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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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45.崖登り

 オルニトミムスを森に残し、イリスとラズライトは台地沿いを海側まで進んだ。


 森が途切れ、下草が繁茂する少し拓けた空間を数メートルも進めば、海を臨む崖の上に出る。

 それはここに限った話ではなく、南の半島の東側の海岸線は、全て崖だ。


 高さ50メートル超の断崖絶壁の下にはコバルトブルーの海が広がり、激しい白波が磯を洗っている。

 台地も海に面していて、そちらの岩壁は高さ300メートル以上。見上げるだけで首が痛くなる。


「やっぱりこっちだね」


 周囲を見渡し、イリスが一つ頷いた。

 圧縮バッグから外套と手袋を取り出し、軽く屈伸運動する。


「ラズライト、バッグの上に乗ってくれる?」

《良いけど…まさか、ここから登る気なの?》

「そうだよ」


 ラズライトがバッグに乗ると、イリスは海に面した方の台地の岩壁を示した。


「台地は基本的にものすごく緻密で硬い岩石で構成されてるんだけど、海風と潮にさらされると、ちょっとだけ脆くなるんだよね。で、壁に凹凸ができる」


 陸側に面した岩壁は磨かれたように滑らかで、足掛かりにできそうな凹凸が一切無いのに対し、海側は所々にヒビが入り、少しだけデコボコしている。


 が、普通はこんな地形を登ろうとする人間は居ないだろう。

 つま先を突っ込めるかどうかくらいの足場しかない。


《ちょっと無茶じゃない?》

「大丈夫大丈夫。これくらいなら何とかなるって」


 ラズライトが圧縮バッグに体を固定すると、イリスはその上からすっぽりと外套を被った。

 フードを被ると、バッグとイリスの頭の間、ラズライトが居る空間はちょっとしたテントのようになる。


 ラズライトがイリスの首の横から顔を出すと、イリスは外套の前をきっちり閉め、裾をベルトで両太ももに固定していた。

 これで、風にあおられても裾がはためく事も無い。


 さらに特殊な皮で作られた手袋を装着すれば、準備は完了だ。


「念のため、ちゃんと掴まっててね」

《…分かった》


 イリスが岩壁に手を掛ける。

 陸側には足場など無いから、最初から海に面した方へ身を乗り出して張り付くしかない。

 左手の指先をわずかな岩の隙間に突っ込み、イリスは最初の一歩を踏み出した。


 命綱も無く、はるか50メートル下には黒い岩が露出した磯と荒々しい白波。

 眼前も上もほぼ垂直の岩壁。時折叩き付けるような強風が、海側から吹き付ける。


 もしイリスが足を踏み外したら、真っ逆さまに落ちるしかない。

 イリスは魔法が使えないし、ラズライトも飛ぶことは出来ない。

 浮遊魔法は使えるが、落下途中で正確に魔法を発動できる自信は無い。


 はっきり言って、滅茶苦茶怖い。


(と、止めるべきだったのかな…)


