34.登録、再挑戦
翌朝、冒険者ギルドへ向かうと、受付の前は冒険者たちでごった返していた。
「うわ、すごい人数」
《朝だから、依頼を受けたい人とか、南の半島へ行く前の情報収集をしたい人とかが多いんだろうね》
「…もうちょっと遅く来た方が良かったかな…」
《タッカーとの約束は昼前だし、こっちの用事は早く済ませるに越したことはないよ》
一応、受付前の冒険者たちはちゃんと列になっている。
基本的に、向かって左側の壁にある依頼掲示板から受注したい依頼の紙を取り、列の最後尾に並ぶという流れになっているようだ。
依頼の受付自体は難しい手続きではないらしく、列が動くのも早い。
イリスを促して列の最後尾につくと、10分もしないうちに自分たちの番になった。
「次の方、どうぞ──あら、イリスさん、ラズライトさん」
2人の受付担当者のうち、イリスを呼んだのは見知った顔だった。
「おはようございます、ジュリアさん」
《おはよう、ジュリア》
「おはようございます」
にこやかに挨拶を交わす。
今日のジュリアは買取カウンターではなく、一般の受付カウンター担当らしい。
「もしかして、書類が揃いましたか?」
「はい。これです」
「確認しますね──」
イリスが差し出した書類にさっと目を通したジュリアは、保証人のサインの紙を見て一瞬動きを止めた。
「──ええと、書類は問題ありませんね。登録後の流れと冒険者のルールについて別室でご説明しますので、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「分かりました」
ジュリアの案内に従い、受付カウンターから少し離れて待つ。
ジュリアはカウンター奥に居るギルド職員と二言三言会話して受付を代わってもらい、すぐにこちらに声を掛けて来た。
「お待たせしました。イリスさん、ラズライトさん、2階の応接室へどうぞ」
つい先日も使った応接室で向かい合うと、ジュリアはとても既視感のある動作で溜息をついた。
「えっと…何か問題が?」
イリスが恐る恐る尋ねると、ジュリアははっと表情を変える。
「あ、いえ、すみません。書類自体は何も問題ありませんよ。ただ──」
保証人の書類をテーブルに広げ、ここですね、と指差す。
「この欄には、保証人が推奨する冒険者ランクが書かれているんですが…」
「冒険者ランク?」
「あ──そちらを先に説明しますね。冒険者登録した方々は、実力や実績に合わせて10段階にランク分けされるんです」
上から、1等級、2等級とランク分けされ、一番下が10等級。
通常、登録したばかりの新人は10等級にランク付けされるが、登録時の審査により、それより上のランクから始まる事もあるという。
「保証人は、冒険者登録する者の身元と実力を保証する事になります。ですので、保証人が必要な方の場合、その方がどのランクに相当する実力の持ち主なのか、保証人に申告していただいているんですが…」
ジュリアは困ったように眉を寄せ、書類に視線を落とした。
ラズライトとイリスが改めて書類を見遣ると、
《…タッカー、『5等級相当』って書いてるね…》
「ギアに至っては『最低でも4等級』なんだけど……え、これルール上、有りなの?」
「……ギルドの規定では、新人のランクは、最高で7等級ですね………」
少なくともギアはそのルールを知っていそうなものだが、どうやらそれを完全無視して書いたらしい。字には迷いも動揺も見られなかった。
《ちなみに、大体このくらいの実力の人がこのランク──とかって決まってたりするの?》
ラズライトが訊くと、ジュリアは簡単にランクのイメージを説明してくれる。
街から近く、リスクの低い平原などで採集ができるのが10等級。
街の近くの森で採集ができ、低レベルの小型魔物を倒して素材を持ち帰れるのが9等級。
1泊程度の野営有りで、少しリスクの高い平原や森へ行って帰って来れるのが8等級。
商隊の護衛ができるのは7等級くらいからで、中型魔物が狩れるのは6等級以上。
