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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
南方編

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25.ドワーフの武具工房

 翌朝、イリスとラズライトは街の北西ブロックにある小さな武具工房を訪れた。


 扉の上に掛かる看板には、大きなハンマーのシルエットに剣と槍の彫刻。

 武具工房や魔法道具の工房、各種素材の卸売りをする商店などが立ち並ぶ職人街の端の端に位置するこの店こそが、この街で唯一のドワーフの武具工房だ。


 普通、ドワーフは良質な鉱石が採れる鉱山地帯の集落に住み、鉱石の採集から精錬、鋳造あるいは冶金までを一貫して行い、それを信頼できる取引先や気に入った相手に売って生計を立てている。

 基本的に、鉱物収集以外の目的で集落の外に出る事は無い。


 が、何事にも例外はある。


《タッカー、居る?》


 重い扉をイリスに開けてもらい、ラズライトは工房の奥に向かって念話を飛ばした。

 炉の火力を保つふいごの音と、ハンマーを打ち下ろす金属音。

 暴力的なレベルの音の中でもちゃんと相手に届くのは、念話の良い所だ。


「──おう、ちょっと待ってろ!」


 むわっとする熱気の向こう、赤を通り越して白っぽい光が漏れ出る工房の奥から、野太い声が応えた。


 何回かハンマーの音が続いた後、ジュー…と赤熱する金属を水に入れる音が響き、燃え盛る炉の光が見えなくなる。炉の扉を閉めたのだろう。

 それだけで、室内の温度がふっと下がる。


「ようラズライト! 久しぶりだな!」


 工房の奥から姿を現したのは、鉄鈍色の髪と髭を持つ壮年の男。

 身長はイリスと同じか少し低いくらいだが、骨太で肩幅も広く、がっしりとした体つき。

 炉の火で灼けた浅黒い肌と、細長い真っ黒な遮光メガネのせいで、裏社会の関係者のような威圧感がある。


 その遮光メガネを外すと、意外に柔和な雰囲気のつぶらな瞳が現れた。


「…ん? そちらのお嬢さんは?」


 髪と同じ鉄鈍色の目が、不思議そうにイリスを見る。


《相棒の、イリスだよ》

「はじめまして」


 イリスがぺこりと一礼すると、タッカーはぽかんと口を開け、その後すぐに笑い出した。


「っははははは! お前さん、とうとう捕まったか!」

《ちょっと、言い方》

「ええ、大変苦労しました」

《イリスも悪乗りしないの!》


 真顔で頷くイリスの足をしっぽで叩くと、タッカーはさらに笑う。



「──っと、自己紹介もせんで済まんな。武器職人のタッカーだ」


 しばらくしてようやく笑いを収め、タッカーは改めてイリスと握手を交わした。


「で、今日は何の用だ?」

《鉱石を買い取って欲しいんだ》

「鉱石?」

「これなんだけど…」


 イリスがチタン鉄鉱をテーブルに並べる。

 タッカーはそれを手に取り、一瞥して言った。


「チタン鉄鉱だな。良い品質だが──お前さん、採取屋か?」

「一応」


 イリスが曖昧に頷いた。

 鉱石の買取相場も知らなかったのだから、採取屋だと胸を張って名乗るのも躊躇うか。


「しっかし、何でまた俺に? 冒険者ギルドに持って行きゃ良いじゃねぇか」

《イリス、冒険者じゃないんだよ》

「何ぃ?」


 タッカーが目を剥いた。


 普通、採取屋は冒険者としてギルドに登録している。冒険者特有の優遇措置を受けられるからだ。

 それに、冒険者ギルドには様々な物の採取依頼も集まるから、魔物を倒さなくてもその依頼をこなすだけで食べて行ける。


 ──イリスは知らなかったらしいが。


《まあ、今日冒険者ギルドに登録しようって話になってるんだけどね。そのためには、お金が要るじゃない?》

「はーん…なるほどな」


 ラズライトの言葉に、タッカーがしたり顔で頷いた。


「ギルドの買取カウンターじゃ、最低価格で買い叩かれるからな。しかも非冒険者じゃ、そこからさらに1割引きだったか? ギルドもえげつないもんだぜ」


「……」


