27.詐欺の手口
午後、約束の時間より少し早く冒険者ギルドへ出向くと、受付カウンターに待機していたジュリアがすぐに会議室へ案内してくれた。
「来たか」
部屋の中には、商業ギルド長のハドリー、例の武器屋のオーナーであるブランドン、そして何やら青い顔で縮こまっている若い男。
「すみません、遅くなりました」
「いや、我々が早かっただけだ。気にしないで良い」
イリスが頭を下げると、ハドリーは軽く手を振ってそれを制した。
そして、視線を若い男へ投げる。
「イリス、彼に見覚えはあるか?」
「…ブランドンさんの武器屋の、もう一人の買取担当者ですよね?」
「ええ、そうです。彼はバート。私の店の従業員の一人で、例の──ダレルと共に、買取カウンターを担当しています」
例の武器屋では、買取カウンターに立つ人間が固定されているらしい。
査定詐欺を働いていた男、ダレルと、この青年は先輩と後輩という間柄のようだ。
しかし査定詐欺を働いていた当人ではなく、その後輩が呼ばれているという事は、この青年──バートから証言が得られたという事だろうか。
「──彼が教えてくれましたよ。彼とダレル、二人で共謀して、特定の相手が持ち込む鉱石のみ、品質ランクを低く査定していたそうです」
《うわ》
証言が得られたのではなく、共犯者だった。
ブランドンの言葉にバートは立ち上がり、ただでさえ細い体をさらに縮こまらせて、深々と頭を下げた。
「大変申し訳ありませんでした…!」
真っ正面からの謝罪に、イリスは慌てて首を横に振る。
「いやいやいや、バートさん…でしたっけ、あなたは私の鉱石買い取った事無いじゃないですか。私が行った時は、いつもダレルさんが買取担当でしたし」
自分に対する査定詐欺に関しては、ダレルに責任がある。
そう言おうとしたのだろうが、実際は違う。
《店頭での買取の場合、取引が適正だったって事を証明するのに、最低でも2人分のサインを保管書類に残すよね。バートはそっちに関わってたってこと?》
「その通りです…」
買取物品を持ち込んだ人間に渡される『買取明細書』には、買取カウンターの担当者のサインしかない。
が、その複写である店で保管する書類の方には、買取担当者と取引確認者、2人分のサインを残す事になっている。買取担当者による不正行為を防止するためだ。
買取担当者と取引確認者が共謀していたら、その予防策も意味をなさない。
「これを見てくれ」
ハドリーがテーブルの上に2枚の書類を並べた。
片方は、昨日イリスがハドリーに預けた、武器屋店頭で貰った買取明細書。
もう一枚は、タイトルからするに、その買取明細書の複写──店で保管するための書類だ。
その内容が、明らかにおかしい。
「…品質ランクがBになってる…?」
イリスが眉をひそめる。
イリスが渡された買取明細書では、品質ランクはE。
だが、店の保管書類上ではBランクになっている。
ハドリーが書類を重ね合わせると、『E』という文字の上から線を書き足して、『B』にしている事が分かった。
それに伴い、買取単価と買取総額の部分にもそれぞれ『0』が一つ書き足され、桁が一つ上がっている。
品質ランクEとBで赤鉄鉱の買取単価が10倍違う事を利用した、ある意味見事な手口である。
《なるほどね…》
ラズライトは呆れて溜息をつく。
書き足すことを前提に、買取明細書の数字は記入欄の左側に少し寄せて書かれていた。
『E』という文字も、3本の横線がやや内側に丸まっている。
それ単体で見れば違和感は無いが、偽造後の書類と並べてみると、意図的にそう書いているのが一目瞭然だった。
《イリスには品質ランクEの価格でお金を渡して、その後書類をBランクに書き換えて差額を自分の懐に入れてたってわけだね》
「そういう事だ」
店側にはBランクの鉱石を買い取ったという記録しか残らず、イリスが持ち込む鉱石の品質ランクは元々高いため、他の従業員が現物の鉱石を見ても何の違和感も抱かない。
偽造された書面と店に残っている実際の金銭にも差が発生しないから、鉱石を持ち込んだ側が気付かない限り、不正が発覚する事は無い。
「他の店や冒険者ギルドでは、金額を記入する欄がマス目になっているので、金額の桁を変える事は不可能です。ですが、ブランドンさんの店では古い書式をそのまま使っていて、金額欄がただの空欄になっているので…」
「…うへえ……」
ジュリアの説明に、イリスが何とも言えない表情で呻く。
「大変申し訳ありません。私の監督不行き届きです」
ブランドンがこちらに頭を下げる。
バートが青くなってブランドンを止めた。
「ち、違います、オーナー! オレが止められなかったのが悪いんです!」
《止められなかった?》
ラズライトが首を傾げると、ハドリーが簡単に事情を説明してくれる。
元々、この不正はダレルが一人で行っていたらしい。
バートが後輩として入った際、ダレルはバートに何度か酒を奢り、散々飲ませた後に、その金が査定詐欺によって得られたものである事を明かした。
当然、バートはその時点でオーナーに報告しようとした。
だがダレルは、『不正で得た金で酒を飲んだ時点でお前も共犯だ』と脅し、無理矢理彼を巻き込んだ。
あの店では、ダレルが買取担当をした時にはバートが、バートが買取担当をした時にはダレルが、取引確認者として書類にサインしていた。
バートを巻き込んでしまえば、不正が発覚する確率はぐんと下がる。
用意周到過ぎる行動に、ラズライトは吐き気を覚えた。
(人間って…)
色々な者が居る事は承知している。
だが、嫌悪感を抱かずにはいられない。
背中の毛が逆立つ感覚。それを遮るように、イリスの手が自分の背を撫でた。
ポフポフと軽く叩かれ、気が抜ける。
「──でもそれじゃあ、私以外にも不正をされてた人が居るって事ですよね?」
イリスに指摘され、ブランドンは重々しく頷いた。
「ええ。バートによると、ターゲットになっていたのはイリスさんを含めて3人。いずれも、冒険者登録をしていない方です」
冒険者に不正行為を働くと、発覚した時に冒険者ギルドが出張って来る。
それを警戒しての選択だろう。
「イリスさん以外のお二人はこの街の住人ですので、既に使いの者を走らせています。買取明細書が残っていれば、不正があったかどうか確認できますから」
ただ、その2人は数回しか買い取り実績が無く、店側で調べた限り、推定される被害金額も大した事は無かったらしい。
一番の大口は、20回以上取引していたと言うイリスで間違い無いようだ。
「イリスさん、もし他に買取明細書があれば、見せていただけませんか? こちらで確認が取れれば、差額をお渡しする事ができます」
過去に売却した鉱石自体はもう残っていないので品質ランクの証明のしようが無いが、買取明細書があれば、店側の記録と照合して、少なくとも店側の記録にある査定金額を支払う事はできる。
ブランドンの申し出に、イリスはバックパックを漁り──すぐに首を横に振った。
「……無いですね。前回の買取は去年だったので、もう捨てちゃってます」
「そうですか…」
イリスとブランドンが揃って肩を落とした。
《書類はちゃんと残しておこうね、イリス。少なくとも3年間くらいは》
「…次からそうする」
ラズライトが告げると、イリスは深々と頷いた。




