41.ジーンの願い
お金がもったいないと駄々をこねるイリスをなだめすかしたり説教したりしつつ必要な物の買い出しを終え、カラスの羽休め亭に帰って来た時には、既に夕食の時間になっていた。
「おかえり!」
《ただいま》
「戻りましたー」
ターニャの笑顔に、何となく肩の力が抜ける。
手をタオルで拭きながら出て来たターニャは、イリスが背負っている圧縮バッグを見て顔をほころばせた。
「ああ、新しいバッグにしたのかい!」
《レンタル品だけどね》
「いや、良い型じゃないか。レンタルって事は、無事に冒険者登録もできたんだろう?」
「はい、おかげさまで」
イリスが頷くと、ターニャは良かったねえ、と自分の事のように喜んでくれる。
「夕飯、出来てるよ。荷物を部屋に置いておいで」
「やった!」
その言葉を聞いたイリスの行動は素早かった。
ラズライトを肩に乗せたまま部屋に駆け上がり、荷物を下ろして手を洗うと、食堂スペースに戻って来る。
その行動を予測していたのか、イリスがテーブルにつくとすぐ、ジーンが皿を並べ始めた。
今日の夕食は、ハーブをたっぷり使ったチキンステーキとふわふわの白パン。
野菜たっぷりの具沢山スープはおかわり自由だと言われ、イリスが目を輝かせる。
「ラズライトさんには、チキンのオーブン焼きです」
《ありがとう》
ラズライトにも塩分控えめの料理をきっちり用意してくれるあたり、本当に良い宿だ。
美味しい夕食をあっという間に平らげた後、ジーンがイリスに食後の紅茶を、ラズライトに温めたヤギミルクを持って来てくれた。
「あー…沁みる…」
イリスが紅茶を一口飲んで、緩み切った溜息をつく。
その横で、厨房にも戻らず、ジーンがトレイを抱えて思い詰めた顔をしていた。
「…あの、イリスさん」
「うん?」
「冒険者登録を済ませたって事は、これから南の半島に行くって事ですよね」
別に冒険者でなくても南の半島には出入りできるのだが、ジーンにとっては冒険者登録を済ませてから南の半島に行くという流れが常識らしい。
確かに明日から、イリスとラズライトは南の半島に行く。
イリスが一瞬言葉に詰まると、ジーンは真剣な顔でイリスに詰め寄った。
「イリスさん、お願いがあります」
《ジーン?》
「私を、一緒に連れて行ってください」
「ジーン、何を言い出すんだい!」
声が筒抜けだったらしく、ターニャが顔色を変えて厨房から出て来た。
しかしジーンは振り返らず、イリスとラズライトだけを見詰めている。
「私、南の半島へ行きたいんです」
《…理由を聞いても良い?》
ラズライトが尋ねると、ジーンは一瞬目を伏せた。
「……父を、探すためです」
「ジーン…」
「──3年前に、父は南の半島で消息を絶ちました」
今まで、何の手掛かりも見付かっていません。
淡々とした言葉が、悲痛な響きを帯びる。
「だから、私が探しに行きたいんです。きっと、どこかで待っているはずだから」
ターニャが悲しげに首を横に振った。
「ジーン、3年も前の話だ。おそらく、もう──」
「父さんは生きてる!」
ターニャの言葉を遮り、ジーンは強く首を横に振った。
「まだ、『魂糸の石』は光ってるもの!」
(…え?)
