20.査定詐欺
ラズライトとイリスは、再び武器屋へとやって来た。
時刻は既に昼過ぎ。
南の半島の探索を早めに切り上げて戻って来た冒険者たちも居るらしく、人通りが随分多くなっている。
《イリス、準備は良い?》
「うん」
ポーチの中の鉄鉱石を確かめ、頷き合って扉を開けると、午前中と同じ声、同じトーンで、いらっしゃいませ、と声が響いた。
その後、こちらに目を留めた店員たちが、不思議そうに眉を寄せる。
イリスが1日で2回も来た事は、今まで無かったのだろう。
「おや、イリスさん」
男は相変わらず、買取カウンターに居た。
やはり不思議そうに首を傾げているが、その目の奥に、微かな緊張が見て取れる。
(やましい事をしてる人間の目だ)
正直、その目はあまり好きではない。
「すいません、1個、ウエストポーチに入れてたのを忘れてて」
イリスは苦笑しながらカウンターの上に鉄鉱石を置く。
追加で買取お願いします、という言葉に、男はわずかに肩の力を抜いた。
「──そうでしたか。では、失礼して」
さっと鉱石を確認する手つきは、午前中と同じだ。
ジュリアの査定と比べると、ひどく簡素で適当に思える。
「はい、先程と同じ品質ですね。買い取り額はこちらでよろしいですか?」
手慣れた様子で書類に書き込んだ品質は、やはりEランク。一瞬イリスが頬を引きつらせる。
(落ち着いて、イリス)
しっぽでイリスの足を叩くと、それで彼女は我に返り、分かりましたと頷いた。
「その金額でお願いします」
「では、こちらで」
「はい」
「お持ち込みありがとうございました」
先程と同じようにコインと買取伝票を受け取り、店を出る。
大通りから横道に逸れ、人気の無い裏路地に入った途端、イリスは深々と溜息をついた。
「………き、緊張したー……」
《その割には良い演技だったじゃない》
「そりゃあ、私が嘘つき認定されるかどうかが掛かってますから」
──ラズライトが提案したのは、あの男が本当に査定詐欺を働くかどうか、実際に確かめてみるという事だった。
冒険者ギルドに持ち込んだ鉄鉱石を一旦イリスに返してもらい、それを武器屋に持ち込む。
この鉄鉱石に関してはジュリアが査定済みだから、Aランク、多少低く見積もったとしてもBランクにならなければおかしい。
それ以下の査定を付けるようなら、男が意図的に査定詐欺を働いているという事だ。
なおこの検証にあたり、イリスが不正を働く事ができないよう、イリスの所持金と例の鉄鉱石以外の石は全て商業ギルド長に預かってもらった。
──預ける時、石の多さと所持金の少なさに、彼は一瞬フリーズしていたが。
「おつかれさまでした」
ブランドンの声がした。
その声がする場所には誰も居ない──と思ったが、ゆっくりとにじみ出るように、大男の姿が浮かび上がって来る。
「おお、すごい」
イリスの感嘆の声に、ブランドンが頭をかく。
《隠形魔法だね》
「はい。現役時代、これにはずいぶん助けられました」
周囲の風景に自分の姿を溶け込ませる魔法。
使える者は少なく、使いこなせる者はさらに少ない。
見えなくなると言っても自分の体が無くなるわけではないので、触れられれば分かってしまうし、気配も消さなければ全く意味が無いからだ。
取引現場できちんと第三者に目撃してもらう方法に関して、『自分に考えがある』というブランドンに任せていたが、まさか本人が隠形魔法の使い手だとは。
「ブランドンさんて、もしかして冒険者だったんですか?」
「はい。怪我の後遺症で引退することになった時、懇意にしていた武器屋のオーナーに声を掛けられまして、後継者として事業を引き継がせていただきました」
冒険者だった者が大店のオーナーになる。
それだけ聞くと単に幸運な人生のようにも思えるが、丁寧な物腰や言葉遣いからして、本人も店に相応しいオーナーになろうと相当努力したのだろう。
だが、その店のベテランがこうして詐欺を働いていた。
《証拠は十分かな?》
「ええ。私もこの目でしかと見届けました」
ブランドンが厳しい表情で頷いた。
後は、冒険者ギルドの会議室に戻り、おかしな査定をされた買取伝票をハドリーとジュリアに渡すだけだ──そう思った瞬間、横でイリスが盛大にお腹を鳴らした。
《…ちょっと、イリス》
「…だってお昼食べてないし」
見上げると、サッと視線を逸らされる。
ブランドンが苦笑した。
「歩きながらでも、軽く何か食べましょうか。この時間なら、道沿いの食堂でテイクアウトができるはずです」
奢りますよ、というブランドンの言葉に、イリスが目を輝かせた。
「ありがたくご馳走になります!」
「ラズライトさんも、いかがですか?」
《じゃあ、遠慮なく》
ブランドンに促され、大通りに戻る。
冒険者ギルドへの道すがら、ブランドンは通り沿いの食堂に入り、すぐ3つの包みを持って戻って来た。
「どうぞ」
イリスに差し出されたのは、大きなコッペパンに鶏のから揚げと野菜を挟み、タルタルソースをかけたもの。
ラズライトには、ゆでた鳥のささみを細かく裂いたもの。
ラズライトが食堂の入り口を見ると、店内に佇む茶トラ柄のケットシーがぱちりとウインクしてきた。
それを見たイリスが、ポロリと零す。
「何と良い茶トラ」
「ああ、あの食堂の看板ケットシーですね。『茶トラのカギしっぽ』という店名も、あのケットシーからとっているそうですよ」
道理で、ケットシー向きのテイクアウト料理があっさり出て来るわけである。
「さあ、食べてしまいましょう」
「ありがとうございます」
《いただきます》
しかし、歩きながら食べるのは少々難易度が高い。
ラズライトはイリスの肩に飛び乗り、受け取った包みを魔法で顔の前に浮かべた。
「あ、ふかふか」
背中に回したしっぽが気持ち良かったらしく、イリスがにへらー…と表情を崩す。
《ちゃんと歩くのに集中してよ》
「いや、今はお昼ご飯に集中しなきゃダメじゃない?」
《どっちにも集中して》
「無茶をおっしゃる」
嘆くイリスは放っておいて、ゆでささみを頬張る。
予想よりしっとりした柔らかい食感で、鶏の旨味も濃い。
《おいしい》
「うまー!」
ラズライトが思わず呟いた横で、コッペパンを咀嚼したイリスが叫んだ。
耳元で大声は少々うるさい。
「お気に召していただけたようで何よりです」
イリスと同じコッペパンサンドを食べながら、ブランドンが相好を崩す。
聞けば、あの食堂は鶏肉を売りにしていて、丸ごと仕入れた鶏を余すことなく使い切るのだと言う。
ゆでささみがしっとりしているのも、鶏ガラから取ったスープでじっくり低温調理しているからだそうだ。
「あー…幸せ」
あっという間にコッペパンサンドを食べ尽くし、イリスが実に幸せそうな表情で呟いた。
「これだったらあと3、4個はイケる」
《…君なら本当にいけそうだね》
顔は緩み切っていたが、目がマジだった。




