33.失踪事件
冒険者登録の保証人になれるという事は、この街で過ごした年数が長いという事だ。
タッカーは10年以上ここで工房を構えているし、ギアは5年以上の冒険者経験がある。
もしかしたら、ジーンの父親が行方不明になった事件の捜索にも関わっているのではないか──そう思って尋ねると、途端にイリス以外の全員の顔が曇った。
「…あれか。聞いてどうすんだ?」
タッカーが渋面になる。
《別に大した事じゃないよ。僕らのお世話になってる宿のオーナーの旦那さんが、その事件の失踪者の一人らしくて。南の半島に行くついでに、何か痕跡を見付けられないかなって》
ラズライトが軽い口調で応じると、カイトたちが顔を見合わせた。
「…なあ、その宿って、『カラスの羽休め亭』か?」
《そうだよ。知ってるの?》
「ええ。昔、私とアインが駆け出しの頃にお世話になってたの。カイトたちとパーティを組んでからも、よく利用させてもらってたわ」
拠点となる家を買ってからは宿泊する事は無くなったが、今でも時々食事に行くという。
「ターニャさんの料理、美味しいもんねぇ」
「だよな」
《…えーと、そこは全面的に同意するけど話を戻すよ。事件発生直後は、冒険者ギルド主導で大規模な捜索があったんだよね? どのあたりを、どんな感じで探したの?》
イリスの一言で脱線しそうになったので、強引に話題を戻す。
「──当時の捜索で俺たちが担当したのは、南の半島の砂浜周辺だ」
カイトが自分の荷物の中から南の半島の地図を取り出し、一点を指差した。
南の半島は、強引に例えるなら三日月のような形をしている。
三日月形の外側は落差50メートルを超える崖で、内側も、街に近い半島の根元付近は断崖絶壁。
内側は南下するにつれて標高が下がり、半島のほぼ中央部の内湾側にのみ、わずかな砂浜がある。さらに南下するとまた標高が上がってしまうため、南の半島の中で、徒歩で海にアクセスできるのはその砂浜だけだ。
当時、まだ経験の浅かったカイトたちが担当したのは、砂浜の中でも比較的街に近いエリア。
他の冒険者たちの担当範囲も覚えている範囲で教えてもらうと、半島の北から南まで、ほぼ満遍なく捜索されていることが分かった。
──だが結局、失踪したパーティに繋がるような手掛かりは見付けられなかったらしい。
「あの時の事は俺も覚えてるけどよ、結構な人数の精鋭が代わる代わる南の半島に出て行って、誰も彼もしょぼくれた顔で帰って来てたぜ」
タッカーたち、街の住民にも知れ渡るほどの大捜索だったらしい。
「俺の客にも結構な人数、捜索に行った奴らが居てよ。当時は既にギルドと直接取引もやってたもんで、俺も分かる範囲で南の半島の地形やら地質やらについて情報提供したんだが…」
《捜索に地質情報が必要なの?》
地形はまだ分かるが、地質──その土地がどのような土や岩石で構成されているかという情報が必要な理由が分からない。
「失踪したパーティの目的が、『新しい鉱床の発見』だったらしい」
ギアが補足する。
行方不明者たちは、失踪前にギルドで『もしかしたら新しい鉱床が見つかるかも知れない』と話していたという。
「ああ、なるほど。何の鉱床なのかは分からないけど、鉱床のある地質は結構限定されるから、地質の情報が必要だったんだね」
出発前にギルドで言うくらいだから、既にある程度のアタリはつけていたのだろう。
となると、彼らはその鉱床がありそうな場所に真っ直ぐ向かって行った可能性が高い。
捜索の際、何かしらの鉱床が出そうな場所とその周辺を虱潰しに探す上で、地質の情報は必須だったわけだ。
「んー…でも『新しい鉱床』か。そうなると、普通の冒険者が行かないような場所って可能性が高いよね」
イリスが指摘する。
南の半島は冒険者に人気の探索スポットだ。
特有の生態系と特有の地質を持つため、魔物の皮や牙といった生体素材を目的とする冒険者も居れば、鉱石採集に重きを置く冒険者も居る。
当然、アクセスしやすい場所は探索し尽くされていて、鉱床もほぼ網羅されているはずだ。
そんな場所で新しい鉱床を発見するとなると、イリスの言う通り、よほど辺鄙な場所になるのではないか。
「例えば──この辺とかは捜索したの?」
イリスが指差したのは、比較的街から近い、三日月型の外縁部付近。
一部、等高線が異常に密に描かれている。
「いや、登れねぇだろそこは」
一目見るなり、タッカーが首を横に振った。
イリスが示したのは、南の半島に点在する台地のうちの一つ。
ただし、一般的にイメージされる『台地』とは形が違う。
切り立った崖に囲まれた、南北に3キロメートル、東西に1キロメートルほどの広さの平地。
崖の高さは実に300メートル以上で、角度はほぼ垂直。
しかも極めて緻密で硬く魔素濃度の高い特殊な岩石で構成されており、岩を削ったり金属を打ち込んだりして足場を作る事もできない。
崖は鏡面のようにのっぺりと滑らかな質感で、元々足を掛けられるような凹凸も無いため、登る事は不可能とされている。
なお、過去には浮遊魔法を使えば登れるだろうと挑戦した冒険者も居たが、崖付近の乱気流に巻き込まれてあらぬ方向へ飛ばされるか、飛行型魔物の餌食になるかの二択だったらしい。
「え、でもこういう場所以外なさそうだよ?」
イリスが食い下がると、カイトが首を横に振った。
「一応、当時ベテランがその地域の担当になったんだが──」
「だが?」
「周辺を探索しても、登った痕跡なんかは見付からなかったらしい」
だから、少なくとも台地には登っていないという結論に達した。
まあ元々、登る手段が無いのだから当たり前だが。
「そっかー…」
イリスが肩を落とす。
「でも…捜索に加わった人数は多かったけれど、統制が取れていないところもあったから、確かに探し尽くされているとは言い難いわね」
ナディが慰めるように呟いた。
《そりゃあ、これだけ広い地域を完璧に捜索しようって方が無理だよね》
「まあな。──だからターニャさんは、今でもギルドに旦那さんの捜索依頼を出してるんだ」
《そうなの?》
「ああ。ギルドでの捜索が打ち切られてから、ずっとな」
それは厳密にはターニャ個人の依頼ではなく、同じく行方不明になった冒険者たちの家族や恋人、友人──行方不明者発見の知らせを切望する関係者全員の連名による依頼だという。
「なら、冒険者登録が済んだら、その依頼を受けりゃ良い」
タッカーがしたり顔で腕組みした。
「お前さんたち、情報が欲しいんだろ? 依頼を受けりゃ、関係する情報をギルドから回してもらえるはずだ」
《分かった。そうするよ》
その後、冒険者ギルドへ向かうというカイトたちと別れ、明日の昼前に工房へ顔を出すとタッカーと約束し、イリスとラズライトはカラスの羽休め亭へ戻った。
「ねえラズライト、ターニャさんたちから詳しい話を聞いた方が良いと思う?」
《…やめておいた方が良いと思う。行方不明になってから3年も経ってるんだし、変に希望を持たせても申し訳ないよ》
「…だよね。──でも私は、本気で見付ける気だから」
《うん。僕もだよ》




