35.実技審査
ジュリアとロベルトに先導されてやって来たギルドの裏手には、何やらやたら背の高いレンガの壁が、端から端まで続いていた。
まずは下見だ、と言われて、全員ですぐ近くにある物見やぐらに登ると、その全貌が明らかになる。
──周囲をレンガの壁に囲まれた、巨大な迷路。
迷路の壁は一番外側をぐるりと囲う壁より少し暗い色で、迷路の中の通路はガタイの良い男が2人並んで歩けるかどうかという程度。
ギルドの裏手の1区画、丸ごとこの施設になっているらしく、何故こんなものを作ったのかと問いただしたくなるほど広い。
迷路になっているのは総面積の4分の3ほどで、一番奥側には中央をくり抜くように大きな空間が取られている。
恐らくそこがゴールで、仮想敵との戦いの場なのだろう。
「ルールは簡単だ」
楽しそうにロベルトが迷路を示す。
「このやぐらの真下にある入り口からスタートし、迷路を踏破して一番奥の大部屋を目指す。大部屋の敵を倒したら文句無しの合格だ。途中で諦めてもそれまでの点数で評価されるし、状況に応じて退く事も大切だからな、状況次第では撤退そのものも加点対象になる。途中でやめる場合はこの魔法道具を上空に投げてくれ」
鶏の卵ほどの黄色い玉を渡されたイリスが、首を傾げる。
「ただの迷路ですよね? 途中棄権とか、あり得るんですか?」
「ああ、たまにな。──ああそうそう、迷路の壁を破壊したり壁を無理矢理乗り越えたりするのは、減点対象になるから気を付けろよ」
ロベルトが含みのある顔でにやりと笑った。
迷路の中にも、色々と仕掛けがありそうだ。
「準備ができたら、いつでも始めてください」
ジュリアに促され、イリスはラズライトの方を向いた。
「ラズライト、ここで待っててくれる?」
《分かった》
ラズライトが頷くと、ロベルトが意外そうに片眉を上げた。
「別に一緒に行っても良いんだぞ?」
《これはイリスの審査でしょ》
相棒とはいえ、ラズライトが参戦するのは道理に合わない。
ラズライトがそう指摘すると、ロベルトはその通りだな、と満足そうに笑った。
だが厳密には、
(…正直、イリスだったら1人でも余裕でクリアできる気がするし)
道理に合わないから行かないのではなく、必要無さそうだから行かない。
ラズライトの内心をよそに、イリスはバックパックを背負ったまま、完全にいつもの格好でやぐらを降りた。
やぐらの下、レンガ壁に丁度人間一人分ほどの隙間が空いていて、そこが唯一の入り口のようだ。
イリスはそこから迷路の中を覗き込み、きょろきょろと何度か見回した後、一度こちらを振り仰いだ。
「じゃあ、行きます」
「おう!」
「気を付けてくださいね」
《行ってらっしゃい》
気負いの感じられない宣言にラズライトたちが応えると、イリスは躊躇なく迷路の中に足を踏み入れた。
入ってすぐ右に折れ、普通に歩いて次の分岐を左、その次は直進する。
「……全然迷ってませんね…」
《多分、ここで全体を見た時点で攻略ルート割り出してたんじゃないかな》
「なに、そんな能力持ってるのか?」
《分からないけど…イリス、採取屋だから》
商業ギルド長のハドリーに赤鉄鉱の採取地を訊かれた時も、テーブルに広げられた地図から迷い無く採取地点を割り出していた。
地図を読み取る知識はもちろん、空間を把握する能力も高いのだろう。
ラズライトの呟きに、参ったな、とロベルトが頭を掻いた。
「となると、少-し難易度を上げた方が良いかも知れん」
やぐらに備え付けのかごから取り出したのは、妙な線が繋がった小さな箱。
『あちらの世界』のテレビのリモコンのようにいくつかのボタンが並ぶそれは、明らかに不穏な空気を醸し出している。
《ねえちょっと、何しようとしてるの》
「いや、ちょいと仕掛けをな」
リモコンの線はやぐらの柱を経由して、地面の下に入っている。
どうやら、迷路の仕掛けはここから遠隔操作できるらしい。
「じゃあまずは、落とし穴を…」
ロベルトが緑色のボタンを押した。
一見何も変わらないし音もしないが、罠を稼働させたようだ。
「丁度、イリスの行く先の落とし穴が稼働したはずだ──ああ、あそこだな」
