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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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47.洞窟の中で見たもの

 裂け目を抜けた先は、20メートル四方はある広い空間だった。


 天井までの高さは4メートルから5メートルほどだろうか。

 台地の地下にここまでの大空間があるとは驚きだ。


 しかしイリスとラズライトは、もっと別の事に目を奪われていた。


《これは…》


 全ての壁の半分ほどを、氷が覆っている。

 天井部分には一見何も無いが、灯りの魔法の反射できらきらと光るところを見ると、恐らく表面に細かい氷の粒が付いているのだろう。

 足元も同じようなもので、肉球から伝わる痺れに近い冷たさに、ラズライトは思わず身を震わせた。


「ラズライト、肩に乗って。ここを直接歩くのは危ない」

《ありがと》


 イリスの勧めに、ラズライトは即座に従った。

 イリスの肩に跳び乗り、襟巻のように胴体をイリスの首の後ろに沿わせる。しっぽをくるんと首に巻き付けると、イリスがホッと息をついた。


「あー…あったかい」


 彼女にとっても、ここは寒すぎたようだ。


《良かったね。──じゃあさっさと調べようか》


 ラズライト自身も心底ほっとしたのだが表には出さず、改めて周囲の状況を確認する。


 気温は一気に下がり、氷点下に達している。

 ラズライトは毛足の長い毛皮があるからまだマシだが、鼻の頭や耳の中で感じる空気は、冷たいを通り越して痛い。

 イリスは外套の前をきっちり閉めてフードを被り、予備の手袋を取り出して二重に装着した。


「これ、全部魔法で作り出した氷なのかな…?」

《探った感じでは、そうなんだけど…ちょっと規模が大きすぎるよね…》


 移動しながら、点々と転がる氷塊を見遣る。

 握りこぶし大からイリスの身長以上ある巨大なものまで、サイズも形状も多種多様だ。

 砕かれた跡がある物もあれば、床に少し氷が広がり、そこからタケノコのように生えたのかと思える円錐形の物もある。


 程無くイリスは、ある氷塊の前で足を止めた。


「これって…」


 広い空間の片隅。

 ラズライトたちが入って来た岩の裂け目からは他の氷塊に遮られて死角になるが、距離的にはさほど離れていない。


 そこに、人間より一回り大きいくらいの氷塊が4つ、立っていた。


《中に、なにか──》


 言い掛けてその正体に気付き、ラズライトは絶句した。



 ──氷の中に閉じ込められていたのは、黒髪の、壮年の男性だった。



(嘘でしょ…!?)

「人が…」


 他の3つにも視線を走らせたイリスが、表情を険しくする。


「…だから、行方不明、だったのか」


 ──髪の色や身長、体格、装備。3年前の行方不明者たちの情報と、完全に一致する。


 情報と照らし合わせると、黒髪の男性がターニャの夫、ジーンの父親だ。

 氷が所々白濁していてはっきりとは見えないが、緊迫した表情のまま氷漬けになっている。


 驚くほどきれいに残っているが、氷漬けでは、もう──


(手遅れ)

