42.出発前
翌朝、カラスの羽休め亭を出て買い物を済ませ、イリスとラズライトは南の半島に繋がる門へとやって来た。
南の半島へ繋がる唯一のルート。
メインの大扉は金属製で、基本的には閉じている。一般人が迂闊に南の半島へ出てしまわないようにという配慮だそうだ。
南の半島に出入りする者たちは、大扉の脇に3つある通用門を通る。
今の時間帯は南の半島へ出発する者が多いため、2つが出発用、1つが帰還用となっていた。
出発用の通用門の中で簡単な書類を書き、門兵に提出すると、イリスの顔を見た門兵は軽く目を見張った。
「おっ、誰かと思えばお前さんか。1年振りだな」
「お久しぶり、門兵のおっさん」
「おっさん言うな」
どうやら知り合いだったらしい。
イリスは南の半島へ行くこともあると言っていたから、当然と言えば当然か。
「…ん? お前、冒険者になったのか」
書類に目を落とした門兵が意外そうに呟いた。
「なりたてほやほやの初心者デス」
「馬鹿言え。お前みたいな初心者が居てたまるかよ」
《全くだね》
ラズライトが思わず同意すると、門兵の男性はイリスの足元に居るこちらを覗き込み、驚いた顔をする。
「何だ、とうとうケットシーに手を出したのか」
前々から毛玉成分が足りないとかモフらないと飢えて死ぬとか言ってたもんなあ。
《え、何その変態発言》
「え? この世の真理じゃない?」
《そんな真理あるわけないでしょ》
と言うか、あってたまるか。
半眼でイリスを見上げていると、門兵が苦笑いする。
「まあ、アレだ。…頑張れよ」
《…無駄な足掻きのような気もするけどね…》
諦め半分の呻きは、イリスにも門兵にも笑って流される。
「──よし、通って良いぞ…ああいや、待て」
書類に判を押した門兵が、はっと顔を上げた。
「冒険者になったんなら、説明せにゃならん事がある」
「説明?」
門兵は頷き、別の兵士に業務を頼んで立ち上がった。
「ちょっとこっちに来てくれ。お前さん、あれは知らんだろうからな」
「?」
門兵の先導で、南の半島へ向かう鉄扉をくぐる。
街から一歩出ると、そこは草原だ。
人間の足首くらいまでの下草が生え、冒険者たちが歩く通路部分だけ、石畳が敷かれている。
その石畳を辿った先には、また巨大な石壁と門。
実はその門を超えた先にも、もう一つ門がある。
崖壁都市メランジを囲う石壁は、南の半島側だけ、3重になっているのだ。
門兵は扉を出てすぐ石畳を外れ、左へ折れた。
ついて行くと、その先に馬より大きな二足歩行の生き物が複数見えた。
(あれは…)
イリスが背負うバックパックに跳び乗り──少々悔しいが、このバックパック、確かにラズライトが上に乗るのに大変都合が良い──少し上体を持ち上げて、その生き物を観察する。
筋肉質だがすらりとした体格。
長い首にほっそりとした頭。
茶色と緑のまだら模様の表皮。
体格に対して小さめの手の先には、鋭い鉤爪。
「ロードランナー?」
イリスが小さく首を傾げた。
──ロードランナー。正式名称は、オルニトミムス。
『あちらの世界』で、白亜紀に生息していたとされる恐竜の一種である。
南の半島は、『あちらの世界』で言う古生代から中生代の生き物たちが跋扈する、この世界でも特異な場所なのだ。
もっとも、魔素が存在するこちらの世界では彼らも独自の進化を遂げ、ほぼ全ての種が魔法を使う『魔物』になっている。
中には、海生生物だったはずなのに水陸両用の飛行型魔物になっているものまで居る。
オルニトミムスも例に漏れず、こちらの世界では自身の身体に強化魔法を掛けて恐ろしい速さで平原を疾走する。
『あちらの世界』の時点で最高時速が60キロに達すると言われていた生き物が、さらに強化魔法を掛けるのだ。
魔法を使うせいか体格も若干変わり、頭部は少し大きく、首は太く、全長は少し小さくなっている。
それでも、人間よりずっと大きいが。
「こいつらは、人間を乗せて走るように訓練されててな。かなり高額だし南の半島限定だが、遠征する冒険者や物見遊山の裕福層に貸し出してるんだ」
《ああ、なるほど》
オルニトミムスには、自分が認めた相手に絶対服従する性質がある。
生まれた時から訓練すれば、人間を乗せて走る事もできるのだろう。
「へえ、そうなんだ」
南の半島にたびたび来ているはずのイリスは、初めて聞いたような顔でオルニトミムスを眺めている。
《イリス、知らなかったの?》
「私には縁のない世界だもの」
半目で見遣ると、肩を竦められた。
彼女はもう少し世事に興味を持った方が良いと思う。
「ところがどっこい、冒険者になったからには無関係じゃねぇんだよ」
門兵がほれ、とごちゃごちゃしたひも状の物体を差し出した。
「何これ?」
「頭絡──あー、ロードランナーの頭に付けて、手綱に繋ぐ道具だ」
ああいう感じだな、と示した先には、頭にひも状の物体を装着し、背中に鞍を乗せたオルニトミムスの姿。
冒険者が手綱を引いているから、どうやらこれから彼らの遠征に貸し出されるらしい。
「南の半島へ行く冒険者は、頭絡と鞍の携行が義務付けられているんだ」
《どうして?》
レンタルしないのであれば、必要無いと思うのだが。
「レンタルに使うロードランナーは生まれてすぐ訓練を始めなきゃならんのだが、そうするとここで繁殖させる必要があるだろ? けど、近親交配は色々と問題があるからな。冒険者には、野生のロードランナーを捕まえて来てもらってるんだ」
南の半島へ行く冒険者には例外無くこの仕事を依頼するため、ギルドの掲示板に貼り出すのではなく、門兵が直接全員に依頼して回っているらしい。
「え、でも野生のロードランナー捕まえるって難しくない?」
「だから全員に依頼してるんだよ」
全員に依頼しても、無事に回収できるのは年に2~3頭ほど。
オルニトミムスがこちらを格上と認めれてくれれば後は指示に従ってくれるのだが、勢い余って討伐してしまったり、帰還途中に別の魔物に襲われてしまったりと、失敗も後を絶たないという。
「というわけで、よろしくな」
門兵からオルニトミムスの装具一式を受け取ったイリスは、渋い顔をした。
「これって、私たちにあんまり利点無い気がするんだけど」
「そうでもないぞ」
門兵がにやりと笑う。
「捕まえたロードランナーは繁殖用としてこっちで預かるが、捕獲した者が希望すればいつでも格安で貸し出す。──まあ、その個体が妊娠してたり子育て中だったりしたら無理だけどな」
自分で捕まえたオルニトミムスのレンタル料は、通常の10分の1以下。
ついでに、依頼は無期限で、失敗したとしてもペナルティは無い。
捕獲用に貸し出された道具を無くしたり壊したりしても、実費のみで再貸し出ししてくれる。
「まあ、できればで良い。余裕があればぜひ挑戦してくれ」
門兵も基本的にあまり期待はしていないらしい。
イリスは圧縮バッグに装具一式を放り込み、肩を竦めた。
「了解。余裕があればね」




