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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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39.失踪事件の記録

 ミスリル原鉱の代金を受け取った後、タッカーに昼食をご馳走になり、イリスとラズライトは冒険者ギルドへ戻って来た。


「ターニャさんの依頼、あるかな?」

《あると思うよ。依頼人が取り下げない限り、基本的にはずっと貼り出されてるはずだから》


 もっとも、その『ずっと貼り出す』のにも定期的に費用が掛かるため、長期にわたり同じ依頼を出し続ける人間は非常に少ないのだが。


 昼過ぎという時間のためか、依頼掲示板の前は閑散としていた。

 掲示板を眺めるイリスの肩に跳び乗り、ラズライトも依頼の紙を1枚1枚確かめる。


「北の平原でククリ草採取、南の半島の定期調査──あ、これ依頼人個人じゃなくてギルドなんだ」

《そういうやつも結構あるみたいだね。こっちの『未踏破地域Aの調査』もギルドからだよ》


 依頼人は、個人、連名、商業ギルドに行商の商隊、冒険者ギルドまで様々だ。

 依頼自体は採取や魔物の討伐が多めだが、旅の護衛や、『南の半島の観光案内』などという変わり種まである。


「…南の半島って観光地だっけ?」

《…危ないからこそ見てみたいっていう物好きが居るんだろうね…》


 報酬金額は高いが、依頼の日付がかなり古い事を考えると、観光案内という仕事は冒険者のウケが悪かったようだ。

 …まあ、一歩間違えれば死ぬような場所に観光気分の素人を連れて行くのは、完全に自殺行為だから当然か。


「──あった」


 程無く、イリスが右上の端に目を留めた。


 視線の先にあるのは、1枚の依頼書。

 随分長い間貼られているらしく、紙が日焼けして少し茶色っぽくなっている。


 依頼は、『行方不明者の捜索』。

 依頼人は連名で、その中に『カラスの羽休め亭』のターニャの名前もあった。


《うん、間違いないね》

「じゃあ、これを受注っと…」


 イリスが軽く背伸びして、依頼書を掲示板から剥がす。

 1枚剥がすと、その下から同じ内容の紙が出て来た。どうやら、複数人で同時受注できる依頼に関しては、依頼書を何枚か重ねて貼っているらしい。


「依頼の受注処理をお願いします」


 冒険者登録の時にジュリアに教えられた通り、受付カウンターに冒険者登録のメダルと依頼書を提出する。

 担当の男性は、書面に目を走らせて少し驚いたような顔をした。


「ええと…こちらの依頼ですか?」

「はい」

《ランク制限は無いみたいだから、受注できるよね?》


 難易度の高い依頼の場合、受注できる冒険者ランクが制限されている事がある。

 基本的に冒険者の怪我や死亡は自己責任だが、そういったリスクを少しでも減らすためにギルドが設けた予防措置だそうだ。


 しかし、今回の『行方不明者捜索』の依頼に関しては、受注制限は設定されていなかった。

 ラズライトが指摘すると、男性は慌てて頷き、素早く手続きを済ませてくれる。


「──はい、これで手続きは完了です。依頼に関して、何かご質問はございますか?」

《この件に関して、これまでの調査記録を見せてもらう事ってできるかな?》


 イリスがメダルを受け取ったのを確認してから訊けば、男性はまた戸惑った顔をした。


「調査記録ですか。かなりありますが──最新のものでよろしいですか?」

「いえ、過去のものを含めて、保管してあるやつ全部でお願いします」


 イリスが即答すると、男性は今度こそ胡乱な顔でイリスとラズライトを眺めた。


 恐らくここ最近、この依頼を受注した者は居なかったのだろう。

 居たとしても、今までの記録を全部見せろなどと言う者は居なかったに違いない。


 平然とその視線を受け止めていると、男性の背後から声が掛かった。


「どうかしましたか?」


 男性があからさまにホッとした顔で振り返る。

 カウンター奥の扉から出て来たのは、金髪の美女だった。


「ジュリアさん。実は──」


 男性が簡単に事情を説明すると、ジュリアは軽く眉をひそめた。


「3年前の行方不明事件の資料…」


 呟きながら視線を上げ、こちらの姿を目に留める。


「あら、イリスさん、ラズライトさん」


 あなた方でしたかと表情を綻ばせるジュリアに、男性がえ…と呻いた。


《ジュリア、さっき振り》

「どうも」

「随分珍しい依頼を受注しますね」

「まあちょっと、思うところがありまして」

