26.買い取り、追加で。
「…な、へ…はあ!? ミスリル原鉱だあ!?」
げほげほとひとしきりむせたタッカーが、濃灰色のノジュールを凝視する。
イリスが肩を竦め、言葉を繋いだ。
「──と言っても、多分、なんだけど。うっかり割って中身がミスリル原鉱だったら取り返しがつかないじゃない?」
「当然だな。何だ、その辺は分かってるのか」
タッカーが感心したように肩の力を抜いた。
既に採取現場で2個ほどダメにした後だとイリスは言っていたが、それは黙っておく。
「──しっかし、ノジュールなあ。ノジュールの中にミスリル原鉱ってのは、今まで見たことが無ぇな」
《じゃあ、有り得ない?》
「いや、有り得ないって事も無ぇ。ノジュールの中身が黄鉄鉱だったり、赤鉄鉱だったりする事もあるからな」
金属鉱物が入っている事もあるから、ミスリル原鉱が入っていてもおかしくはないらしい。
「割ってみたら分かるよね?」
イリスがハンマーを取り出した。
明らかにわくわくとした顔でノジュールに向き直るのを、タッカーが慌てて止める。
「待て待て待て! 準備ができてねぇ! 割るなら炉の調整が終わってからにしろ!」
《炉の調整?》
「ミスリル原鉱からミスリル銀の地金を作る時にはな、炉の温度やら魔力濃度やらをそれ専用に調整しなきゃなんねぇのよ。でなきゃ、ミスリル原鉱が炉の中で霧散して終わっちまうからな」
「何それ怖い」
「それに、ミスリル原鉱以外の材料も必要だ。大体は揃ってるが──……紅琥珀が無ぇな」
ぼそり、棚を見渡して呟くタッカーに、イリスがはい、と手を挙げた。
「紅琥珀ならあるよ。クズ石だけど」
「何ぃ!?」
タッカーが目を剥いた。
イリスはハンマーをバックパックに放り込み、代わりに紅琥珀を取り出す。
「かなり悪い品質だと思うけど…どう?」
2つの紅琥珀は、カイトたちに渡したのと同じくらい不純物が多く、宝石としては明らかに使い物にならない見た目をしている。
紅琥珀を手に取ったタッカーは、ざっと確認した後、深々と溜息をついた。
「……ここまで来ると、精霊のいたずらかって思えてくるぜ…」
《それって、ミスリル銀の精製には十分ってこと?》
「ああ。十分どころかお釣りが来るな。…ったく、今日はなんつー日だ……」
疲れた口調で言っている割に、口元には笑みが浮かんでいる。
目に強い光を宿したタッカーは、改めてイリスに向き直った。
「この紅琥珀は、2つとも買い取らせてくれ。宝飾品としちゃあEランクだが、ミスリル銀の材料にするからな、品質ランクC相当の値段で買わせてもらう」
「…へ」
破格の扱いに、イリスがぽかんと口を開けた。
構わず、タッカーは言葉を続ける。
「それからノジュールの方だが、諸々の準備が終わった後に割って中身を確認して、ミスリル原鉱だったら買い取りって事で良いか?」
《買取単価は?》
ラズライトがすかさず訊くと、タッカーは少し考える仕草をした。
ミスリル原鉱は、ドワーフたちが所有する鉱山以外では採れないと言われているため、冒険者ギルドの買取一覧表にも一切記載が無い。
適正価格が分からないので、今回の場合、買取価格はタッカーのさじ加減一つで決められる。
呆然としたままのイリスと、真剣にタッカーを見詰めているラズライト、テーブルの上のノジュールを順に見渡し、ドワーフの武器職人はわざとらしく真面目な顔を作って言った。
「赤鉄鉱の10倍の値段でどうだ?」
「10倍!?」
《却下》
「却下!?」
タッカーとラズライトのやり取りに一々イリスが驚いているが、とりあえず無視する。
《ミスリル銀がちょっと使われてるってだけで、武器の値段が鉄製の10倍くらいになるじゃない。総ミスリルだったら、100倍以上でしょ? いくら加工前の原料だからって、鉄鉱石の10倍程度の値段に収まるって事は無いはずだけど》
ジト目で見遣ると、タッカーはあっさりと破顔した。
「ははは! 冗談だよ! 買取価格は赤鉄鉱の25倍、これが鉱山町での相場だ。この街じゃ希少だから、すこーし上乗せして30倍が妥当だな」
「さ、さんじゅうばい…」
イリスはもはや思考が付いて行かないらしい。口調が怪しくなっている。
ラズライトとしては『その程度なのか』という認識だが、聞けばミスリル銀が高価なのは、精錬や鋳造・冶金に大量の魔力や職人の卓越した腕、さらに希少素材が必要で、ミスリル原鉱以外のコストが恐ろしい事になるからなのだそうだ。
タッカーは冗談を言う事はあるが、基本的に嘘をつく事は無い。
これで納得しておくべきだろう。
《分かった。じゃあ、その価格でお願い》
「交渉成立だな」
タッカーがにやりと笑った。
紅琥珀の代金を清算し、ノジュールを一度イリスに返し──このあたり、彼の真面目な性格が良く表れている──、これから忙しくなるぞ、と作業着の袖をまくる。
「俺はこれから炉の調整に入る。丸1日掛かるからよ、明日のこれくらいの時間にまた来てくれ。そん時にノジュールを割って、中身を確認する。ミスリル原鉱だったら即買い、他の鉱物でも、使えるモンだったら買い取ってやるよ」
だから間違っても他の奴に売るんじゃねーぞ?
《心配しなくても、中身が分からない物を買い取ってくれる所なんて無いよ》
ラズライトが溜息をつくと、タッカーは首を横に振る。
「分かってねぇな、ラズライト。中身が分からないからこそ、欲しがる好事家も居るんだよ。相手を選べばいくらでも売り方はあるんだぜ?」
「え、そうなの?」
「…売るなよ?」
「…ハイ」
一瞬目を輝かせたイリスは、タッカーに凄まれてしおしおと頷いた。
その後、明日の午前にまた来る事を約束し、イリスとラズライトは工房を出る。
これから軽く昼食を摂り、午後一番で冒険者ギルドの会議室へ向かう予定だ。
冒険者ご用達の大店で起きた査定詐欺。どんな調査結果が出ているのか見ものである。
「お昼ご飯、食べなきゃね」
チタン鉄鉱と紅琥珀の代金で大分重くなった財布──と言うか、革袋──を手に、イリスがウキウキと呟く。
あんまり贅沢しちゃダメだよ、という言葉を、ラズライトは喉の奥で飲み込んだ。
冒険者登録前後の出費を考えると、できるだけ節約したいところではある。
が、午後は査定詐欺の調査結果を聞くのだ。場合によっては、何か追加で動く必要が出て来るかも知れない。
英気を養う意味でも、食事は大事だ。
《何か当てはあるの?》
「んー…、昨日ブランドンさんに奢ってもらったパン、美味しかったなあって」
またアレを食べたいらしい。
確かにあの店ならケットシー向けの料理もあるし、ラズライトが一緒に入ったとしても違和感は無いだろう。
《良いんじゃない?》
ラズライトが賛成すると、イリスはとてもうれしそうに破顔した。
その後彼女は、食堂『茶トラのカギしっぽ』にて名物の鶏からコッペパンサンドを5本平らげ、『痩せの大食い』として店員一同に認知される事となる。