「ラズライト」


 胸の内を見透かすように、イリスが強い口調でこちらの名を呼んだ。


「この氷溶かすのに、手持ちの魔石で足りるかな?」

《え?》


 イリスは鋭い目で、4人を閉じ込めている氷を観察している。

 諦めも悲壮感も無い表情に、ラズライトは思わず声を上げた。


《でも、この状況じゃ、もう》


「彼らはまだ生きてるよ。ジーンが言ってたでしょ? 『父さんは生きてる』って」


《!》



 ──『まだ、『魂糸の石』は光ってるもの!』



 宿で聞いた、ジーンの悲痛な叫び。

 そして、その魂糸の石は本物だとイリスは判断した。


 ならば──


《…火の魔石5つ、風の魔石5つ。それで1人分だよ》


 氷に宿る異質な魔力を注意深く探り、氷が融け、かつ中の人間に影響の無いギリギリの分量を割り出す。


 万が一、計算が間違っていたとしても、その時は自分の魔法で何とかしてみせる。

 ラズライトは決意して、イリスに魔石の数を伝えた。


「5つずつか…今は1人分しか無いな」


 ポーチから魔石を取り出したイリスが眉を顰めた。

 この空間の外にならいくらでも魔石は転がっているが、何故かここには、魔石が一つも無い。


 まるで、全て氷に置き換えられてしまったように。


《先に1人救出して、街に戻ろう。全員救出して街まで連れて行くのは僕らだけじゃ無理だから、ギルドに協力を要請しないと》


 恐らく彼らは、3年前からずっと氷漬けのままだ。救助してすぐに自力で走れるとは思えない。イリスが背負って移動することになる。

 イリスの体力が常識外れでも、魔物に襲われるリスクを考えたら、安全に運べるのは1人だけ。


 それに、イリスは駆け出しの冒険者だ。彼女とラズライトの証言だけでは、ギルドの協力を取り付けられるか分からない。

 しかし、行方不明になったうちの1人を連れ帰れば、間違い無くギルドは動く。


「それじゃあ──」


 イリスが頷き、氷漬けの4人を見比べる。


 問題は、まず誰を助けるかだ。

 全員を観察した結果、白羽の矢が立ったのは、ジーンの父親──ジェフ。


 一人だけ目を開けてるため、凍った顛末についてちゃんと把握している可能性が高い。


《火の魔石と風の魔石を、氷の周囲に均等に並べて》

「分かった」


 ラズライトの指示に従って、ジェフが閉じ込められた氷の周囲、ぐるりと円を描いて赤い石と緑の石が交互に並ぶ。

 何回か位置を微調整して、ラズライトは一つ頷いた。


《──良し。それじゃあ、行くよ。少し離れて》

「了解」


 イリスが3歩ほど下がったのを確認し、ラズライトは慎重に魔力を放った。

 最初に風の魔石を刺激し、らせん状の上昇気流が発生したところで、火の魔石にも魔力を注ぐ。


 きっかけを与えられたら、後は早かった。


 轟々と音を立てて、赤い炎が渦を巻く。

 風の魔石の補助のおかげで、恐ろしく火力が高い。イリスが熱気に押されてさらに下がり、ラズライトも彼女の肩の上から、氷の融け方を注意深く観察する。


(…ちょうど良いかな…?)


 程無く風の魔石の力が尽き、上昇気流が止まると、縄が解けるように炎が和らぐ。

 氷は男性の髪や服の裾にわずかに残るのみで、他はきれいに消えていた。


 ぐらりと上体を傾ける男性を、イリスが素早く抱き留める。


《どう?》

「──息は、あるね」

《良かった…》


 ほっとしたようなイリスの言葉に、ラズライトは深々と安堵のため息を吐いた。


 同時に、本当に氷漬けのまま生きていたのかと驚愕する。

 恐らく、この氷自体が特殊な物なのだろうが──


「…!」


 イリスがはっと顔を上げた。

 鋭い視線が、自分たちが入って来たのと反対側、この空間の端へ向く。


「何か来た」

《何か?》


 視線の先には、大きな穴が開いている。

 幅3メートル、高さ2メートルほどだろうか。この洞窟はその先にも続いているらしい。


「…やばい」


 イリスが口元を引きつらせる頃には、ラズライトもその気配をはっきりと捉えていた。


《イリス、この人を抱えて逃げられる?》

「やる」


 ラズライトが囁くと、イリスはきっぱりと言い放って男性を横抱きに抱え上げた。

 体勢を整える間にも、奥から魔物の気配が近付いて来る。


(このサイズ…いや、でも、魔力の質が違う?)

「ラズライト、しっかり掴まっててね」


 イリスが身を翻す。

 その肩の上で無理矢理背後に視線を投げると、通路の奥に大きな影が見えた。


《イリス、急いで!》


 ラズライトの警告と同時、広間に足を踏み入れた大型魔物が、甲高い咆哮を上げた。




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