46.台地の探索
水の魔石が沈む泉の水とターニャ謹製の干し肉で軽い昼食をとった後、イリスとラズライトは本格的に台地の探索を開始した。
まずは陸側にある林に入り、台地の端でワイヤーロープを木に括り付ける。帰還用のルート作りだ。
降下用の吊り具もセットして、いつでも降りられるようにしておく。
「登ったのと同じ場所を降りるのはちょっとね」
《どう考えても自殺行為だよね》
実は、登るより降りる方が難しいのだ。
帰りのルートを確保したら、方位磁石を片手に、台地の北側から探索を始める。
どこを調べ終わったか、何があったか、逐一地図に書き込みながらの地道な作業だ。
ついでに、魔石を掘り出したり食べられそうなものを確保したりする。
そうして台地の北側3分の1程度を調べ終わる頃には、すっかり日も傾いていた。
《…成果、無しかあ…》
そんなに都合良くは行かないよね。
ラズライトがぐっと体を伸ばしながら呻くと、イリスも方位磁石を仕舞って肩を竦めた。
「まだ3分の1も調べてないしね」
それでも、進捗としては予想より順調なのだという。
失踪発覚から時間が経ちすぎているため、失踪者の痕跡を見付けるのは至難の業だ。
普通だったら、他の人間や魔物の活動跡に紛れて、失踪者の痕跡などとうの昔に分からなくなっている。
しかし、この台地の上は基本的に前人未踏の地。
イリスたち以前に人間が来ていた痕跡があったとしたら、それは失踪者たちのものである可能性が高い。
(…まあ、それ以前にこっそり登ってた人間が居ないとも限らないけど)
イリスという前例がある以上、居ないと断言はできない。
「とりあえず、今日のところはこの辺で──」
呟きながら周囲を見渡すイリスの視線が、ある一点で止まった。
《どうしたの?》
「……洞窟がある」
《え?》
イリスの視線の先には、黒褐色の岩塊が鎮座している。
大きさは、縦横3メートル、高さ2メートルほど。
夕日を反射して紅く染まっているが、これと同じような岩塊は、他にも複数ある。
近付くと、岩塊の側面に、人ひとりが横向きになって通れるかどうかというサイズの裂け目があった。
奥は下り坂になっているらしく、先が見通せない。
前に立つと、裂け目から湿り気のある冷たい風が吹いて来た。
どこか別の場所に繋がっているのかも知れない。
「これは…あやしいね」
イリスが見ていたのは、裂け目の奥ではなく、入り口付近の地面と壁面。
「何か硬いものが擦れた跡がある。これは…」
内部の岩壁には、白っぽい条痕が付いていた。
表面の一部にキラリと光るものが見え、イリスがそれをつまみ取る。
手のひらに置かれたのは、小さな灰銀の輝き。
《…金属の削りカス?》
ラズライトの呟きに、イリスが頷いた。
「ちゃんと調べないと分からないけど、多分精製された金属だと思う。この場所、この位置に金属カスが出て来るって事は──これ、金属鎧の擦れた跡なんじゃないかな」
《!》
どくん、と心臓が脈打った。
金属鎧を着けてこんな所に来るのは、冒険者くらいだ。
《それじゃあ…》
「──中に入ってみよう」
推測を口にせず、イリスが圧縮バッグを地面に降ろした。
拾った魔石をいくつかと、ワイヤーロープ、予備の手袋、回復薬などをウエストポーチに詰め替え、外套を羽織る。
「ラズライト、灯りの魔法は使える?」
《もちろん。任せてよ》
横に光の玉が浮かんだのを確認して、圧縮バッグをその場に残し、イリスがするりと岩の隙間へ入って行く。
最初は非常に狭かったが、2メートルほど下ると急に横幅が広くなった。
2人が立ったまま、並んで歩ける程度の空間。足場は悪いが、濡れてもいないし苔むしてもいないので、滑る恐れは無さそうだ。
《意外と広いね》
「うん。不思議…」
光に照らされた壁面には、所々に魔石が埋まっているのが見て取れる。
色も大きさも様々で、一貫性が無い。
ひんやりとした空気が、ラズライトのヒゲをくすぐる。
さらに進むと、どんどん気温は下がって行く。
下り坂はなだらかになり、唐突に行き止まりになった。
ここまで、分岐は一切無い。
《これで終わり?》
「うーん…」
イリスが行き止まりの壁に触れ、拳で軽く叩きながら調べて行く。
「──壁の向こうに広い空間があるね。…あ」
コン、と叩いた音の質感が変わった。
灯りを近付けると、土埃を払いのけた壁面が、ぬらりと光を反射する。
《氷…?》
壁の一部分だけ、岩ではなく氷で構成されていた。
土埃を手で掃いて取り除くと、この洞窟の入り口より少し広いくらいの岩の裂け目を、氷が塞いでいる事が分かる。
「これ、ちょっと普通と違う…自然の物じゃない…?」
《え?》
イリスが手袋を脱ぎ、素手で氷に触れて呟く。
改めてよく調べると、氷の中に魔力の気配が残っていた。
《これ、魔法で出来た氷だと思う。でも、どうしてこんな所に…?》
ここの気温は外より低いが、それでも水が勝手に凍るほどではない。
状況を見ても、天然のものではなく、魔法によって作り出されたものと考える方が妥当だ。
「冒険者…かな?」
《いや、でも…魔力の気配が魔物っぽいんだけど…》
氷に残存している魔力は、人間の理論的で整った魔法構築式ではなく、本能で構築される魔物の魔法に近い。
だが、氷属性魔法を扱う魔物は主に北方の寒冷地帯に棲み、温暖な南の半島には生息していないはずだ。
しかも、
(うーん、何だろ…魔力の質にも違和感がある…)
魔物の魔力に『近い』が、『そのもの』ではない。
引っ掛かりを覚えてラズライトが唸っていると、イリスが横で火の魔石を取り出した。
「とりあえず溶かしてみよう。氷魔法で出来た氷なら、火の魔力で打ち消せるよね? ラズライト、点火頼める?」
《あ、うん》
イリスが火の魔石を氷のすぐ下に置き、横に風の魔石を並べる。
ラズライトが火の魔石に魔力を込めると、ポッと小さな炎が生まれた。連動するように、隣の風の魔石から風が吹き出す。
風の魔石が生み出す上昇気流に乗って、火の魔石の炎が一気に燃え上がった。
2、3歩下がって様子を見ていると、十数秒ほどで炎は消える。
氷はきれいに消え去り、岩の裂け目がぽっかりと口を開けていた。
ひゅおう、と、ここよりさらに冷たい風が、裂け目の奥から吹き出して来る。
《すごく嫌な感じ》
「うん。気を付けて行こう」
風の中に含まれる、しっぽの毛をざわつかせるような冷たい魔力。
一気に場の温度が下がり、イリスの息が白くなる。
そして、裂け目を通り、目にした光景に──
──イリスとラズライトは言葉を失った。




