44.オルニトミムス
茂みからにゅっと顔を出したのは、細長い首と細長い頭の生き物。
ラズライトはとっくの昔に気付いていたが、こちらを襲って来る事は無いだろうと判断してそのままにしていた。
「あれ、意外に積極的」
イリスが振り返り、平然とした顔で首を傾げた。彼女も気付いた上で放置していたらしい。
イリスと目が合った生き物はその場で見事に固まり、その後そっと目を逸らして、今度はラズライトと視線がかち合った。
《オルニトミムスが森の中まで入って来るなんて、珍しいね》
ラズライトがコメントすると、念話が珍しかったのか、生き物──オルニトミムスが小さく首を傾げる。
そしてそのままがさがさと茂みをかき分け、こちらに近付いて来た。
「おや」
体つきは普通だが、門で見たオルニトミムスと比べて一回り以上大きい。
体色も全体的に濃く、色鮮やかに見える。
野生のオルニトミムスを間近に見るのは初めてだが、人間に育てられた場合と野生とでここまで違うものなのか。
イリスの横から顔を突き出した赤い目のオルニトミムスは、ふんふんと鼻息荒く鍋の匂いを嗅ぐ。
「お腹空いてるのかな」
《多分ね》
態度があからさまで非常に分かりやすい。
オルニトミムスは雑食性だから、食べ物の匂いに釣られてここまで近寄って来たのだろう。
それにしても、遠慮の無い態度は野生を忘れているとしか思えないが。
「食べる?」
イリスが余った干し肉を差し出すと、オルニトミムスは鼻を近付けて激しく匂いを嗅いだ後、口の先で器用に干し肉だけを挟み、頭を上向かせて口の中に干し肉を放り込んだ。
ちょこちょこ首の角度を変えながら咀嚼する様は、何となくおやつを与えられた犬っぽい。
しばらくすると味が出て来たのか、オルニトミムスは目を輝かせて咀嚼に集中し始める。
その間にイリスが鍋の中身を一部取り分け、ラズライトの前に置く。
《いただきます》
「どうぞ」
風魔法で冷ましながらシンプルな肉のスープを堪能していると、ごくりと干し肉を飲み込んだオルニトミムスと目が合った。
物欲しそうな視線に、思わず半眼になる。
《これはあげないよ》
「クルァ!」
オルニトミムスは不満そうに短い鳴き声を上げた。
図体の大きさに比べて、かなり高い声だ。
《ダメ》
「クルルッ」
《これは僕の》
「ルッ」
《…》
ラズライトはじわりと身体から魔力を滲ませた。
言っても聞かない相手には、実力で分からせるしかない。
が、魔法を使おうとした途端、オルニトミムスはびくっと直立不動になった。
数秒硬直し、恐る恐るといった様子でこちらの様子を窺う。
「…クルッ」
そのうち何を納得したのか、オルニトミムスは数歩後ろに下がり、その場に座り込んだ。
一連のやり取りを見ていたイリスが、感心したように声を上げる。
「この子もしかして、ラズライトの正体に気付いたんじゃない?」
《まさか》
イリスの言葉を反射的に否定したが、オルニトミムスは先程までの無遠慮な雰囲気が無くなり、すっかり平身低頭している。
まさかとは思うが、ラズライトのドラゴンとしての魔力を感知したのだろうか。
「ルル…」
しょんぼりとうなだれるオルニトミムスに、イリスがバナナを差し出した。
「まあまあ。ラズライトはこの程度で機嫌を損ねるほど短気じゃないよ。これでも食べて元気出しなって」
「ル?」
オルニトミムスはバナナをきょとんと見詰めた後、ラズライトの機嫌を窺うようにこちらに視線を移した。
《…いいよ、食べて。さっきのも気にしてないから》
「クルッ」
ぱあっとオルニトミムスが目を輝かせ、バナナにかぶりつく。
干し肉よりもこちらの方が馴染みがあるようで、数秒もしないうちに皮ごとぺろりと平らげてしまった。
「おお、良い食いっぷり。もう1本食べる?」
「ルルッ」
1本、また1本と、バナナがオルニトミムスの胃の中に消える。
残り2本のところで、イリスは差し出すのを止めた。
