24.企み
「お父さんを探しに?」
首を傾げるイリスに、ラズライトは先程ターニャから聞いた話を伝える。
ジーンの父親は、3年前、南の半島に行ったきり、行方不明になっているのだと。
《冒険者ギルド主導での捜索は1年で打ち切られてるらしいから、自分で探すしかないって思ってるのかも知れない》
「なるほど…」
可能性は高そうだね、と頷く。
そして少し考える仕草をして、顔を上げた。
「ねえラズライト、私たちにできることってあるかな?」
《言うと思ったよ》
溜息をつきながら、内心、自分と同じことを考えたのかと嬉しくなる。
「だってほら、ターニャさんの料理美味しいし。ジーン可愛いし。この部屋もすごく居心地良いし」
言い訳じみた事を並べ立てているので、頷いておく。
《まあ、ケットシー可の宿なんて早々無いしね》
そういう意味でも、カラスの羽休め亭は希少な存在だ。
経営者には、後顧の憂いなく全力で経営に励んでほしいものである。
そのために自分たちにできるのは、
《じゃあまずは明日、冒険者ギルドで情報収集かな》
「情報収集?」
《当時、冒険者パーティー全員が行方不明って事で大騒ぎになったそうだから、そのメンバーの人数とか、見た目とか、何を目的にどこを目指していたのかとか、どこをどう探したのかとか──そういう記録は冒険者ギルドに残ってると思う。それが分かれば、何をどう探したら良いのか、指針が立てられるでしょ?》
失踪した人間が行った可能性の高い場所は、当時、冒険者ギルドで虱潰しに探したのだろうが、逆に言えば、それ以外の地域には手付かずの空白地帯が残っていてもおかしくはない。南の半島は広いのだ。
それに、採取屋のイリスとドラゴンの自分ならば、普通の冒険者には見つけられなかった手掛かりが、もしかしたら見付けられるかもしれない。
──行方不明になってから3年。
正直、生きている可能性は限りなく低い。
しかし、わずかな可能性に賭けて帰りを待ち続けるのも辛いものだ。区切りを付ける意味でも、何らかの痕跡を見付けたい。
《ただ、情報を知りたいなら冒険者ギルドへの登録が必須になるけど》
「それは問題ないよ。昼間の時点で、明日登録しようって思ってたし」
イリスはあっさりと応じた。彼女がやる気になっているなら何よりだ。
《それじゃあ──》
ラズライトは頭の中で素早く明日の予定を組み立てて行く。
鉱石の査定詐欺の件は、今夜から明日の午前に掛けて、商業ギルドとブランドンが手分けして裏付け調査をすると言っていた。
明日の昼過ぎにまた冒険者ギルドの会議室に集まって、その調査結果を聞くことになっている。
となると、冒険者ギルドへの登録手続きは、明日の午前中に行った方が良いだろうか──
──いや。
《イリス、現在の所持金は?》
少ないのは分かっているが、改めて確認してみる。
これだけ、とイリスが出したコインを眺め、ラズライトは一つ頷いた。
《登録料には全っ然足りないね》
「……何となくそんな気はしてました」
イリスがしょんぼりとうなだれた。
『こちらの世界』の通貨は、価値の低いものから、小貨、銅貨、銀貨、金貨。
小貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚と同等の価値となる。
安いパンが銅貨1枚で買えるから、『あちらの世界』のラズライトが前世で生きていた国の感覚で言うと、小貨が10円、銅貨が100円、銀貨が1000円、金貨が1万円といったところか。
なお、コインの発行は国ごとに行われていて、表面のデザインは異なるが、各コインの大きさや重さ、素材の配合比率などは国同士の約定で厳密に決まっているため、どの国で発行されたコインでも、全世界で普通に使える。
