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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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43.南の半島

「来た! 1年振りの南の半島!」


 3つ目の門を出てすぐ、イリスは大きく両手を上げた。


《ちょっとイリス、なにはしゃいでるの》


 道行く冒険者たちが生温かい目でこちらを見ているのが少々いたたまれない。

 ラズライトが思わず無関係の振りをして顔を洗っていると、ひょいと後ろから抱きかかえられた。


「まあまあラズライト、儀式みたいなもんだから」

《え、まさかここ来るたびにやるの? あれ》

「やだな、その年の初回だけだよ」

《絶妙に恥ずかしいんですけど》

「そのうち慣れるよ」


 やめるという選択肢は無いらしい。


 そのまま圧縮バッグの上に乗せられたラズライトは、諦めて圧縮バッグの上面に付いたベルトに胴体をもぐり込ませた。

 本来は圧縮バッグを片手で持つときの持ち手だが、これがまた上手い具合にラズライトの胴体にフィットする。


「さて──走りますか」


 イリスがぐるぐると腕を回し、軽くその場でジャンプする。


「大丈夫そう? ラズライト」

《今のところは。危なくなったら言うよ》

「了解」


 抱きかかえられていた時とは違い、自分でバッグに爪を立てて体を固定しているため、放り出されるかも知れないという恐怖は無い。

 振動と浮遊感はあるだろうが、それは慣れだろう。


 じゃあ行くよ、と宣言したイリスは、かなりのスピードで走り出した。


 ご丁寧に門の前に敷かれた石畳の上を歩く冒険者たちを横目に、足首くらいの丈のある草むらの中を飛ぶように走る。

 驚いた表情でこちらを見る屈強な冒険者たちの顔が次々視界の端を横切り、すぐに見えなくなった。


(やっぱり速い)


 以前は森の中を疾走したため、遠近感のせいで速く感じたのかと思ったが、この草原を走ってもスピード感は変わらなかった。

 ちょっとした丘は一息に駆け上がり、窪地は一足飛びに跳び越えて、はるか遠くに見える台地を目指す。


 街から一番近いと言っても、徒歩で丸一日以上かかる距離だ。

 その時間は仕方が無いと思っていたら、イリスは『走れば半日で着くよ』と(のたま)った。


 そしてその宣言は、冗談でも何でもなく──




 何度かの短い休憩と昼食を挟み、夕日が水平線に掛かる頃。


 イリスとラズライトは、目的の台地のすぐ北にある林に到着した。


《…ホントに着いたよ…》


 圧縮バッグから飛び降りて、ラズライトは半ば呆然と呟く。


 まだ振動が続いているような感覚も、頭からしっぽの先までぶるぶると身体を震わせるとあっさり消えた。


「これは良いぶるぶる」

《変態発言しないの》


 目を怪しく輝かせるイリスの足をしっぽで叩き、ラズライトは軽く伸びをする。


 ずっとバッグに体を固定していただけだから、思ったより疲労感も少ない。明日以降、問題無く動けそうだ。

 周囲を見渡していると、イリスが圧縮バッグを地面に降ろした。


「まあとりあえず、今夜はここで野営して、明日の朝から登るルートを探してみよう」

《そうだね》


 イリスには他の台地に登った実績がある。

 ここの台地は未踏破だというが、ルートの目星くらいはついているのだろう。焦る様子も無い相棒に、ラズライトは一つ頷いた。


 イリスが素早くテントを組み立て、地面に簡易コンロをセットする。


 ラズライトが強引に勧めたため、今のイリスは普通の冒険者と同じくらい道具持ちになっている。

 テントはほぼワンタッチで組み立てられる丈夫なもの。簡易コンロは、専用の火の魔石だけではなく、それ以外の──例えば、魔物の体内から出て来るような──魔石でも、火属性の魔力の含有量が高ければ熱源として使えるという高性能品だ。