「残りは私とラズライトの分。分かった?」
「ルルッ」
何やらすっかり馴染んでいる。
食べ物を貰うだけ貰ったオルニトミムスは、その場に座り込んだまま、口笛のような声で鳴き始めた。
抑揚を付けた長い声は、鳴くと言うより歌うと言った方が近いか。上機嫌である事が手に取るように分かる。
イリスが香草と調味料を鍋に追加し、全員が食事を終えるまで、オルニトミムスは機嫌良く歌っていた。
「あー…美味しかった。ターニャさんの干し肉って何でこんなに美味しいの」
《確かに、これで保存性もあるのは反則だね》
「ルッ」
オルニトミムスまで同意する。明らかに、こちらの話す内容を理解している様子だ。
「君も気に入ったの?」
「ルルッ」
イリスが訊くと、オルニトミムスはイリスの肩に軽く頭突きをした。
ごつごつと、額を押し付けるように小刻みに打ち付ける。
「あはは、良かったねぇ」
「クルルッ」
頭をわしわし撫でられたオルニトミムスが、嫌がる様子も無く目を細めた。
《ずいぶん変わったオルニトミムスだね》
あまりにも人馴れしすぎている。
「前に人に懐いてた事があるんじゃないの?」
「ル?」
《違うみたいだね》
「じゃあ、私らみたいなただの変わり者」
「ルッ」
《そこ、同意するんだ…》
確かにそれぞれ、同族の中でははみ出し者だが、一緒にしないでいただきたい。
しかしイリスは、気にする様子も無くにこにことオルニトミムスを撫で続けた。
「良いじゃん、仲間って事だよ。ねー」
「ルルッ」
その後、こちらを気に入ったらしいオルニトミムスはテントの外で一夜を明かした。
朝食の準備をしているところにオルニトミムスがどこからかバナナを持って来て、イリスは大層喜んでいた。
で、野営地を片付け、いざ台地の上へ向かうルートを探そうというところで、問題が発生した。
「ルルルル…」
ジト目でこちらを見詰めるオルニトミムス。
その口には、イリスの服の裾が咥えられている。
「こら、放してってば」
「クルッ!」
どうやって台地を登ったら良いのかという話をした途端、これである。
オルニトミムスは、台地を登るのは反対らしい。
まあそもそもオルニトミムスには登れないから、ついて行けないのが気に入らないのだろう。
「私たちは台地の上に用があるんだってば」
「クルァッ!」
抗議の声を上げて口を開いた瞬間に、イリスはパッとオルニトミムスの口から服の裾を取り返した。
しまった、という顔で服の裾を追いかけるオルニトミムスの頭をがしっと両手で掴み、イリスは至近距離で視線を合わせる。
「よし、それじゃあ──オルニトミムス、街に来る気はある?」
「クルッ?」
大っぴらに一緒に行動するためには、レンタルのロードランナーとして登録して、普段は他のオルニトミムスと一緒に門の中で暮らさなければいけない。
場合によっては、そこで繁殖して、一生を終える事になる。
イリスは懇切丁寧にオルニトミムスに説明する。
「私がこの南の半島に来るのは冬だけだから、他の季節は門で暮らすことになると思う」
「クル…」
「それでも良い?」
イリスの問いかけにオルニトミムスは少しの間沈黙し、その後大きな声で鳴いた。
「ルルッ!」
イリスの肩に頭突きする動作は、多分肯定の合図だ。イリスはホッと表情を緩め、
「じゃあまず、ここで3日間待っててくれる?」
「ル?」
「3日間で、台地の上の探索を終えて戻って来る。その後街へ行って、登録を済ませよう。そしたら、この南の半島の中ならずっと一緒に行動できるようになるよ」
オルニトミムスは『台地の上には行くな』と主張しているのだろうが、そこはこちらとしても譲れない。
だから、期限を設ける。
イリスの説明に、オルニトミムスは不満そうにしながらも納得したようだった。
「ルルル…」
「大丈夫。ちゃんと戻って来るよ」
オルニトミムスの頭を撫で、イリスは苦笑した。




