28.詐欺師の言い分
イリスとラズライトが、ハドリーたちと状況の確認を終えた後──
「──全く身に覚えがありませんな」
冒険者ギルドの会議室に呼び出されたダレルは、薄笑いを浮かべながら余裕の表情で言い切った。
商業ギルド長であるハドリー、雇い主であるブランドン、後輩のバートを前にして、この態度。
問い詰めているのはブランドンだというのに、ダレルは慇懃無礼な所作を崩さず、ちらりとイリスを見遣った。
「確かに、私はイリスさんが持ち込んだ鉱石を毎回査定しております。ですが、その査定が正しくないなどと…何を根拠におっしゃっているのですか?」
「買取証明書と店で保管している書類の記載に差異があるでしょう。あなたが書類を書き換えたのではないですか?」
ブランドンが示した書類を一瞥したダレルは、軽く目を細める。
その目の奥に一瞬動揺が走り、すぐに消えた。
「──店の保管書類には、バートのサインもあるではないですか。こちらが正しいはずです。買取証明書の方は──イリスさんが手を加えていないと、何故言い切れるのです?」
薄ら笑いがイリスに向く。
嫌な視線に、イリスはあからさまに顔を顰めた。
「私そんな器用な事できないんだけど」
書類に文字を書き加えるならともかく、インキで書かれている文字を消すのは難しい。
魔法であればできない事は無いが、イリスは魔法が使えないのだ。──ダレルは知らないだろうが。
「──言い逃れを続けるのならば、こちらにも考えがある」
ハドリーが口を開いた。
口調こそ冷静だが、声には深い怒りと失望があった。
「ジュリア」
「はい」
ジュリアがテーブルに赤鉄鉱を置いた。
昨日、イリスが不正の検証としてダレルに買い取ってもらった赤鉄鉱だ。
ブランドンの指示で、バートが店から持ち出したと言っていた。
「これは昨日、イリスが追加で店に持ち込んだという赤鉄鉱だ。店の査定マークも付いている。間違い無いな、ダレル」
「……ええ、そうですね」
買い取った鉱石には、店の方で品質ランクが書かれたシールを貼って管理する。
シールのデザインは店ごとに違っているらしく、この鉱石に貼られたシールにはあの店の看板と同じイラストが描かれていた。
ダレルが肯定すると、ハドリーは鉱石をくるりと引っ繰り返した。
鉱石の窪みに、ごく小さなガラス玉が嵌まっている。
「──これは、冒険者ギルドの買取カウンターで査定した印だ。色が黒という事は、品質ランクはA。店の保管書類の記載が正しかったとしても、少なくともお前は、Aランクの物をBランクと査定していた事になる」
「な……」
ダレルが絶句した。
一見すると分からないサイズだが、小さなガラス玉の色は黒。
冒険者ギルドで買い取ってもらった場合、鉱石にはシールではなくガラス玉が付けられるらしい。
査定の時、良く見ていれば見付けられただろうが、ダレルは非常に粗雑に鉱石を扱っていた。気付かなかったのも当然だろう。
ハドリーは淡々とダレルを追い詰めて行く。
「加えて、この鉱石を査定した際、お前は買取明細書に確かに『Eランク』と書き、Eランク相当の金銭しかイリスに渡していない。これに関しては証人が居る」
「…!」
薄ら笑いの仮面が剥がれ、ダレルが血走った眼でバートを見た。
すっかり憔悴しているバートは俯いたまま、ダレルと目を合わせようとしない。
「彼ではない」
ハドリーが深々と溜息をついた。
「証人は、オーナーのブランドンだ」
「ええ。確かにこの目で確認しました」
「そんな馬鹿な事が──昨日は店に来なかったではないですか」
「姿が見えずとも、その場に居ないとは言い切れないでしょう。貴方は知っているはずですね、ダレル──私がどんな魔法を使えるのか」
「──」