 加えて、


「ターニャさん謹製の干し肉―!」


 イリスがバッグの中から油紙の包みを取り出し、頭上に掲げた。


 今朝カラスの羽休め亭を出発する際、ターニャが持たせてくれた干し肉。

 ラズライトが食べられるよう、極力塩分を控えめにして作ってくれたらしい。


 一晩でできるものなのかと訊いたら、女店主は『企業秘密だ』と笑っていたが。


 なお、今日の昼食は同じくターニャが持たせてくれたお弁当だった。

 イリスにはバゲットサンド、ラズライトにはしっとりとした蒸し鶏。

 バゲットサンドは大層美味しかったらしく、その後のイリスの走りは午前の3割増しになっていた。


「もうにおいだけでたまらんのだけど」

《イリス、よだれ》

「おう」


 イリスが慌てて口元を拭う。


 干し肉はおおまかに千切って、簡易コンロの上の鍋に放り込む。

 水からゆっくり煮込んで旨味を引き出そうという魂胆のようだ。


「追加の食材採って来るから、鍋の見張りお願い」

《分かった》


 宵闇の迫る森に、イリスが素早く姿を消す。

 二度目ともなれば、すぐに気配が消えても驚く事は無い。


 鍋の水が沸騰する頃、イリスは右手に香草、左手にバナナを持って帰って来た。


「やっぱりこの辺は普通に食べられるものが少ないね」

《そりゃあ、南の半島だからね》


 ここは『あちらの世界』で言う古生物の宝庫で、いわゆる『普通』の生き物がほぼ居ない。

 植物については他の地域で見られるものも多少は生えているが、大部分が古代のシダ類などの原始的な種だ。人間が食べられるものは非常に少ない。


(…そういえばイリスは何度もここに来てるらしいけど、その時はどうやって食料調達してたんだろ?)


 出会った当初の所持品から推測すると、南の半島でもサバイバル生活を送っていた可能性は高いが、他の地域と比べて、ここでの食材確保はかなり難しいはずだ。


 訊いてみると、イリスは香草をざく切りにしながら肩を竦めた。


「まあ、多少は苦労するよ。ここら辺だと動物も植物も毒持ってるやつが多いし、甲冑(かっちゅう)魚は解体しにくいし、陸上の生き物は1人で食べるには大きすぎるし…ああ、でも」


 と、何かを思い出すように斜め上に視線を巡らせ、


「前に内湾の磯を巡ってた時は、毎日アンモナイト食べまくってたかな。ほら、あいつら浮遊魔法で時々海岸に上がって来るから、捕まえやすくて。それにイカみたいで美味しいんだよね」


 殻を掴んで振れば中身だけスコンて抜けるし。


《…アンモナイトって、3年前に捕獲禁止生物に指定されてなかったっけ?》


 こちらの世界のアンモナイトは小型だが、水魔法を使って海中を素早く泳ぎ、さらに浮遊魔法で海の上や海岸線沿いに進出してくる、なかなかアグレッシブな生き物である。


 しかしここ数年で数が激減し、浮遊魔法で陸に揚がって来る個体もほとんど見られなくなった。

 殻を磨くと宝飾品として利用できるため、冒険者に乱獲されたのだと言われていたが、まさか──


《…ちなみにイリス、それっていつ頃の話?》

「えーっと、5年前かな」

《合計でどれくらい食べたの?》

「大体毎日30匹くらい食べて…それが4ヶ月続いたから…1200匹くらい?」

《…》

「すごく美味しかったから、次の年も同じくらい食べました」

《………》


 ちなみに、現在のアンモナイトの推定生息数は、およそ5000匹。


 10年前の時点では、1万匹以上は生息していたと推定されている。


 つまり。


(…アンモナイトの激減の原因、イリスの食べ過ぎ…!?)


 それが主原因だとは思いたくない。

 少なくとも原因の一端は担っていそうだが、事実関係は確かめない方が良い気がする。


《…とりあえずそれ、他の人には言っちゃダメだよ》


 アンモナイトが美味しいとか、大量に食べたとか。


「? うん、分かった」


 5年前から4年前なら、まだ捕獲禁止生物ではなかったからセーフと言えばセーフだ。


 が、うっかり冒険者ギルドの関係者に知られたら、心証が悪くなるのは間違いない。

 下手をしたら尋問コースになる。


 イマイチ分かっていないイリスに懇々と言い聞かせていると、イリスの背後でがさりと茂みが動いた。



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