 そっと首を引っ込め、バッグの上に爪を立てて力一杯しがみつく。

 現状、自分にできる事は何も無い。朝、身体強化魔法を掛けようかとイリスに提案したのだが、手先足先の感覚が狂うからと断られてしまった。


 ラズライトの不安をよそに、イリスはゆっくりと崖を登って行く。

 登る速度が遅いのは、『三点支持』という崖登りの手法を使うからだそうだ。


 両手両足で合計4点。そのうち3点を身体を支えるのに使い、残り1点を動かして次の手掛かりや足場に移動する。

 一度に動かせるのが1か所だけだから、当然、移動はゆっくりになる。


『崖登りの基本は、急いで行こうとしない事と、焦らない事。多分ものすごく怖いと思うけど、我慢しててね』


 登り方の説明をしていた時のイリスの言葉の意味が、今更ながら理解できた。



 そして、2時間か3時間か、とても長く感じる時間が過ぎ──



「──っ!」


 イリスの気合いと共に、とうとう台地の上に到達する。


「……つ、着いた…!」


 流石にイリスの息も上がっている。

 ずるずると這うように進んだイリスが外套のフードを外すと、ラズライトの顔に涼やかな風が当たった。


《うわあ…!》


 眼前に広がった光景に、ラズライトは思わず感嘆の声を上げる。


 真っ平らな台地の上は、想像以上の絶景が広がっていた。


 岩場と草原、少しの灌木と泉、陸側の方には林もある。


 特筆すべきは、その中に点々と感じる濃密な魔力の気配だ。

 バッグのベルトから身体を引き抜き、気配のある地面を軽く掘ってみると、中央部に光を宿す赤い石──非常に純度の高い火の魔石が出て来た。

 別の場所には、枯れ葉をかき分けた先に黄色の魔石が埋まっている。


《すごいよイリス! ここ、魔石だらけだ!》


 黄色は地属性、緑は風属性。

 パッと見には分からないが、実は驚くほど純度の高い高品質の魔石が、地表付近にゴロゴロしている。


「そーだねー…」


 興奮気味のラズライトに対して、イリスは割と平静だった。

 と言うより、精根使い果たした風情で地面に転がっている。


《え、ちょっと、大丈夫?》


 慌ててイリスに駆け寄ると、彼女は横向きに倒れたまま、のろのろとラズライトに腕を伸ばして来た。


「滅茶苦茶頑張ったので…モフらせてください」



《………ああ、うん》



 頑張ったのは確かなので、撫でやすい位置まで近付く。

 ぽふん、と右手がラズライトの背中に置かれ、イリスの表情が緩んだ。


「あー……モフモフ……生き返る……」


 左手も伸びて来たので、その場に伏せて左手の上に顎を乗せてやる。


《ハイハイ、どうぞ》

「うへへへへ…」


 緩み切った表情は正直他人には見せられないレベルになっているが、とりあえず突っ込まないでおく。


 そのうち両手がわきわきと動き始め、ラズライトの全身を思う存分撫で回した後、イリスは満足そうな溜息をついて立ち上がり謎のポーズを決めた。


「ふっかつ!」

《…良かったね》


 毛皮を堪能するだけで回復するとは、実に不可思議な生き物である。


 ともあれ立ち上がったイリスは、改めて周囲を見渡した。


「うーん、いつも登ってる台地とは結構違うね」

《違うの?》

「いつもの方は、水は湧いてるけど植物はもっと少なくて、ほとんど岩場」


 だから鉱石採取が捗るのだという。


 一方ここは、とにかく植物が多い。

 天然の魔石がごろごろしているところを見ると、魔素も豊富なのだろう。


 手近な泉を覗き込むと、透き通った水の底にくすんだ藍色の砂利が大量に沈んでいた。

 イリスが手を伸ばし、二の腕まで水に浸かりながら掴み取ったその砂利は、全てきれいな正八面体。

 取った場所の下にはさらに同じ形の砂利が積み重なっていて、下に行けば行くほど鮮やかな青色をしているのが見えた。


「これ、見えてるのは全部、魔力を出し尽くした水の魔石だね」

《下の方にある石はまだ魔力がありそうだし、この泉、ひょっとして魔石が放出する水で出来てるのかな?》

「多分。すごい量だけど…もしかしたらここのずーっと下で、今も魔石が生成されてるのかもね」


 地下で魔石が生成され、それが台地の上へ押し上げられて、何かのきっかけで水を放出し始める。

 魔石が一つ魔力を放出し始めると隣接する魔石も連鎖反応を起こすため、このように水が湧き続ける泉になるのだろう。


 もしその仮説が正しければ、この泉の直下には、莫大な量の水の魔石が眠っている事になる。


《すごいところだね…》


 ラズライトは感嘆の溜息をつく。


 ドラゴンの棲み処を出て以降、様々な場所に立ち寄ったが、ここまで特異な環境は初めてだ。


「さすが南の半島だよね」


 イリスも一緒に溜息をついた。

 その後、ぼそりと付け足す。



「…ここの魔石持てるだけ持って帰ったら、いくらになるかな?」



《……ねえ、感動に水差すのやめない?》




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