ただし、場所によって物価が異なるため、同じ値段で同じ物が買えるとは限らないのだが。
「登録料って、いくらくらいなの?」
《どこの支部でも、一律金貨2枚。ちなみに割引規定は無い》
「おう……」
現在のイリスの全財産は、銀貨2枚と銅貨9枚。どう考えても足りない。
最悪、登録料は後払いにすることも出来るが、圧縮バッグのレンタル代や、着替え、テント、寝袋その他諸々の購入費用を考えると、登録料分を除いてもせめて金貨5枚程度は欲しいところだ。
《今持ってる石で、売れそうなやつはある?》
「えーっとね…」
イリスがベッドから降り、バックパックの中身を改めて床に並べる。
「紅琥珀のクズ石が2個、チタン鉄鉱が4個、あと、中身不明のノジュールが3個」
《中身不明》
ノジュールとは、堆積物や岩石の中に見られる、周囲と成分の異なる球状の塊の事だ。
中身は、化石だったり、鉱物だったり、はたまた何も入っていなかったりする。
割ってみなければ中身が分からないので、『あちらの世界』の一部業界では『地球が作った天然のガチャ』『肉体労働型の博打』などと言われているとか何とか──
閑話休題。
「まあ売れないね、これは」
査定できないもん。
言ってイリスが掲げたのは、濃灰色の丸いノジュール。
大きさは握りこぶしより一回り大きい程度で、多少の凹凸はあるがのっぺりとした表面は、石と言うより泥だんごのように見える。
触らせてもらうと、石らしい冷たく硬質な感触の奥に、不思議な魔力の揺らぎを感じた。
《…これの中身、ひょっとして特殊品?》
「多分、ミスリル原鉱だと思うんだけど…空気に触れた瞬間に劣化が始まるから、割るに割れなくて」
《ああ…なるほど》
「ちなみに、実際にこれを採った場所で2個ほど割ってダメにしました」
《……》
危険を予測してやめたのではなく、既にやらかしていたからこれ以上割るのをやめたらしい。
大変彼女らしいと思う。色々な意味で。
だが、同じ場所で採った物の中身が実際にミスリル原鉱だったと言うのだから、このノジュールの中身にも期待できそうではある。
問題は、中身が見えない状態で買ってくれるような相手がパッと思い付かない事だが。
「とりあえず、素直に値が付きそうなのはチタン鉄鉱かなあ。もう少し数を揃えられたら良かったんだけど…赤鉄鉱よりレアだから」
ノジュールを置いたイリスが、今度は黒っぽい鉱石を手に取った。
真っ黒と言うよりは濃い灰色で、金属のような光沢がある。正直、昼間イリスが査定に出した赤鉄鉱よりはるかに地味だ。
《珍しい石なの?》
「小さい結晶だったら、そこら辺の砂とかにも結構入ってるんだけどね。これくらいのサイズのは珍しいよ」
チタン鉄鉱は、様々な合金の材料として使われる。
他の金属との配合比率によって、強度を保ったまま軽くなったり、さびにくくなったりするらしい。特にドワーフの武器職人が多用するため、常に一定の需要があるという。
「チタン鉄鉱の買取価格は…あったあった」
昼間ジュリアから貰った冒険者ギルドでの買取価格一覧にも、チタン鉄鉱はちゃんと載っていた。
どの品質ランクでも、赤鉄鉱の5倍ほどの単価で買い取ってもらえるようだ。
「…結構お高い…」
《君、知らないで収集してたの?》
「何となく需要がありそうかどうかで判断してて、実際の適正価格は今日初めて知りました」
《……そんな事だろうと思ってたけどさ》
しかし、思った以上に買取単価が高い。
加えて、『ドワーフが多用する』という情報。
ならば、できる事はありそうだ。
《イリス。明日の午前、僕の知り合いのところに行こう》
「ラズライトの知り合い?」
《そう》
ラズライトは気持ち胸を張り、頷いた。
《この街に、ドワーフの武器職人が居るんだ。チタン鉄鉱、彼なら良い価格で買い取ってくれると思うよ》




