40.行方の目星
《まずは、行方不明になった人たちについてだけど──》
ラズライトが言うと、イリスがメモ帳をぺらぺらとめくる。
「それはギルドの報告書に書いてあったよ。剣士、魔法使い、スカウト、回復術師の4人組。うち、剣士、魔法使い、スカウトの3人はパーティを組んでて、回復術師は助っ人参加だったみたいだね」
《その辺についてはこっちの冒険者の証言に補足があるよ。スカウトと回復術師は昔別のパーティを組んでて、回復術師の引退を機に解散したんだって》
「じゃあ回復術師は、昔馴染みに声を掛けられて参戦って感じなんだ」
《ちなみに、その回復術師がターニャの旦那さん──ジーンのお父さんだね》
ターニャの夫は5年前に冒険者を引退したと聞いている。
その後再び昔の仲間に請われて冒険に出たという事は、元仲間との関係も良好だったのではないだろうか。
「年齢は、20代前半から40代…結構幅広いね」
《剣士と魔法使いが若いから、スカウトは彼らのアドバイザー的な役割だったんじゃないかな》
そういう構成のパーティは珍しくない。
上手く噛み合っていれば、若者だけで構成されるパーティに比べてトラブルが少なく、依頼の達成度も高い優秀なパーティになる。
それを反映してか、今回の失踪者たちの冒険者ランクは3等級から4等級。
誰がどう見てもベテランの域だ。
そんな彼らが、一斉に消息を絶った。
《彼らの持ち物についての情報は?》
「えっと…これだね」
イリスがメモ帳のページを開く。
持ち物の全一覧ではなく、出発前に買い込んだ物のリストだが、干し肉、干し果物などの保存が効く食料と、飲料水用の水属性の魔石、携帯コンロ用の火属性の魔石のほかに、太めのワイヤーロープ、ザイル、フックなどの道具が並ぶ。
《とりあえず、食料の量的にはあんまり長期の予定ではなかったみたいだね。1週間くらいかな》
「え、そう? これくらいあれば4人でも1ヶ月は余裕じゃない?」
《君の基準に当てはめないの》
イリスだったら現地調達・現地消費で調味料さえあれば何とでもなるのだろうが、普通の冒険者の食事は保存食がメインで、余裕があれば狩りをする程度だ。
そう指摘すると、イリスが嫌そうな顔をした。
「ええ、あんまり美味しくなさそう」
《まあ否定はしない》
干し肉は塩辛くて固いし、咀嚼するのも大変だ。
──それでも一昔前よりかなりマシになったのだが。
「でも食料が1週間分ってことは…やっぱり遠くまで行く予定じゃなかったんだ」
《そうだね》
頷いて、地図を見遣る。
イリスが情報を書き込んだのは、主に半島の北半分──つまり街に近い方だ。
南側は情報がまばらで、失踪直後の捜索でも、『遠くには行っていないはず』という推測の元に捜索地域を割り振っていたことが分かる。
《そのくらいは、当時も把握してたみたいだね。調査地域が北側に集中してる》
「うん。──でも結局、何の手掛かりも見付からなかった…」
イリスが地図に書き込んだ情報を指でなぞり、ある一点でぴたりと止める。
「…って事は、やっぱりここが怪しいと思うんだけど」
半島の北側にあって、情報が一切書き込まれていない空白地帯。
街に一番近い台地を指差すイリスに、ラズライトは溜息をつく。
《タッカーたちも言ってたじゃないか。その台地には登れないって》
それに、登ったような形跡も無かったという話だ。
しかしイリスは、頑固に首を横に振る。
「1週間で街から往復できる距離で、未発見の鉱床がありそうな場所って言ったら、ここしかないよ。それに、」
彼らが失踪当時に購入していた物のリストを示し、
「ザイル、ワイヤーロープ、フックって、明らかに岩壁を登り降りする時の道具だし」
《そんな普通の装備で登れるわけないでしょ?》
あの台地の岩盤には、アンカーボルトも打ち込めない。
ロープの類を持っていたとしても無意味だ。
ラズライトが指摘すると、イリスは頷いた。
「うん、登る時には使わないよ。私は普通に降りちゃうけど、この人たちは降りるのにロープを使う前提で持って行ったんだと思う」
(………ん?)
一瞬、とても強い違和感があった。
──今、イリスは、登った事がある前提で話をしていないか?
《……ねえイリス、今の発言、何だか南の半島の台地に登った事があるみたいな感じに聞こえたんだけど》
恐る恐る問い掛けると、案の定、イリスは当たり前という顔で頷いた。
「そうだよ」
《嘘でしょ!?》
「ホント。いつも登るのはもっと南の台地だけど。あのミスリル原鉱のノジュール拾ったのって台地の上だもん」
《……》
思わずあんぐりと口を開け、目の前の新米冒険者を凝視する。
(あり得ないでしょ、普通…)
──いや、だが、このイリスだ。常識に当てはめてはいけない。
「何か失礼な事言われてる気がする」
《気のせい》
さらりと流し、
《…っていうか、登れるって、何でカイトとかタッカーとかと話してる時に言わなかったのさ?》
「この台地の事じゃないし、言ったらものすごく面倒な事になる予感がして」
《………いやまあ、否定はしないけど》
タッカーに『登れない』と言われた時、イリスは反論しなかった。
まああの時『他の台地になら登った事がある』と主張していたら、彼らを混乱の渦に巻き込むのは間違いないだろうから、黙っていたのはある意味正解かも知れない。
「それに登れるって言っても、この台地は行けるかどうか分かんないし。よっぽど体力と身の軽さに自信がある垂直崖登りの経験者じゃないと無理だと思うし。あと、体力的に大丈夫でもうっかりすると飛行型魔物の餌食になるし」
イリスの基準でその判断だと、普通の冒険者にはまず無理な気がする。
《どれだけ危ない橋渡ってるの…》
「いやー、外套サマサマだね」
イリスが言うには、外套をすっぽり被っていれば魔物に見付かる恐れは無いのだという。
透湿防水、自動修復機能の他に、任意で発動できる隠蔽機能も付いているそうだ。
(…外套1枚にこれだけ機能を満載できるって…)
製作者は、よほど優秀な錬金術師なのだろう。
「そんなわけで、この台地の上を探してみたいと思うわけですよ」
《…まあ、行けるなら探してみるのも有りだと思うけど…》
実際、失踪者たちが行きそうな範囲で捜索が不十分な地域はそこしかない。
じゃあ決まり、と嬉しそうに言い、イリスはまとめた資料を片付け始める。
《そしたら、買う物が増えるね》
「え、今のままで大丈夫だよ?」
《ワイヤーロープとか、崖を滑降するための装備は? 登った先で何があるか分からないし、登ったルートで降りられなくなった時の保険は要ると思う》
「あー…うん」
イリスは視線を斜め上に巡らせ、深々と頷いた。
その動作にやけに実感がこもっているように見えて、ラズライトは半目でイリスを見遣る。
《…イリス、今何想像したの?》
「いや、そういえばあの台地のあたり、飛行タイプの大型魔物がちょくちょく飛んでた気がするなーって…」
《……分かった。閃光魔法弾も買おう》
「高いじゃん!?」
《命より高い物は無いの! あと君、今そのくらい買えるお金は持ってるんだからね!?》
懐事情は改善されても、イリスの脳内の所持金は増えていなかった。