ロベルトが指差した先をよく見ると、壁の上側、やぐらの上からでなければ見えない位置に、小さな丸印が3つ、等間隔に並んでいた。
他にも、三角形や星マークなどが色々な場所に点在している。それぞれ、罠の位置と種類を示しているようだ。
見ている間に、イリスは落とし穴のポイントに差し掛かった。
何かに気付いたのか、丁度印がある場所の少し手前で足を止め、軽く首を傾げて考える仕草をした後、
《え》
軽く飛び跳ねるように謎のステップを踏んでその地点を通過した。
当然──罠は一つも発動していない。
「なんと!?」
ロベルトが驚愕の声を上げる。
「まさか、罠に気付いて避けて進んだのか!?」
《…みたいだね。何か変な歩き方してたし》
勘なのか、観察眼のなせる業なのか分からないが、とりあえず常人離れしているのは確かなようだ。
イリスはその後も、ロベルトが稼働させる罠をことごとくかいくぐって進み、特に迷う事も無く迷路を抜けた。
「…すごいですね…」
ジュリアが感嘆の声を漏らす。
落とし穴は踏み抜かず、壁の穴から矢が飛び出す罠は穴に小石を無理矢理突っ込んで無効化し、壁がせり上がって通路を塞ぐ仕掛けに至っては、完全に塞がれる前に三角跳びで飛び越える。
全ての罠を回避されたロベルトは、何やら枯れ木のようにしおしおになっていた。
が、イリスが大部屋に入ると、ロベルトは頭を強く左右に振り、気を取り直して声を上げる。
「いや、だがまだ、最後の試練が待っているぞ!」
芝居掛かった動作で胸を張り、大音声でイリスに呼び掛ける。
「さあ、次は敵との戦闘だ! 武器は自分の物でもその部屋にある物でも、どれを使っても良いぞ! 相手は──こいつだ!!」
最後の言葉と同時、大部屋の中央に魔法陣が展開し、カッと光を放った。
魔力の輝きが収まると、そこに立っていたのは──巨大なゴーレムだった。
灰褐色の身体はロベルトよりなお大きく、身長はイリスの2倍はあるだろうか。
頭部と言うか、額に当たる部分に赤い宝石が嵌め込まれている以外、全て岩石で構成されている。
それを見たジュリアが、慌ててロベルトに詰め寄った。
「ぎ、ギルド長! イリスさんにゴーレムは相性が悪過ぎます!」
「だからこそだ。苦手な相手を前にどう立ち回るか、冒険者には大事な事だろう」
「そ、それはそうですが…」
恐らくジュリアは、イリスの武器が短剣だから、ゴーレムとは相性が悪いと思っているのだろう。
実際、刃物でゴーレムにダメージを与えるのは難しい。身体のほとんどが石や金属で構成されているため、とにかく硬いのだ。
だから通常は、魔法を使って攻略するのだが──
「…」
イリスはゴーレムの巨体をじっと見上げた後、落ち着き払った動作でバックパックを地面に降ろした。
ごそごそと荷物を漁り、取り出したのは、
《…ハンマーとタガネ?》
「え?」
ラズライトの呟きに、ジュリアとロベルトが言い合いをやめてイリスを見た。
右手にハンマー、左手にタガネを構えたイリスは、警戒するように軽く両腕を上げるゴーレムに対し、じり、と間合いを詰め、
「──12面体アルマンディンんんん!」
謎の奇声を上げて駆け出す。
「え!?」
ジュリアの驚愕の声。
ブン、と振られたゴーレムの腕をかわし──と言うよりその伸び切った腕に跳び乗り、そのままイリスはゴーレムの肩まで駆け上がった。
ゴーレムが次の動作に移るより早く、ゴーレムの額、嵌め込まれた宝石の近くにタガネを当てる。
そして、
「その石寄越せええぇ!」
一切の躊躇無く、タガネの頭にハンマーを力一杯叩き付けた。
ギィン! と、大剣同士を打ち合わせた時のような金属音が響き、赤い石が額から外れた直後、ゴーレムがピタリと動きを止める。
多分、その赤い宝石がゴーレムを制御するコアだったのだろう──勝負は、その一撃で終わっていた。
その場にゆっくりと倒れるゴーレムから飛び降りると、イリスは地面に落ちた赤い宝石を拾い上げ、喜色満面で頭上に掲げる。
「ガーネットゲットぉ!」
「……うそぉ……」
「……」
絶句するジュリアとロベルトに、ラズライトはため息とともに呟いた。
《イリスは採取屋だもの。宝石なんて見せたら採りに行くに決まってるじゃない》