悲痛な中にも、確信を持ったジーンの叫び。その言葉に、ラズライトは目を見開いた。
──魂糸の石。
錬金術で作られる、非常に特殊な石である。
その石に魔力を込めると、魔力を込めた人物の魂とその石とが繋がり、その人物が生きている限り石が光り続ける。
かつて、戦場に赴く者が恋人や家族に贈っていたらしい。
ただし、錬金術でその石を作成している時に立ち会って魔力を込めなければいけない、必要な魔力量が相当多いなどの理由で、今ではすっかり廃れている。
《…ねえそれ、見せてくれないかな?》
ラズライトがお願いすると、ジーンは目に涙を浮かべたまま頷き、一家のプライベートスペースへ駆け出した。
バタン、と大きな音を立てて扉が閉まると、ターニャが大きく溜息をつく。
「…すまないね、イリスさん、ラズライトさん」
「いえ…」
イリスの返事も、流石に歯切れが悪い。
《さっきのジーンの話…魂糸の石があるって、本当なの?》
「いや…あれはお土産物の光る石だよ」
「え?」
ターニャは首を横に振り、沈痛な表情で呟いた。
「観光地でよくあるだろう? 光の魔石を使った、ガラスのアクセサリーさ。ジェフが──私の夫が、出発前にジーンに渡していてね。どこで手に入れたのかは知らないが、『これは魂糸の石だ、これが光っている限り、自分は生きているって事だから』ってね…」
単なるお土産物でも、光の魔石の品質によっては、何年も光り続ける場合がある。
しかし、それをジーンが魂糸の石だと信じ切っているのだとしたら、それはそれで痛ましい話だ。
ラズライトが目を伏せると、ジーンが右手に何かを握り締めて戻って来た。
「──これです」
そっとテーブルの上に置かれたのは、銀の鎖のペンダント。
ひし形のシンプルな枠の中央に、透明なガラス玉が嵌まっている。
そのガラス玉の中に、薄く緑色を帯びた微かな光が見えた。
「確かに…光ってるね」
目を凝らしてガラス玉を見ながら、イリスが呟く。
わずかに魔力を感じるが、光の魔石を利用しているからだろうか。
光は今にも消えそうなくらい微かで、昼間に外で見たら分からないくらいの明るさだった。
「前は、もっと明るかったんです。でも、今は、もう──」
ジーンは言葉に詰まり、ぐっと口元を引き結んで顔を上げた。
「だから、私が探しに行きたいんです。この光が消えてしまう前に。お願いです、イリスさん──」
「ダメだよ」
イリスがはっきりと答え、ジーンは目を見開いた。
「ダメだよ、ジーン。リスクが高すぎる」
「でもっ…!」
泣きそうな顔で言い募ろうとするジーンに、イリスは冷静に首を横に振る。
「お父さんが生きているならなおさら、ジーンはここで待ってなきゃ。入れ違いになったらいけないでしょ?」
いっそ穏やかな顔で告げる。
ジーンはしばらく絶句していたが、やがてそっとペンダントを手に取り、すみませんでした、と消え入りそうな声で頭を下げて、プライベートスペースに姿を消した。
「…本当に、すまないね、イリスさん、ラズライトさん。気にしないでおくれ」
「いえ、大丈夫です」
《ターニャこそ、気にしないでよ》
改めてヤギミルクに口をつけるが、あまりの後味の悪さに、甘いはずのヤギミルクが苦く感じる。
それでも無理矢理流し込んで部屋に戻ると、ラズライトは思わず溜息をついた。
《…ジーンのお父さんも、罪な事するよね》
光の魔石のおもちゃを魂糸の石だと言って渡すなど──子どもを安心させるためとはいえ、やりすぎだろう。
しかしイリスはラズライトに同意せず、真剣な顔で顎に手を当てた。
「──いや、あれ本物だよ」
《え!?》
「本物の魂糸の石。側面の文様が前に錬金術師の友人のところで見せてもらったのと同じだし、気配も似てたから、間違いないと思う」
では、まさか──
《じゃあ、ジーンのお父さんは》
「生きてる可能性が高い。…かなり光が小さくなってたから、無事とは言い難いけど」
ざわ、と背中が総毛立つ。
ならば、自分たちがやるべきことは。
「──明日の朝イチで、アイテムを買い足しに行こう」
今までになく真剣な顔で、イリスが言った。
「生きてる可能性があるなら、回復薬とか応急処置道具とか緊急用信号弾とか、色々要るよね」
《──うん》