「初めての依頼がこの内容で大丈夫ですか?」

《やれるだけやってみるよ。すぐに解決できるとは思ってないけど》

「そうですか。こちらとしても、この依頼を受けていただけるのは助かります」


イリスたちの無茶振りをジュリアに止めてもらいたかったのだろうが、残念ながらジュリアはこちらとにこやかに話している。


「3年分の調査記録を全てとなると、ここで閲覧するのは難しいですね。資料閲覧室を一つ確保しますから、そちらで見ていただいてもよろしいですか?」

「分かりました」


 イリスが頷くと、ジュリアは男性を振り返り、当たり前の顔で告げた。


「第1閲覧室へ、該当する資料を全て持って行ってください」

「え、ですが、ジュリアさん」

「量が多いですから、私もお手伝いしますよ」


 さらりと付け足すあたり、流石はデキる職員である。



 ジュリアに教えられた資料閲覧室に入ると、中は思ったより広かった。

 4人掛けのテーブルセットが中央に設えられ、メモとペンも用意されている。


「お待たせしました」


 しばらくして、男性職員とジュリアが資料を抱えて入って来た。

 どさどさとテーブルの上に置かれた紙の束は、それぞれ40センチくらいの高さで2山。

 予想以上に多い資料に、イリスがひくっと頬を引きつらせた。


《ありがとう。読み終わったら、どこに返却すれば良いの?》

「ここに置いたままで大丈夫ですよ。部屋を出て受付に一声掛けていただければ、後は私たちが片付けます」


 至れり尽くせりである。


 ジュリアたちが退出すると、ラズライトはテーブルに跳び乗って書類の山に向き合った。


《ほらイリス、早く始めないと。今日中に情報をまとめて、買い出しも済ませて、明日の朝には出発したいんでしょ?》

「うう…頑張る」


 イリスが渋々椅子に座り、書類の山から一束取った。

 軽く目を走らせて、眉を寄せる。


「これ、初期の捜索に加わった冒険者が書いた報告書だ」


 ラズライトが覗き込むと、大変個性的な字で判読困難な文章が並んでいる。

 ぺらぺらとめくると、几帳面な字で書かれたもの、走り書きのようなもの、書き込みのある地図──雑多な情報がランダムに重なっている事が分かった。


《……とりあえず、最初に書類の分類からかな。冒険者直筆の報告書はこっち、地図はそっち、ギルドがまとめた報告書っぽいやつはここ、で、よく分からないものはあっち。大体で良いから、分けよう》

「こういうの苦手なのにー……」


 だろうね。


 内心で深々と頷くが、効率を考えたらこれが最良の方法だ。苦手でも何でもやるしかない。


 渋々書類を分け始めるイリスの横で、ラズライトも風の魔法を使い、もう一山の書類を分類していく。


「ラズライト、何かいたずら書きみたいなの出て来たんだけど」

《うわ、何コレ》

「……魔物?」


《あ、ちょっと待って。これ裏表逆だ。反対側に字が書いてある》

「ええ…せめて裏と表くらいは統一しといてよ…。…しかもこれ、ギルドがまとめた中間報告書じゃん」


《……書いた人、疲れてたんだよ。多分》


 いたずら書きの下に小さく『15連勤記念死ぬ。つか死ね』と書いてあるのは気のせいだろう。

 あと、その『魔物っぽい何か』が呪詛を掛ける人の顔のように見えるのは…気のせいだと思いたい。


 そんなこんなで書類を振り分け、分類の終わった書類を片っ端から確認すること2時間。


「これで…最後……!」


 まるでラスボスにとどめの一撃を食らわせる時のような迫力のある声と共に、イリスが最後の書類を読み終わった書類の山に重ねた。


《意外と早かったね》


 ラズライトが冒険者の報告書とその他の書類、イリスが地図とギルドの報告書と手分けして確認した結果、ラズライトの予想の半分程度の時間で全ての書類を読み終わった。


 一番意外だったのは、イリスの情報処理能力の高さだ。

 彼女は、複数枚の地図に書き込まれていた大量の情報を逐一整理しながら自分の地図に書き写していた。

 ギルドの報告書の内容に関しては、位置情報は地図に、それ以外の情報はメモ紙に箇条書きする徹底ぶりである。


 これのどこが『苦手』なのかと問いただしたくなるが、多分、適性以前の問題として、本人はこういう作業が嫌いなのだろう。


《さて──それじゃあ、改めて情報をまとめようか》


 ラズライトが背筋を伸ばすと、イリスがテーブルに突っ伏した。



「……デスヨネー…」



 これで終わりではないという絶望感漂う風情に、ちょっぴり同情した。




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