 その最低価格をはるかに下回る値段で散々鉱石を買い叩かれてきたイリスが、黙ってそっと目を逸らした。


 ラズライトは、そういうこと、と頷いて、小さく首を傾げる。


《で、どう? タッカー。チタン鉄鉱はドワーフに需要があるって聞いたんだけど》

「ああ、もちろん買うぜ」


 タッカーは即座に頷いた。

 4つのチタン鉄鉱を素早く、しかし丁寧に観察し、天秤で重さを確認する。一連の流れはジュリアの鑑定と同じだが、品質の確認が異常に早いのはドワーフならではだろう。


 ドワーフは、鉱物や鉱石に特化した非常に精度の高い鑑定眼を持つ。

 一目で鉱物の種類が分かるし、その純度もおおよそ見当がつくらしい。


「──Aランクが1個、Bランクが3個だな。値段は、冒険者ギルドでの買取価格の1.2倍でどうだ?」


 タッカーがメモに買取単価を走り書きした。

 重さを掛け、全て合計すると、金貨1枚と銀貨6枚になる。


「……マジか……」


 買取金額は重さに依存するため、一つ一つのサイズが小さい分、価格は安くなる。

 それでも赤鉄鉱とチタン鉄鉱の単価の差は絶大だった。


《1.2倍の価格でなんて、良いの?》

「ああ、構わねぇよ」


 ラズライトが思わず訊くと、タッカーは豪快に笑った。


「お前さんが連れ合いを見付けたお祝いってやつだな。素直に受け取っとけ」

《…ありがとう》


 ドラゴンにとっての『連れ合い』は、相棒と言うより配偶者を意味する言葉なのだが──ここは素直に礼を言っておく。


 イリスもこれで良い?と水を向けると、彼女はギクシャクした動きで頷いた。


「…ヨロシクオネガイシマス……」

「おう、ありがとよ!」


 あからさまに衝撃を受けている背中をバシッと叩き、タッカーはチタン鉄鉱をいそいそと棚にしまい込むと、代金をイリスに渡した。


 渡された方は、手の中の硬貨をまじまじと見詰める。


「………金貨とか初めて持ったかも」


 あまり悲しい事を言わないでいただきたい。


《これからバシバシ稼ぐからね。あと、バンバン使うから》

「えええ…持っておこうよ。もったいないよ」

《金は天下の回りもの! それに君、絶対的に装備が足りてないでしょ!》


 すぱっと切り返すと、タッカーが笑い出す。


「お前さんたち、良いコンビだなあ!」

「あ、やっぱりそう思う?」

《調子に乗らない》


 すぐににやけるのはどうにかならないものか。


 あと、自分のしっぽがぴんと上向きになっているのは気のせいだ。きっと。


 胸に湧いた喜びの感情を誤魔化すようにラズライトが周囲を見渡すと、棚の端に、特徴的な色味を持つ金属の塊があった。


《タッカー、あれ、もしかしてミスリル銀?》

「…ん? ああ、そうだぜ。客からミスリルの剣が欲しいって要望があってな。取り寄せてみたんだが、量が足りないんでどうしたもんかと」


 棚に置いてあるのは、精錬済みのミスリル銀のインゴットだった。

 短剣には十分だが、長剣には足りないと言う。


「ミスリル製の武器って特別な炉じゃないと鍛えられないって聞いたけど、ここでもできるの?」


 ミスリル銀の武器は、一般的にミスリル原鉱の鉱山のあるドワーフの集落で作られ、他で作成されることは稀だ。


 しかし、タッカーもれっきとしたドワーフの武器職人である。


「おう! 前は無理だったんだがな、最近やっと故郷と同じ炉が入れられたんだ。精錬済みのミスリルだけじゃなく、その気になればミスリル原鉱もオリハルコンも扱えるぜ」


 タッカーが胸を張り、腰に下げた革袋から水を飲む。


 ラズライトは、タッカーの発言に一瞬思考が停止した。



《……ミスリル原鉱が扱える?》

「ああ、そうだぜ!」

《──ねえイリス、アレ》

「あ、うん」


 促すと、イリスもすぐに気付いたらしい。

 バックパックの中から3つのノジュールを取り出した。



 ──もしや、買い取れる物がもう一種類あるのでは?



《ねえタッカー、これ、買い取ってもらえないかな?》


「あん? ノジュール? 中身は何だ?」


「ミスリル原鉱」


「……!?!?」


 タッカーが盛大に水を吹いた。




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