ひゅ、と息を呑む音が聞こえた。
商業ギルド長と店のオーナーの厳しい視線に晒され、ダレルの顔から血の気が引いて行く。
「そ…それは──」
呻きながら、ダレルがラズライトを見た。
目が合った瞬間、男の顔に朱が昇る。
「──お前だな」
《え?》
血走った眼でラズライトを睨み付け、ダレルが熱に浮かされたように口走る。
「お前が──お前が、余計な入れ知恵をしたんだろう」
「誰が発端であろうと、遅かれ早かれ、発覚していた事だ」
ハドリーの淡々とした指摘に、ダレルは周囲を見渡し、全員に憎悪が籠もった視線を投げた。
「うるさい! 今まで何もかも上手く行っていたんだ! こんな事さえなければ!」
完全に余裕を失った顔で、男がわめく。
「こんな──下らない事で!」
《…!?》
瞬間、ぞわ、と背中が総毛立った。
ダレルがポケットから黒い魔石を取り出し、爆発的に魔力が膨れ上がる。
ハドリーたちが厳しい表情で腰を浮かせるが、ダレルの魔法の方が早かった。
「重力倍加!」
「…!」
ズシンと空気が重くなり、ラズライトはべしゃっと椅子の上に伏せさせられた。
重力倍加──対象に掛かる重力を増加させる、平たく言えば『対象物をとんでもなく重くする』魔法だ。
ダレルはこの場に居る全員を対象にしているらしく、ハドリーとブランドンががくりとその場に膝をついた。ジュリアに至っては両手両膝をついて、完全に動けなくなっている。
恐らく、あの手に持っている黒い魔石で魔法を増幅している。
普通、人間の扱う重力魔法にこんな威力は無い。
「ぬう…!」
「ダレル、貴様…!」
「は、は、はははは…!」
ブランドンとハドリーが呻き、ダレルが壊れた笑い声を上げる。
(どうする…?)
変化魔法を解いてドラゴンの姿に戻れば、この程度の魔法は無効化できる。
しかし、冒険者ギルドでドラゴンとしての姿を晒すのは自殺行為だ。自分だけではなく、自分を連れ歩いていたイリスにまで追及の手が及ぶだろう。
ラズライトが考えあぐねていると、狂気を宿したダレルの目がこちらに向いた。
「──さあ、思い知れ!」
明らかな責任転嫁だったが、その目は本気だ。
ラズライトを睨み付けたまま魔石を掲げ、魔力を込める男。
その視線を遮るように、イリスがラズライトとダレルの間に立った。
「思い知るのはそっちだ」
ラズライトを背にして立つイリスは、重力魔法をものともせずにゆっくりと歩き出す。
あまりの負荷に、踏み出すごとに大きく床が軋む。
ミシミシと、イリスの身体からも不穏な音がする。
なのに、その歩みは止まらない。
「な…!」
ダレルの動揺の声。
「何で平気なんだ! 止まれ! 止まれよ!」
「…」
魔力が吹き荒れ、体に掛かる重力がさらに倍増する。
イリスの足元から、ピシッと、床が割れる音がした。
動きが一段階遅くなる。
──だが、止まらない。
「…」
程無くダレルの正面に立ったイリスは、数瞬、無言でダレルを見据えた。
「ひっ……」
魔石を掲げたまま、ダレルが引き攣った声を上げる。
その頭頂部を、ガシッ!とイリスが右手で掴んだ。
「採取屋なめんな」
こちらからは見えないが、多分、彼女は今、とてもイイ笑顔を浮かべている。
「──ぎゃあああああ!?」
イリスの右手に青筋が浮かび、ギリギリギリと音がしそうな勢いで、ダレルの頭部を締め付けた。
本物の悲鳴が上がり、ダレルの手から魔石が転がり落ちる。
魔法が途切れ、フッと身体に掛かっていた負荷が消えた。
(……そういえばイリスって、体力的に色々おかしいタイプだったっけ……)
泣きわめくダレルに駆け寄り、素早く拘束するブランドンを見ながら、ラズライトは半ば呆然と内心で呻いていた。
──魔法に筋肉で対抗できるとか、一体何なの。