5等級になると街から離れた荒野や洞窟などにも出向き、4等級ではパーティを組んで大型魔物を狩るようになり、3等級以上ならば単騎で大型魔物と渡り合える。
2等級ともなると1人で大型魔物を薙ぎ払い、1等級は災害級の魔物を倒したり、1人で未踏破地域を探索したりする。
(…その理屈で行くと、イリス、普通に3等級以上っぽいよね…)
ラズライトに出会うまで、イリスは1人で旅をしていたようだった。
やたら変な石を集めているから、普通の冒険者が行かないような辺鄙な場所を探索していた可能性が高い。
何より、ツインヘッドの尾を切り飛ばしたあの剣の腕。
ツインヘッドの頭を仕留めたのはラズライトだが、今考えると、彼女一人でも何とかできたのではないか。
「──とりあえず、一度冒険者ギルド長に相談してみますね。あまり時間は掛からないと思いますから、ここでお待ちいただいてもよろしいですか?」
「分かりました」
言い置いてジュリアが出て行った途端、イリスがはああ…と溜息をついた。
「……タッカーもギアも、買い被りすぎじゃない?」
《妥当な評価だと思うけどね》
タッカーはチタン鉄鉱とミスリル原鉱(かも知れないノジュール)を持ち込んだ実績を鑑みての評価だろうし、ギアはイリスが斬ったツインヘッドの尾の切り口を見ている上、握りこぶし大の虫入り紅琥珀を渡されている。
採取物だけ考えても、少なくとも『街から離れた荒野や洞窟に出向く』5等級には相当するだろう。
《…ちなみにイリス、この前のツインヘッド、君一人でも倒せたりする?》
「どうだろう…やった事ないから分かんないや」
《今までに、大型魔物の討伐実績は?》
「無いかなあ。倒しても持ち運べないし、解体して素材だけ剥ぎ取るのも面倒だし。一応、どこ斬れば倒せるのかは大体知ってるんだけど、デカい奴に出くわしたら基本的には逃げてるよ」
それはつまり、その気になれば倒せるという事ではなかろうか。
ラズライトの胸中にそんな疑問が浮かんだ時、ジュリアが戻って来た。
それに続いて、大きな人影が入室する。
「お待たせしました。イリスさん、ラズライトさん、こちらが冒険者ギルドメランジ支部長、ロベルトです」
「ロベルトだ、よろしくな!」
ジュリアに紹介された褐色の肌の大男が、ニカッと白い歯を見せた。
その男の体積だけで、部屋が2段階以上狭くなったように感じる。
元冒険者のブランドンより、縦にも横にも大きい。しかも太っているわけではなく、全身みっしりと重そうな筋肉が詰まっているのが見るだけで分かる。
ギルドの上役は元冒険者が多いと聞くが、この男はまだ現役ではないだろうか。
「初めまして、私はイリス。こっちは、相棒のラズライトです」
《よろしく》
イリスと共に立ち上がり、定型の自己紹介を済ませる。
昨日の今日で、『相棒』と表現されるのに違和感が無くなっているのが不思議だ。
ラズライトが内心感慨に耽っていると、ロベルトはイリスに向き直り、実に楽しそうな笑顔で告げた。
「早速だが、イリス。登録時の冒険者ランクを決めるのに、実技審査を受ける気は無いか?」
「実技審査?」
「ああ! ギルドの裏に、訓練用の施設がある。登録時に9等級以上から始めたい者は、通常、そこで審査を受けることになっていてな」
審査内容は、探索と実戦。
訓練施設にある模擬ダンジョンを抜け、その先で待つ敵と戦闘を行う。
審査員は物見やぐらの上からその様子を観察し、模擬ダンジョンでの動き、踏破速度、戦闘の様子を点数で評価する。
最終的には、その合計点数で登録時のランクが決まる。実践的で分かりやすいルールだ。
「もちろん、安全には最大限配慮してある。審査を受けても追加料金は掛からない。どうだ?」
「うーん……最初のランクが高いって、何か具体的に良い事あります?」
ランク付け自体が、イリスにとってあまり魅力的ではないらしい。
明らかに乗り気でない彼女に、ラズライトはぼそりと呟いた。
《…確かランクが高くなればなるほど、ギルドの提携先の武器屋とか食堂とか宿屋とかで割引率が上がったり優遇されたりするんだよね》
瞬間、イリスはキリッとした顔で手を挙げた。
「審査、受けます!」




