22.夕食
《とりあえず、荷物下ろしたら?》
ジーンが出て行った後も部屋の中をウロウロするイリスに声を掛けると、彼女ははっと我に返った。
「あ、そうか」
バックパックを納めようとクローゼットの扉を開け、また歓声を上げる。
「寝間着がある!」
クローゼットのハンガーには、長袖長ズボンの柔らかそうな室内着が掛かっていた。
少し良い宿なら珍しくは無いサービスだが、イリスは初めてだったらしい。
手触りを確認し、ふおお、と謎の奇声を上げながら目を輝かせている。
《良かったね、替えの服があって》
いや、そもそも下着と靴下以外の替えの服をほとんど持っていないイリスの方が大問題なのだが。
昨夜その事実が発覚した時、服が汚れたらどうしているのかと尋ねたら、『川とかで体洗うついでに服も洗って、乾くまで外套羽織って待ってる』という、色々と突っ込みどころ満載の答えが返って来た。
一歩間違えればただの不審者だ。
「着替えがあって、ベッドがあって、雨の心配もしなくて良くて、あったかいご飯も提供してもらえるとか…天国か」
《………良かったね》
基準が色々とおかしいが、今更である。
その後、寝間着に頬ずりしそうなイリスを止めたり、またベッドにダイブしようとするイリスを止めたり、トイレや洗面所が客室内にある事に感動したりしているうちに時間が経ったので、連れ立って1階に降りた。
「ああ、来たかい! すぐに運ぶから、空いてる席に座って待ってておくれ」
「はい」
厨房から顔を出したターニャに笑顔で促され、2人掛けのテーブルに向かい合って座る。
すぐにジーンがやって来て、ラズライトの座る椅子にクッションを追加してくれた。
《ありがとう》
「いえ、どういたしまして」
にこりと笑う表情は、初対面の時と打って変わって柔らかだ。
そこへ、ターニャが皿を両手にやって来た。
「お待ちどうさま!」
イリスの前に置かれたのは、肉と野菜がごろごろ入ったブラウンシチュー。
添えられている大きめにスライスされたバゲットも焼き立てらしく、両方とも湯気を立てている。
ラズライトには、シンプルな肉の煮込み。
シチューと同じ深皿に、少しほぐした肉と煮汁が入っている。
「いただきます!」
《いただきます》
「はいよ、ごゆっくり」
ターニャの笑顔に促され、早速料理を口に運ぶ。
肉を噛むとほろりと崩れ、たっぷりの肉汁が流れ出して来た。見た目以上に肉の味が濃い。
ケットシー向けに塩や香辛料は使われていないようだが、これだけで十分楽しめる。
正面のイリスは、最初の一口を食べた後、暫し固まっていた。
ごくん、と喉が動き、呆然としながら口を開く。
「………何これ、すごくおいしいんだけど…」
私の知ってるシチューと違う。
その呟きに、カウンターの向こうへ戻っていたターニャが笑った。
「そうだろう? 今日は肉が特別だからね」
言われて改めて皿を見る。
イリスのシチューとラズライトの煮込み、どうやら同じ肉を使っているようだが、見た目からして鶏ではないし、先程の味からして牛でも豚でもない。
かと言って、羊のような少し癖のある感じとも違う。
《何の肉?》
ラズライトが首を傾げると、ターニャがにやりと答えた。
「ツインヘッドさ」
「ぐふっ」
イリスが盛大にむせた。
ツインヘッドとは、まさか昨日仕留めたあいつだろうか。
カイトたちが丸ごと持って帰っていたし、冒険者ギルドでは肉も買い取って市場に流すから、有り得ない話ではないが。
「今朝、塊肉が出回っていたんでね。煮込むのにちょうど良いかと──大丈夫かい? イリスさん」
「だ、大丈夫デス」
コップの水を強引に喉に流し込んだイリスが、ターニャに頷いた。
「ひょっとして、魔物肉は苦手だったかい?」
「いえ、野営の時とかちょくちょく食べてるので平気です」
と、何やら口惜しそうにシチューを睨み付け、
「でも、ツインヘッドがこんなに美味しいなんて知らなかったので……ちょっと分けてもらえば良かった…」
後半の呟きは、ラズライトにしか聞こえない声量だったが。
(いや、それもどうなの)
どうやら、仕留めたツインヘッドをカイトたちに渡す時、一部を食用として貰っておけば良かったと後悔しているらしい。
どこまで食に貪欲なのだ。
「嬉しい事言ってくれるじゃないか」
美味しいという言葉だけ拾ったターニャが破顔した。
ついでにこれもどうだい? と、イリスの食卓に小鉢が追加される。
「これは?」
「ツインヘッドの皮のすぐ内側の部分の唐揚げさ。魔物に抵抗が無いなら、おすすめだよ」
見た目は鶏皮のカリカリ揚げに近い。
と言うか、言われなければ蛇とは気付かない。
ウロコの並ぶ表皮は防具の材料として取引されるが、その内側の真皮部分はコラーゲンたっぷりで、食用として珍重されているらしい。
早速イリスが唐揚げを口に放り込むと、こちらにまでザクッという音が聞こえて来た。
「んー…これも美味しい」
じっくり咀嚼して飲み込んだ後、実に満足そうな溜息をついた。
「ラズライトも食べる? 味付け塩だけだから、ちょっとならいけると思うよ」
《1個ちょうだい》
遠慮無く、少し小さめの唐揚げを貰う。
噛むとザクザクした食感と共に、じゅわっと脂があふれ出して来た。
臭みは全く無く、香ばしい風味。思ったより控えめな塩味と脂の旨味のバランスが絶妙だ。
多分、エールなどの炭酸系の酒に合うのではないだろうか。
そんなこんなで、イリスとラズライトは、あっという間に夕食を食べ終えた。
「ごちそうさまでした!」
《ごちそうさま》
実に幸せそうに満面の笑みを浮かべるイリス。ラズライトもけぷっと小さく息を吐く。
「はいよ、おそまつさまでした」
皿を下げに来たターニャが、嬉しそうに頬を緩める。
しばらくして、ジーンがイリスに声を掛けた。
「イリスさん、良ければこれから、お風呂の使い方を説明しますけど…」
「あ、うん! お願いします!」
イリスはがばっと立ち上がり、ジーンの案内でカウンター脇の扉の奥へ姿を消す。
どうやらその先が、ターニャたち家族のプライベートスペースのようだ。
2人の背中を見送った後、ターニャがラズライトに温めたヤギ乳を提供してくれた。
「もし良かったら、飲んどくれ」
《ありがとう》
この辺りでヤギ乳とは珍しい。ケットシーの宿泊を許可してくれる宿なだけある。
「──しかし、久しぶりの宿泊がラズライトさんたちみたいなお客さんで良かったよ」
《?》




