19.商業ギルド長
冒険者ギルドの会議室は、質実剛健という言葉がとても似合う雰囲気の部屋だった。
部屋の中央には大きな緑色のテーブル。珍しいマーブル模様だが、材質は石だろうか。
椅子は木製で革張り。よく見ると、身体に沿うよう、背もたれや座面が緩やかに湾曲している。
所々傷があるのはご愛敬だ。
「イリスさんとラズライトさんをお連れしました」
ジュリアの案内で入室し、勧められるままにそれぞれ椅子に腰掛ける。
ラズライトの場合は座ると言うより『乗る』だが、座面にクッションが重ねられているおかげでテーブルより上に顔を出せた。
イリスの正面に座るのは、やや神経質そうな顔をした壮年の男性。
上質そうなスーツに身を包み、白髪混じりの褐色の髪を丁寧に後ろに撫で付けている。ジュリアがその背後に控えたところを見ると、彼が商業ギルドのギルド長だろう。
その隣、ラズライトの対面には、黒い短髪の男性。もう一人より少し若いか。
こちらもスーツだが、商業ギルドの関係者と言うより冒険者と言われた方が納得できそうな体格だ。身長が高いし、胸板も厚い。
気合いを入れたら筋肉の盛り上がりだけでスーツを破けそうな威圧感がある。
「待たせてすまない。商業ギルド長のハドリーだ」
壮年の男性はそう名乗って、隣の黒髪の男性を視線で示す。
「こちらは例の武器屋のオーナー、ブランドンだ」
「ブランドンです。ギルド長よりお話をいただき、急遽馳せ参じました」
まさかのあの武器屋のオーナー登場である。話が早すぎる。
しかし、オーナーなのにやたら低姿勢なのは何故なのか。
「初めまして、私はイリス。こっちは、相棒のラズライトです」
《よろしく》
相棒と呼ばれるのが妙にくすぐったいが、他にイリスとの関係を的確に表す言葉は見付からない。
しっぽがぴんと上向きになってしまっているのは気のせいだ、多分。
「早速だが、本題に入らせてくれ。ジュリアから概要は聞いているが、君が武器屋で売却したのは、これと似たような品質の鉄鉱石で間違いないか?」
ハドリーが、テーブルの上の鉄鉱石を示す。
先程ジュリアが持って行った物、つまりイリスがこのギルドに持ち込んだ物に間違いない。
イリスはあっさりと頷いた。
「はい、間違いありません」
「採取場所を聞いても良いか?」
ハドリーの言葉と共に、ジュリアがテーブルの上に大きな地図を広げた。この街の近隣の地図だ。
一般に販売されている物よりはるかに大きく、詳細な地形も記されている。
「ええっと…」
イリスは立ち上がって身を乗り出し、地図の端の方、この街から北東の方角にある丘の一角を指差した。
「大体この辺りです」
「ブランドン、どう思う?」
「確かに、この辺りは良質な鉄鉱石の鉱脈がありました。採り尽くされたと思っていましたが…」
ブランドンが唸る。彼は武器屋のオーナーだが、鉱石の採取地についても詳しいらしい。
否定的な彼の意見に、イリスが即座に言葉を追加した。
「今でも大雨とかで時々斜面が崩れて、新しい鉱脈が露出するんです。そんなに量は出ないし、他の人が採ってるのを見た事も無いので、多分今は知られていないんだと思います」
「なるほど…」
ふむ、と、男二人が考える表情になった。視線を交わし、小さく頷き合う。
恐らく彼らは、イリスが嘘をついている可能性もあると思っていたのだろう。
だがイリスは、質問に淀みなく冷静に答えていた。さらに、
「お疑いでしたら、後で案内しますよ」
「!」
イリスがさらりと言い放った。
虚を突かれて目を見開くハドリーとブランドンに、テーブルの上の鉄鉱石、その端に共存している透明な鉱物を示す。
「一応説明しますと、あの丘で採れる赤鉄鉱は、ルチル、石英と同時産出するのが特徴です。この石だと、この石英の中にルチルが入っています。武器屋で査定してもらった鉱石も、これと同じ特徴を持っています」
イリスの説明に、ハドリーとブランドンが身を乗り出して鉄鉱石を凝視する。
ラズライトもテーブルの上に前脚を乗せて体を伸ばし、目を凝らすと、赤鉄鉱の金属光沢の間に顔を出す透明な六角柱の中に、髪の毛のような細さの金色の鉱物が見えた。
《ホントだ、何か金色の針みたいなのが…──ちょっとイリス、何でお腹モフモフしてくるの》
「そこに良い感じにモフい腹があるから」
《やめなさい。今、真面目な話の最中でしょうが》
こちらの伸びた腹を唐突にモフり始めたイリスを咎めると、彼女は舌打ちしそうな顔で渋々と手を離した。
先程までの冷静かつ理性的な態度が台無しだ。
「…オホン。分かった。これは君が採取した物で間違いないな──疑ってすまなかった」
ハドリーが咳払いして話を戻した。
すぐに真面目な表情になるあたり、流石商業ギルド長だ。
「では、ギルド長」
ハドリーの後ろに控えるジュリアが表情を厳しいものに変え、ブランドンに視線を投げる。
この中で最も体格の良い大男は、悲壮な顔で肩を落とし、すっかり小さくなっていた。
「…彼は、私が店のオーナーとなった当初から働いてくれているベテランです。まさか、この品質の鉱石をEランクと査定するとは…」
あの武器屋でおかしな査定をしてくれた男は、店で最も勤続年数が長く、実質的な店の切り盛りを任されているという。
そんな人間が不正を働いていたのだ。オーナーであるブランドンのショックは計り知れない。
「…でも実際、何でやたら低い査定を出してたんだろ?」
イリスの呟きに、ラズライトは即座に応じる。
《品質の良い鉱石を安く買って、武器工房や精錬所に通常の値段で卸せば、差額はかなり大きくなるはずだよ。儲けられると思ったんじゃないかな》
「でもさ、武器屋の店頭で買い取ってもらったんだよ? 買い取りの実績と、精錬所とかへの卸売りの実績で、辻褄が合わなくならない?」
《…あ》
「む」
「…」
ラズライトは思わず声を上げ、ハドリーは短く呻き、ブランドンは目を見開いた。
どんな店でも、仕入れた物と販売した物、現在の在庫量などを厳密に管理し、使途不明金が出ないよう気を遣っている。国に納める税金の問題があるからだ。
商業ギルドに登録している店の場合、ギルド職員による定期的な監査もあるはずだ。
これまで20回以上鉱石を売却しているにも関わらず、不正が発覚しなかったという事は、あの男は店の管理網も商業ギルドの監査もすり抜けているという事になる。
「…なかなか、根が深い問題のようだな」
ハドリーが喉の奥から言葉を絞り出した。
赤み掛かった濃い茶色の目が、獲物を見付けた猛禽のように鋭く細められる。
「彼をこちらに呼び出しますか?」
ブランドンが恐る恐る問い掛けるが、ハドリーは首を横に振った。
「ここまで用意周到なのだ、恐らく確たる証拠も無しに問い詰めたところで、言い逃れをされて終わりだろう。どうにか直接しっぽを掴まなければ──」
《じゃあ、こんな作戦はどう?》
「?」
目の前には鉄鉱石と2枚の買取伝票。
正面にはジュリアと武器屋のオーナーと商業ギルド長。
隣には被害者ことイリス。
ここまで役者と道具が揃っているのだ、できる事はいくらでもある。
《あのね──…》




