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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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38.ミスリル原鉱

 バックパックのレンタル手続きを済ませ、古いバックパックとわずかな荷物を早速その中に放り込み──小さなポケットにしゅるりと吸い込まれて行く様を見て、イリスは何やら歓声を上げていたが──ギルドを出て、タッカーの武具工房へやって来た。


「おう、来たか!」


 炉の準備は終わっているらしく、タッカーは椅子に座って麦茶を飲んでいた。


 すぐにでも作業に取り掛かりたいのだろう、テーブルの上には麦茶の入ったやかんの他に、使い込まれた外見をしたハンマーが置かれている。


《タッカー、準備はできてるの?》

「もちろんだ! すぐにでも始められるぜ!」


 とてもテンションが高い。


 イリスが圧縮バッグからノジュールを取り出すと、タッカーはハンマーを手に、奥の炉の部屋まで案内してくれた。

 黒光りする金属でできた台の上に秤を出し、ノジュールの重さを確認する。


「──結構あるな」

《足りそう?》

「まだ分からん。問題は、ノジュールの中身の種類と比率だからな」


 中身が全てミスリル原鉱だったとしても、ノジュールの『殻』の厚みによっては中身がごくわずかな事もある。そればかりは、割ってみなければ分からない。


 秤をしまうと、タッカーは引き出しから黒い遮光眼鏡と分厚い耐熱手袋を取り出した。


「イリス、これを着けろ。もしミスリル原鉱だったら、すぐに炉に放り込まなきゃならねぇ」

「分かった」

「ラズライト、お前は念のため、遮光と耐熱の魔法を自分に掛けておけ。ミスリル精製炉の火の近くはきついぞ」

《了解》


 イリスが遮光眼鏡と耐熱手袋を装着し、ラズライトが自分に魔法を掛け終わると、タッカーは炉に付いた小さな扉を開ける。

 途端、青白い光が部屋中に満ちた。

 遮光魔法を掛けているから周囲の様子が分かるが、普通だったら網膜が焼かれるのは間違いない。

 室温もぐっと上がり、タッカーとイリスの額から一瞬で汗が噴き出した。

 暑いと言うより、熱い。フライパンの上の食材はこんな気分だろうか。


「やるぞ!」


 タッカーがノジュールにハンマーを振り下ろした。

 一発で真っ二つに割れたその中身は、薄らと蒼い透明感のある結晶。離れていても、濃厚な魔力がゆらりと立ち昇るのが分かる。


 タッカーが目を見開き、ニヤリと笑った。


「ミスリル原鉱だな。間違い無ぇ」


 見ている間に、その結晶の表面が白く変色し始める。


「変質が始まった!」

「やべぇ!」


 タッカーが慌ててハンマーを振り下ろし、ノジュールをさらに砕いた。

 飛び散った破片の中から手当たり次第に結晶だけを拾い集め、炉に放り込む。


「イリス、お前も拾って炉に入れろ!」

「分かった!」


 そこから先はスピード勝負だ。

 タッカーがノジュールを割り砕き、出て来た結晶だけを2人で拾い集めて炉に放り込む。

 その作業を3回繰り返すと、タッカーが炉の扉を閉めた。


「……ふう」


 炉の炎が見えなくなると、部屋がかなり暗くなったように感じる。

 もういいぞ、と言われて、イリスは手袋と眼鏡を外し、ラズライトは遮光と耐熱の魔法を解いた。ついでに、風の魔法で外気を取り入れ、軽く部屋の温度を下げてやる。


「うあー…」


 イリスが額の汗を拭い、上衣の裾をつまんでバタバタと上半身に空気を送り込む。


 ほんの数分で顔は酔っ払いのように赤くなり、さらに首元も真っ赤だ。

 炉の炎に慣れているはずのタッカーも汗だくで、ミスリル精製の時の炉がいかにとんでもない代物か、よく分かる。


「あっつい…やばい…」

「ミスリル精製炉はこんなもんだ。何度やったって慣れやしねぇ」

「…これに慣れたら色々と終わりな気がする…」


 イリスのコメントに、タッカーは確かにな、と笑った。


 その後、周囲に飛び散った残骸を拾い集め、秤で重さを確認する。

 最初に確認したノジュールの重さとこの残骸の重さの差を、ミスリル原鉱の重さとするのだという。


「ミスリル原鉱自体の重さをはかってる暇なんざ無いからな」

「確かに、重さ確認してる間にダメになっちゃうよね」


 先程の変色の早さを考えると、冗談ではなさそうだ。


 重さを確認し終わると、軽く周囲を片付けて部屋を退出し、やかんが置かれたままのテーブルにつく。


「──しっかし、やべぇな」


 タッカーが腕組みして唸った。


「まさか全部アタリとは…お前、こんなもんどこで拾って来た?」

「内緒」


 麦茶をがぶ飲みしたイリスは、ぴっと人差し指を唇に当てて即答する。


「──まあ、意外と近くだとは言っとく」

「何? この近くなのか?」

「内緒だけどね」


 ニヤリ、人の悪い笑み。


 結局、イリスが持ち込んだ3つのノジュールの中身は、全てミスリル原鉱だった。

 本物は初めて見たが、あの蒼味を帯びた透明な結晶がミスリルになるのかと思うと、とても不思議だ。


《ミスリル原鉱って、金とか鉄鉱石とかみたいに、いかにも金属って見た目だと思ってたよ》

「だよね。私も話には聞いてたけど、初めて見付けた時は嘘でしょって思った」


 イリスが深々と頷く。


 タッカーが、は? と目を見開いた。


「いや待てお前、話には聞いてたって…ミスリル原鉱の見た目の話なんざ、どこで聞いた?」


 ミスリル原鉱は、一般にはドワーフが保有している鉱山でしかお目に掛かれない希少な鉱石とされている。

 変質前の本物のミスリル原鉱を目にすることができるのは、鉱山で働く者か、その加工に携わる者──つまりドワーフだけだ。

 ドワーフたちはミスリルの加工方法を秘匿しているから、ミスリル原鉱の見た目の情報も、おいそれと知る事はできない。


 ではなぜ、イリスはそれを知っているのか。


「私に鉱石とか地質について教えてくれたじーちゃんから聞いたんだけど…え、普通は知らないの?」


《うん。僕も今日初めて知った》

「普通は知ってるはずねぇわな」


「えええ…?」


 イリスが頭を抱えた。今更ながら、自分のおかしさに気付き始めたようだ。


「そのじいさんっつーのは、ドワーフか?」

「いや、違うよ。立派なひげのキュートなおじいちゃんだったけど、ドワーフじゃなかった」


 おじいさんを指して『キュート』という表現はどうなのか。


《それって、剣の師匠?》

「ううん、違う。師匠に会うより前に知り合ったんだよ。3年くらいお世話になって、その後、そのじーちゃんの紹介で師匠に弟子入りしたの」


 謎の超高性能外套を作ってイリスに渡した錬金術師といい、『化け物』と評される剣の師匠といい、その剣の師匠と知り合いの上に何故か普通は知るはずのない鉱石まで知っているおじいさんといい、イリスの知り合いは色々とおかしい。


(類は友を呼ぶってやつ?)




 ──その理屈で行くとドラゴンなのに飛べなくてケットシーの姿になれるラズライトも『友』に分類されてしまうのだが、幸か不幸か、当のラズライトは気付いていなかった。




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