っ先に狙われるだろう。
──ともあれその後、合流地点の第一候補としていたキノコ型の岩の下で無事にオルニトミムスとジェフと合流し、その場で野営。
翌朝早くに街への帰路についた。
《ジェフ、あと半日くらい掛かるけど、大丈夫?》
「ええ。食事も回復薬もいただきましたし、一晩寝て随分調子が良くなりました」
ターニャ謹製の干し肉を使ったスープに、ジェフは『懐かしい味だ』と涙ぐんでいた。
まだまだ食は細く、体調的にはやせ我慢の気もするが、ここは本人の主張を信じておく。
「オルニトミムス、調子はどう?」
「クルァ!」
ジェフを背中に乗せた赤目のオルニトミムスは、上機嫌で一声鳴く。
イリスと並走するのが楽しくて仕方ないらしい。
なお、いくらオルニトミムスが加減して走っているとはいえ、オルニトミムスと何キロも並走できる人間は居ない──普通は。
(色々おかしいよね。今更だけど)
思うが、突っ込みはするまいと決めている。
その後数回の小休止を挟みながら走り、太陽が中天に差し掛かる頃、ようやく最外縁部の門が見えて来た。
「…あれ?」
軽快に走るイリスが、目を凝らして首を傾げる。
《どうしたの? イリス》
「カイトたちが居るんだけど…一緒に居るの、ひょっとしてジーン?」
「え!?」
ジェフががばっと頭を上げた。
直後、目を回してオルニトミムスの背中に突っ伏す。
「わわっ、オルニトミムス、ちょっと止まって!」
「ル!」
オルニトミムスが慌てて止まり、イリスが素早くベルトを外してジェフを背中から降ろした。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません…」
地面に座り込んだジェフは、ふらふらする頭を片手で押さえて肩を落とした。
3年も氷漬けだったのだ、咄嗟の動きに身体がついて来なくて当然だろう。
《無理しない方が良いよ》
「ええ…ですが…」
ジェフは顔を上げ、門の方を見遣った。
「本当に、ジーンが? 門の外に?」
ジェフの位置からは門前の様子は見えない。が、気になって仕方ないのだろう。
立ち上がろうとするジェフをイリスが支え、そのまま左腕を取って肩を貸す形になった。
「ここからは歩きましょう。行けそうですか?」
「はい」
ゆっくりと、一歩を踏み出す。
自分の爪先を注視しながら、時折門の方を見、娘を探すように視線が彷徨った。
「ああ…」
門まであと50メートルほどというところで、ジェフの表情が緩んだ。
ジーン、と、声にならない声で呟く。
《ホントにジーンが居るね…でも何で、カイトたちと一緒に?》
「カイトたち、カラスの羽休め亭にちょくちょく通ってたって言ってたし、ジーンとも顔見知りなんじゃない?」
《あ、なるほど》
イリスには同行を断られた上、南の半島に行くことも止められたが、ジーンは諦めなかったらしい。
カイトたちは冒険者にしてはかなりお人好しだから、昔馴染みの宿屋兼食堂の娘の頼みを断り切れなかったのだろう。彼らの実力なら、素人を護衛しながら南の半島を探索する事も不可能ではない。
しかしジーン、両親が元冒険者とはいえ、とんでもない行動力だ。
「さて…」
ジェフを支えたまま、イリスがすっと息を吸った。
「──カイト! ギア! ナディ!」
時刻は既に昼。彼らの他に、冒険者の姿はほとんど無い。
イリスが大声で名を呼ぶと、カイトたちが首を傾げてこちらを注視し──盛大に目を剥いた。
「はあ!?」
普通より一回り大きいオルニトミムスに、男性に肩を貸しながら歩いているイリス。圧縮バッグに乗るラズライト。
色々と理解が追い付かないのはよく分かる。
唖然とするカイトの横で、ジーンが目を見開いた。
視線の先は、イリスでもオルニトミムスでもない。
「──父さん!」
門に声が響く。
駆け寄って来る娘を、イリスの肩から手を放したジェフが全身で受け止めた。
「ジーン…!」
「…っと」
ジーンを抱き留め、たたらを踏んで後ろ向きに倒れそうになるジェフをサッとイリスが支える。
ナイス判断だ。
「父さん…本当に…?」
「ジーン、大きくなったね」
信じられないという表情で、ジーンが抱き付いたままジェフを見上げる。
ジェフが微笑むと、ジーンの目に涙が浮かんだ。
「父さんっ…!」
きつく抱き付いて来る娘に、ジェフの目も潤み、今できる精一杯の力で抱き締め返す。
「──ただいま、ジーン」
「…おかえりなさい…」
短いが、とても温かい言葉。
親子の再会に、イリスがそっと安堵の溜息をついた。
「…今日ジェフさんを連れて帰って来れて良かったよ」
こっそりと呟く。
「一歩間違えたら、本当に入れ違いになるところだった」
《ホントだね…》
ラズライトも心の底から同意する。
最初にジーンの同行を断ったのはイリスだ。
入れ違いになってジーンに何かあったら、ターニャに顔向けできない。
「イリス!」
呆然とジーンとジェフを見ていたカイトたちが、慌てた様子で駆け寄って来た。
「何がどうなってるんだ? というか、オルニトミムスデカいな。で、ジェフさん? え? 何で?」
《落ち着いて、カイト》
「いやいやいや、落ち着いてられる状況じゃないだろ」
「全くだな」
「ええ。詳細な説明を求めるわ」
「ええっと…話せば長くなりますが」
3人に揃って詰め寄られ、イリスがたじたじと呻くと、
「クルァ!」
蚊帳の外に置かれていたオルニトミムスが、イリスとカイトたちの間に割って入った。
ずい、と頭を突っ込み、斜め下からカイトたちを睨み付ける。
「クルルっ!」
「お、おう…何かスマン」
「ルっ!」
雰囲気的に、これは説教だろうか。
カイトが思わず謝ると、オルニトミムスは鼻息荒く鳴いた後、首を引っ込めた。
《えーっと…とりあえず、街に入らない? ギルドに行かないと》
ラズライトの言葉に、カイトたちはすぐ我に返った。
「あ、ああ、そうだよな。なら、俺たちが先に行ってギルドに知らせておく。お前たちはジェフさんとジーンを連れて、無理のない範囲で急いで来てくれ」
《分かった》
カイトたちが門の方へ走り去った後、ジーンとジェフがようやく抱擁を終えた。
「さあ、我々もギルドに行かなければね」
「父さん…」
心配そうに見上げるジーンに、ジェフが少しいたずらっぽく笑った。
「大丈夫だよ、ジーン。イリスさんとラズライトさんに、母さんの干し肉のスープをごちそうになって、かなり元気になったからね」
「え…」
そこで初めて、ジーンがイリスとラズライトに視線を移した。
本当に父しか目に入っていなかったのだろう。こちらを見る瞳には、純粋な驚きが見える。
「イリスさん、ラズライトさん…?」
「言ったでしょ? ジーン」
イリスがにやりと笑った。
「『お父さんが生きてるならなおさら、ジーンはここで待ってなきゃ』って」
ジーンが『南の半島に連れて行って欲しい』と願った時、イリスはそう言って断った。
それは断るための方便などではなく、本心からの言葉だったのだ。
「あ──」
理解して、ジーンが目を見開いた。次の瞬間、泣きそうな表情でイリスに抱き付く。
「──ありがとう。イリスさん、ラズライトさん」
「どういたしまして」
片手でジェフを支え、もう片方の手でジーンの背中をポンポンと叩いて、イリスは穏やかに笑った。




